折れた画面に奥行きを — L字LEDと擬似立体サイネージの系譜
Depth in a Folded Screen: L-Shaped LEDs and the Rise of Anamorphic Signage
この記事は、AIが企画・編集・公開を行なっています。情報に誤りが含まれる可能性があります。情報の修正・埋め込みの削除を希望される場合はこちらの手続きをご覧ください。
交差点の角に立つビルの上層に、大きなLEDがある。平時はミュージックビデオや自動車の広告、化粧品のスポットが順番に流れている。ところが、ある瞬間だけ、画面のなかに巨大な水槽が現れる。青い水塊が壁にぶつかって砕け、しぶきが上がり、水面が静まると、また次の広告に戻っていく。二〇二〇年、ソウル・江南のこの一分間から、世界の交差点に「折れた画面の奥行き」が広がりはじめた。
平面のはずのスクリーンから、確かに体積を持ったものが抜け出してくる——水塊が、猫が、パンダが、宇宙船が。この錯視を支えているのは、映像の巧みさだけではない。画面が「角で折れている」という、装置の形そのものだ。本稿は、L字や湾曲の折れ目を使った擬似立体サイネージを、一つの系譜として束ねて読む試みである。個別の事例は本誌でも ソウルの《WAVE》、新宿東口の猫、成都・春熙路のパンダ として詳述してきた。ここでは、それらを貫く共通の仕組み・運用・限界を、横断して取り出す。
なぜ「角」が要るのか
擬似立体サイネージの核心は、映像そのものより先に、画面の幾何にある。
平らな一枚のLEDに三次元的なイリュージョンを描こうとすると、対象は基本的に「画面に押し付けられた像」としてしか機能しない。手前に飛び出すように描いても、平面の輪郭が奥行きを裏切る。ところが画面が直角に折れていると、事情が変わる。観衆の視点を建物の正面に固定したとき、二つの面が一枚の連続した「内壁」として知覚され、その内側に画面の奥行きそのものを仮構できる。波は「面の手前に飛び出す」のではなく、「面の奥に水槽がある」と知覚される。折れ目という稜線が、平面の集合を立体の容れ物に変える。
これは新しい原理ではない。特定の一点から見たときだけ正しい像を結ぶ歪像の技法——アナモルフォーシス——は、ルネサンス以降の絵画が繰り返し用いてきた。ハンス・ホルバインの《大使たち》(一五三三)の床に横たわる歪んだ髑髏が、斜めから見たときだけ立ち上がるように、擬似立体LEDもまた「正しい視点」を一つだけ要求する。都市のスクリーンがしたのは、その古い技法を、建物の角と高精細LEDという物理条件のうえに載せ替えたことである。
折れ目の角度と画素の密度が、像の説得力をそのまま規定する。新宿東口のクロス新宿ビジョンは、総面積一五四・七一平方メートルのオーバル型LEDのうち、左のおよそ五・五二メートルを約九〇度に湾曲させ、六ミリピッチという屋外では細かい画素で構成した。信号待ちの群衆が斜めから見上げても画面が一枚につながって見えるように、装置の形が鑑賞条件に合わせて設計されている。成都・春熙路の太古里では、約八八八平方メートルの主画面が建物の角に沿って約九〇度に折れ、8Kの解像度で実写のパンダが縁を乗り越えてくる。角と画素——この二つが揃わなければ、抜け出す像は生まれない。
系譜 — 二〇二〇年、江南の一分間から
この語彙が一気に世界へ広がった起点は、はっきりしている。二〇二〇年四月、ソウルのデジタルスタジオ d'strict が、作家名義 a'strict で発表した《WAVE》である。
SMTown COEX Artium の上層を覆うLEDは、幅八〇・一メートル、高さ二〇・一メートル。建物の角を抱き込むように湾曲している。d'strict はこの面に、閉じた透明水槽のなかで暴れる水塊を描いた。COVID-19 の都市閉鎖が街路から人を退去させていた時期に、「街角に立ち上がる水塊」の動画はSNSで爆発的に拡散し、屋外LEDの擬似立体表現の代名詞になった。重要なのは、d'strict がこれを一度きりのサイトスペシフィック作品ではなく、他の媒体へライセンスできるIPコンテンツとして設計した点である。同社は自社の作品メタで、狙いをこう記している。
— d'strict — ART CONTENTSsourceWe aim to develop numerous attractive visual content that can be licensed into any size and shape of the screen consistently.
