毎時00分の猫 — クロス新宿ビジョンと、広告面に棲みついた三毛猫
The Cat at the Top of the Hour: Cross Shinjuku Vision and the Calico That Moved Into an Advertising Screen
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朝7時、新宿駅東口の広場に面した一枚のLEDが点灯する。最初に映るのは商品でもロゴでもない。ビルの屋上の縁から、巨大な三毛猫が顔を出し、こちらを見下ろして、大きくあくびをする。放映開始とともに目を覚ますように設計されたこの猫は、夜25時、画面が無音放送に切り替わる頃に眠りにつく。広告で埋め尽くされた交差点のなかで、一頭の動物が毎日同じ時刻に起き、同じ時刻に寝る——「新宿東口の猫」と名づけられたこの三毛猫は、2021年の夏に現れて以来、新宿東口の風景にすっかり棲みついている。
角を曲がる画面
クロス新宿ビジョンが本放映を始めたのは2021年7月12日。新宿区新宿3-23-18、クロス新宿ビルの屋上に設置された大型LEDである。運営は株式会社クロススペースで、運用をユニカに委託し、広告枠の販売はマイクロアドデジタルサイネージが担う。施工を手がけたのはヒビノ。プレ放映に合わせて公開された三毛猫の3D映像は、わずか数日で国内外のSNSに拡散し、その後この街頭ビジョンは「3D巨大猫」の名で世界に知られることになった。
この装置をただの大型ビジョンと分けているのは、その形である。総面積154.71平方メートル(高さ8.16メートル×幅18.96メートル)、4K相当の解像度、6ミリピッチのSMD型LED。屋外広告のLEDがおおむね10ミリ前後のピッチで作られるなかで、6ミリという細かさは近接した視聴を前提にした数値だ。そして決定的なのは、画面が平らではないこと。左側のおよそ5.52メートルが約90度に湾曲し、残るおよそ13.44メートルが平面という、「オーバル型」と呼ばれる構成をとっている。
なぜ曲げたのか。施工側の説明によれば、その理由は鑑賞者の立つ位置にある。新宿駅東口の信号待ちの群衆は、画面を真正面からではなく、斜めの角度から見上げる。平らな大型LEDをビルの角に据えると、建物の躯体に視界を遮られて画面が切れてしまう。曲面でビルの角を巻き込むように回り込ませることで、信号待ちの角度からでも画面が一枚につながって見える——装置の形そのものが、交差点という鑑賞条件に合わせて設計されている。
曲面のLEDは制作上やっかいでもある。湾曲部ではモジュール同士の隙間が目立ちやすく、施工チームは継ぎ目が見えないようパネルの配置を工夫したという。さらに本放映後、画面がスマートフォンのカメラできれいに写らないという課題が見つかり、リフレッシュレートの調整が加えられた。SNSで拡散することを織り込んだ装置にとって、「人の目に映る」ことと「カメラに映る」ことは別の要件であり、その両方を満たすための後追いの調整が、運用のなかで重ねられている。
この曲面と高精細の組み合わせが、裸眼3Dの錯視を支えている。屋上の縁に手をかけ、いまにも街路へ落ちそうにこちらを覗き込む猫は、画面の平面性を消し去り、ビルの上に本物の生き物がいるかのような奥行きを生む。装置(器)の物理的な形が、そこに映る像の説得力をそのまま規定している。アナモルフィックな3D表現が、画面の前にどんな曲面と画素密度が用意されているかと不可分であることを、この一頭の猫はよく示している。
毎時00分にあらわれるもの
新宿東口の猫が際立っているのは、その映りの良さよりも、むしろ時間の編集のされ方にある。
商業ビジョンの一日は、本来のっぺりと連続している。広告と広告が切れ目なく流れ、どこからどこまでが一つの枠なのかは通行人には判然としない。クロス新宿ビジョンはその連続のなかに、定時で猫を差し込む。2021年10月からは、毎時00分に登場するCG版の猫が放映に加わった。毎正時、広告の流れが一度途切れ、屋上に猫があらわれる。時計を持たない通行人にとって、それは figure としての時報になる。