「あらゆるサイズと形状のスクリーンへ一貫してライセンスできる」——この一文が、以後の展開の設計図になった。d'strict 自身、二〇二一年七月には Samsung Electronics との協業で《Waterfall-NYC》を One Times Square のタワー側面に展開し、垂直に並ぶLED群を一枚の滝の壁面に見立てて、虚構の滝壺をニューヨークの交差点に挿入した。
そして同じ年、東京と成都でも、折れた画面が動きはじめる。二〇二一年七月、新宿東口のクロス新宿ビジョンで3D巨大猫が本放映を開始し、同年秋以降、成都・太古里のL字LEDで裸眼3Dのパンダが定着する。いずれも L字面 × 視点固定アナモルフィック × 広告枠内の編成枠 という《WAVE》の構造を踏襲した実装である。作品を輸出したのではなく、方法が伝播した——ここに、この系譜の再現性の核心がある。
折れ目は世界へ
《WAVE》が示した「折れた画面の奥行き」は、二〇二〇年のうちに早くも中国へ渡っている。成都・遠洋太古里の盈嘉大厦を巻くLED——深圳の LianTronics が手がけた、九〇〇平方メートル級のL字湾曲面——は、《WAVE》公開の半年後、二〇二〇年一〇月に、まず一隻の宇宙船を壁から発進させた。「スタートレック」風の巨大な宇宙船が建物の角を突き破って現れるこの映像は、中国のSNSで拡散し、屋外3D LEDの中国側の起点になった。メーカーは3D効果を出すために、角の湾曲をより締めて画面を組み直したという。
見落とせないのは、この宇宙船とパンダが同じ画面の上の出来事だという事実である。成都・春熙路の角に折れた一枚のLEDが、あるときは宇宙船を、あるときはパンダを立ち上げる。装置(器)は一つのまま、そこに点される像だけが入れ替わる——折れ目という器が定型として確立されると、都市はその器に、季節やイベントに応じて別の像を注いでいくようになる。
そこから先、折れた画面は東アジアの外へも広がっていく。重慶・万州の万達広場では、二〇二二年、鈍角に湾曲したLED面(同じく LianTronics)から宇宙飛行士が宇宙ステーションへ泳ぎ出す映像が流れた。クアラルンプールでは二〇二四年の旧正月、Pavilion KL が Bukit Bintang の通りを挟む二枚の大型LEDを使い、兎から黄金の龍へと変わる十分間の物語を街路の上空に展開した。d'strict 自身も《WAVE》をライセンス商品として輸出し、二〇二三年から二四年にかけてアブダビ文化財団の新設L字LEDに、砂漠に砕ける「WAVE」の異版を掲げている。
ヨーロッパでは、折れ目がより恒久的なインフラとして現れはじめた。二〇二五年七月、ベルリンの Center am Potsdamer Platz(旧ソニーセンター)に、ドイツ最大級とされる3D対応DOOHが披露された。約二五七平方メートル、五七〇万画素超のLEDが建物の角を九〇度に巻き込む——《WAVE》や成都の太古里と同じ、真正の「角」の幾何である。ソウルの一分間の実験は、五年で欧州の再開発ビルの常設装置にまで到達した。
もっとも、擬似立体そのものは折れ目を絶対条件とはしない。ロンドンのピカデリー・サーカスでは、二〇二一年以降、ほぼ平らな一枚の湾曲LED(Ocean Outdoor 運用)の上で、腕時計や飲料が画面を突き破る「フォースト・パースペクティブ」広告が流れている。エロス像の前という一点に視点を固定すれば、平面でも像は飛び出して見える。だが平面の錯視が「面の手前へ飛び出す」ポップアップにとどまるのに対し、折れ目を持つ画面は「面の奥に空間がある」と知覚させ、像を容れる器そのものを仮構できる。ピカデリーの腕時計とソウルの水塊を分けているのは、精細さでも予算でもなく、この幾何の差である。折れ目のある画面だけが、街角に奥行きの容れ物を一つ、丸ごと持ち込む。
広告枠の中の「編成枠」
この系譜を貫くもう一つの共通点は、映像の見た目ではなく、時間の運用にある。
擬似立体が現れる画面は、ほぼ例外なく商業のDOOH(デジタル屋外広告)である。SMTown COEX の面はSM Entertainment 系のプレミアム広告在庫であり、クロス新宿ビジョンも成都・太古里も、本業は広告の掲出だ。にもかかわらず、これらの運営は広告のローテーションのなかに、「広告ではない時間」を意図的に確保する。《WAVE》は毎時ほんの一分間、新宿の猫は毎時〇〇分と朝夜の点消灯に同期して、成都のパンダは夜の限られた時間帯に数分おき数秒だけ。広告で埋め尽くせるはずの時間の一部を、出稿主ではなく運営・スタジオの編集物に明け渡している。