朝の点灯とともに目覚め、夜の消灯とともに眠る。毎正時にあらわれる。この時間設計によって、猫は単なる映像クリップではなく、新宿東口に「住んでいる」一個の存在として振る舞いはじめる。運営はこの猫を、人語を話す「おしゃべり編」をはじめとする複数の演目で展開してきた。映像が音声で語りかけ、季節やイベントに合わせて演目が入れ替わる——画面の主が、広告主から一頭の生き物へとすり替わっていく。
この運用が広告事業として成り立っているのは、猫が客寄せのアイコンとして機能しているからでもある。運営は当初、この猫を渋谷のハチ公像に並ぶ待ち合わせの目印にしたいと語っていた。
— 株式会社クロススペースsource渋谷のハチ公像のような待ち合わせスポットになることを目指す
ハチ公が銅像という不動の点景であるのに対し、新宿東口の猫は毎時あらわれては消える、時限的な点景である。広告面という、本来もっとも商業に近い場所に、運営自身が自前の生き物を放し飼いにする。広告枠の一部の時間を、出稿主ではなく運営の編集物に明け渡す——その判断が、この交差点に一頭の生き物を定着させた。
広告面が生き物を飼うということ
街頭ビジョンに3Dの動物があらわれる試みは、新宿に固有のものではない。成都・太古里の屋上を歩く3Dパンダ、ソウル・COEXの壁面を満たす巨大な波——曲面や角に映像をなじませ、平面のはずの画面に奥行きを宿らせるアナモルフィックの系譜は、東アジアの商業中心地を横断して広がっている。クロス新宿ビジョンの猫は、その系譜のなかで、装置の形(器)に依拠した錯視という共通点を確かに持っている。
だが新宿の猫がこの系譜のなかで特異なのは、それが一度きりの「映え」のための映像ではなく、毎日・毎時に繰り返される常駐のキャラクターとして運用されている点にある。アナモルフィックな3D映像の多くが、瞬間の驚きを設計するのに対し、新宿東口の猫は驚きを時間のなかに分散させ、反復によって街の記憶に編み込もうとする。世界に拡散した一本のクリップとしてではなく、東口に「いる」ものとして。実際この猫は、第25回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門のソーシャル・インパクト賞をはじめ、国内外の広告・サイネージの賞を受けている。広告装置から生まれた表現が、広告の評価軸とアートの評価軸の双方で読まれていることが、この事例の境界的な位置をよく表している。
ここで効いているのは、画面を「空ける」判断である。商業ビジョンの時間をすべて出稿で埋めるのではなく、毎正時にわずかな切れ目を設け、そこに編集された存在を点す。間(MA)——時間に設けられた空白——に、点景としての猫を点す。器としての曲面が像に奥行きを与え、時間の編集が像に生命を与える。この二つが揃ったとき、6ミリピッチのLEDの集合は、新宿東口に棲む一頭の三毛猫になる。
街を美術館として読み替えるとき、もっとも手強いのは、広告に占有された交差点のように、すでに視覚が飽和した場所だ。新宿東口の猫は、その飽和のただなかで、画面を全部は使わないという小さな判断が、風景に一頭の生き物を住まわせうることを示している。毎時00分、広告の連続が一瞬途切れ、屋上に猫があらわれる。その短い切れ目こそが、この交差点の点景である。
出典
運用カルテ
- 運営は株式会社クロススペース。運用をユニカに委託し、広告枠の販売をマイクロアドデジタルサイネージが担う
- 東京
- オペレーター委嘱 — 「新宿東口の猫」は広告主の出稿ではなく、ビジョン運営側が制作・編成する独自コンテンツ。商業広告の合間に定時で差し込まれる
- 放映は毎日7:00〜25:00(24時以降は無音)。猫は放映開始とともに目覚め、毎時00分のCG版ほか一日に複数回あらわれる
- オーバル型LED、154.71㎡(高さ8.16m×幅18.96m)、4K相当、6mmピッチSMD。左約5.52mが約90度の曲面、残り約13.44mが平面。施工はヒビノ
- 2021-07
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