d'strict の李成浩(Sean Lee)は、《WAVE》の動機を「広告枠の置き換え」ではないと明言している。
— The Korea TimessourceThe large-format outdoor display is mostly used for advertisements and other commercial projects. However, we thought of the public characteristics of the giant LED display as people would see it while walking down the street. So we came up with the public media art of the waves for everyone.
商業利用は前提として温存されている。そのうえで、街路を歩く人々がこの画面を見るときの公共性——彼らは広告主の顧客である前に、ただの通行人である——を、別途の編集対象として確保する。成都でも同じ判断が働いている。太古里の裸眼3Dを手がける燧石行の共同創業者は、スクリーン運用の成否を分けるのは「自前で生み出すコンテンツの創造性」だと語っている。広告面でありながら、そこに何を映すかという編集の質を事業の中心に据える。この立場が、単なる広告塔を、生き物や自然現象が毎晩立ち上がる舞台へと変えている。
つまり擬似立体サイネージの系譜は、視覚的な発明であると同時に、運用上の発明でもある。ad-server が支配する連続した時間のなかに、別の編成原理を持つ切れ目を一つだけ穿つ——その操作の再現性が、都市から都市へと伝播したのだった。
一点からの奇術 — この手法の限界
系譜を持ち上げるだけでは、批評にならない。折れた画面の擬似立体には、構造的な弱点がいくつもある。
第一に、視点が一点に固定されること。アナモルフィックの像は「正しい角度」からしか立体に見えない。交差点のその一点を外れれば、水塊もパンダも、歪んだ平面の映像に崩れる。作品は、鑑賞者を特定の立ち位置へと縛りつける。第二に、カメラを主な観客にしていること。多くの擬似立体映像は、肉眼よりもスマートフォンのレンズできれいに結像するよう調整されている。クロス新宿ビジョンは本放映後、画面がカメラにうまく写らない問題に直面し、リフレッシュレートの調整を加えた。SNSでの拡散を織り込んだ装置にとって、「人の目に映る」ことと「カメラに映る」ことは別の要件であり、後者がしばしば優先される。街角の像は、その場で見上げる者よりも、あとで動画を再生する者に向けて設計されている。
第三に、そして最も見過ごせないのは、手法の急速なクリシェ化である。水・滝・巨大生物・宇宙船——縁を乗り越えて飛び出してくるモチーフの目録は、いまや世界のどの都市でもほとんど同じだ。《WAVE》の衝撃が「街のただなかに作品が現れる意外性」から来ていたのだとすれば、その意外性は反復によって急速に摩耗する。あらゆる交差点で何かが飛び出してくる街では、飛び出すこと自体はもう驚きではない。ライセンス可能なIPとして設計された強度は、そのまま定型として消費し尽くされる速さでもある。
擬似立体は、街に奥行きを一つ点す技法であると同時に、その奥行きを見世物へと平板化してしまう技法でもある。この両義性を引き受けたうえで、なお何が残るのかを問わなければならない。
折れ目という「間」、点景としての像
残るものを、本誌の語彙で言い直しておきたい。
画面が折れる角は、二つの面が出会って空間が生まれる場所——日本の空間美学でいう**間(MA)**である。平らな一枚のLEDには、この間がない。だからこそ像は平面に張り付く。折れ目という稜線は、画面のなかに空間を空ける操作であり、その空いた場所にこそ、水塊やパンダや猫が体積を得て立ち上がる。間がなければ、点景も立ち上がらない。
そして運用の側では、広告の連続に穿たれた一分間が、時間軸の間として働く。ad-server が支配するのっぺりした時間に、わずかな切れ目を設け、そこに編集された像を点す。空間の折れ目と時間の切れ目——この二つの間が重なったとき、六ミリピッチのLEDの集合は、新宿東口に棲む一頭の猫になり、江南の角に立ち上がる一分間の波になる。
街を美術館として読み替えるとき、もっとも手強いのは、広告に占有された交差点のように、すでに視覚が飽和した場所だ。擬似立体サイネージの系譜が示しているのは、その飽和のただなかでも、画面を全部は使わないという小さな判断——空間と時間に間を空ける判断——が、風景に一つの像を住まわせうる、ということである。クリシェ化の速さも、視点固定の窮屈さも、この一点を消しはしない。折れた画面の奥行きは、街のどこかの角で、いまも毎時、通りの上空に何かを点し続けている。
出典
- PUBLIC MEDIA ART 'WAVE' by a'strict
- PUBLIC MEDIA ART 'Waterfall-NYC' by a'strict
- 【公式】クロス新宿ビジョン — 公式サイト
- FlintWalk(燧石行)— 成都太古里裸眼3D
- LianTronics — Glasses-free 3D “Star Trek” LED Screen in Chengdu / 遠洋太古里 盈嘉大厦
- d’strict — Official Site
- PUBLIC MEDIA ART 'WHALE #2' (Times Square) by a'strict — Vimeo(公式)
- blooloop,d’strict brings its WAVE artwork to Abu Dhabi
- 3D Astronaut Flies out of LianTronics LED Wall in Chongqing Wanzhou Wanda Plaza
- MARKETING-INTERACTIVE,Pavilion KL rings in Year of the Dragon with 3D anamorphic display
- AV Interactive,Germany’s largest 3D LED DOOH display unveiled in Berlin
- AV Interactive,Forced perspective 3D LED advertising comes to London (Piccadilly Lights)
- invidis / sixteen:nine,Anamorphic Illusions On LED Displays: The Evolution Of An Art Form
- Hans Holbein the Younger — The Ambassadors (1533), The National Gallery, London
- The Korea Times,Design company d’strict makes splash in art gallery
- Wallpaper*,a’strict: the South Korean digital art collective bringing nature to urban life
- HIBINOによるオーバル型LEDディスプレイ「クロス新宿ビジョン」 — ヒビノクロマテック
- World's first panda-themed naked-eye 3D video debuts in Chengdu — ECNS
運用カルテ
- 各事例の媒体オペレーター(SMTown COEX Artium / クロススペース / 太古里ほか)。擬似立体コンテンツの制作・編成は d'strict(a'strict)・燧石行などの映像スタジオが担う
- ソウル、東京、成都
- 広告枠の時間譲渡 — 共通の運用構造は、商業DOOHの広告ローテーションのなかに「広告ではない時間」を編成枠として穿つこと。d'strict《WAVE》が確立し、各都市の交差点が踏襲した
- 毎時数十秒〜数分の出現が中心。視点を固定した特定の角度からのみ立体として結像する
- L字/湾曲の「折れた画面」を持つ大型LED群。角の稜線を挟んで二面が直角に折れ、視点固定のアナモルフィック(歪像)で奥行きを仮構する
- 2020
- 稼働中