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離陸前の空 — 世界の空港と、光でできた点景

The Sky Before Takeoff: Light Art in the World’s Airports

No.
166
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
15分

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空港のターミナルは、世界でもっとも徹底して「外」を消した建築である。時刻の感覚は搭乗ゲートの電光掲示だけに委ねられ、天候は搭乗橋の窓の向こうに遠く畳み込まれる。両替所と免税店と搭乗案内が同じ照度で並び、どの国のどの空港も少しずつ似てくる——人類学者マルク・オジェが「非-場所(non-lieu)」と呼んだ、通過だけを目的とした均質な空間。そこには、立ち止まる理由が構造的に存在しない。

だからだろうか。この領域の先駆けは、意外に古い。1987年、シカゴのオヘア国際空港、ユナイテッド航空の第1ターミナル。コンコースBとCをつなぐ地下通路に、彫刻家 Michael Hayden が全長744フィート(約227メートル)、466本のネオン管による光の帯《Sky's the Limit》を通した。作曲家 William Kraft の音楽と同期して、天井の虹色のネオンが波打つ。動く歩道に乗った乗客は、次の搭乗までのわずかな時間を、光と音のトンネルの中で過ごす。デジタルもLEDもまだ一般化していない時代に、空港という通過空間を「光で満たす」という発想は、すでにここで完成していた。

それから四十年近く、世界の主要空港は、その均質な室内に巨大な光と映像の作品を据えつけてきた。多くが「空」を描く。雲、天候、日の光、鳥、四季、土地の記憶——本来なら窓の外にあるはずのものを、窓のない待合の壁に呼び戻す。以下、世界各地の空港を巡りながら、その手つきをいくつかの型に分けて見ていく。

データを建築にする — ロサンゼルスとシャーロット

まず、空港そのものを一個の映像環境として設計してしまう「メディア建築」型がある。現在もっとも大規模な例は、ロサンゼルス国際空港(LAX)のトム・ブラッドリー国際ターミナル、通称 Terminal B だ。2013年に改修開業したこのターミナルの吹き抜けグレートホールには、七つの映像装置が最初から建築計画の一部として組み込まれた。運営者はロサンゼルス・ワールド・エアポーツ(LAWA)、映像装置群の設計とクリエイティブ・ディレクションを Sardi Design(Marcela Sardi)が、プログラム全体の統括を MRA International が担った。

装置の中心は、エレベーター区画を四面から包む高さ約72フィート(約22メートル)の「Time Tower」である。これは巨大な時計として機能し、毎正時になると塔が「開く」。もう一つの核が、出発案内板を兼ねた曲面スクリーンに流れる《Data Cloud》だ。ロサンゼルスと就航先都市の風・気温・降水のデータをリアルタイムに取り込み、流動する有機的な形へと変換し続ける——この空港の壁は、いま外で吹いている風を室内で描いている。

fig.001LAX トム・ブラッドリー国際ターミナル(Terminal B)のグレートホール。7つの映像装置が一体となって稼働する。The Great Hall of LAX’s Tom Bradley International Terminal (Terminal B), where seven media features operate as one system.© Los Angeles World Airports / 映像制作: Moment Factorysource

空港の運用データを作品の素材にするという発想は、より純粋なかたちでシャーロット・ダグラス国際空港(米ノースカロライナ州)にも現れている。2018年、コンコースAの増築部に設置された Refik Anadol の《Interconnected》は、三面のLEDメディアウォールと、天井付近を走る長大なLEDリボンからなる。フライト、手荷物、駐車、交通——空港が刻々と生成する運用データそのものを入力とし、リアルタイムに流動する抽象映像へと翻訳する。Anadol のデータ・ドリブンな手法については本誌でもデータ・ファサードの回で論じたが、空港はその素材(絶え間なく更新される移動のデータ)を無尽蔵に供給する、彼の作法にとって理想的な現場でもある。天候や運用の数字をそのまま映像に変えていく系譜は、TENKEI がこれまで追ってきた気象データの映像化とも地続きだ。

fig.002シャーロット・ダグラス国際空港《Interconnected》(Refik Anadol、2018)。空港の運用データがリアルタイムに流動する映像へ変換される。Interconnected at Charlotte Douglas (Refik Anadol, 2018): the airport’s live operational data rendered as flowing imagery.© Charlotte Douglas International Airport / Refik Anadol Studiosource

一人の作家に委ねる — アムステルダム、マイアミ、イスタンブール

対極には、ターミナルの一角を一人の作家の一作品に委ねる「委嘱作品」型がある。アムステルダム・スキポール空港の出発ホールに2016年から常設されている、Daan Roosegaarde(スタジオ・ロースガールデ)の《BEYOND》がその代表だ。約110メートルにわたる壁面に、レンズ状のレンチキュラーと LED を組み合わせ、17世紀オランダ絵画——フェルメールやレイスダールが描いた、あの湿った雲の垂れこめる低い空——を思わせる巨大な空を出現させる。飛行機の窓から本物の空へ出ていく直前に、絵画としての空をくぐらせる設計である。

fig.003Daan Roosegaarde《BEYOND》。スキポール空港出発ホールに常設された、17世紀オランダ絵画の空を想起させるLED壁面。Daan Roosegaarde’s BEYOND at Schiphol: a permanent LED wall evoking the skies of 17th-century Dutch painting.© Studio Roosegaardesource

同じスキポールには、もう一つ忘れがたい作品がある。デザイナー Maarten Baas の《Real Time: Schiphol Clock》(2016)だ。高さ約3メートルのスチール製の箱の中で、青い作業着の男が、12時間かけて時計の針を描いては消し、また描く——その全編を実時間で撮影した映像作品が、そのまま巨大な「時計」として機能する。掃除係の制服を思わせる作業着の男が、時間の針をひたすら手で描き直し続ける。空港という、時刻に完全に支配された場所において、時間そのものを手仕事として演じてみせる皮肉。時計をアートとして扱う系譜は本誌でも常時稼働の時計とスクリーンで扱ったが、Baas のそれは、待つことの手触りを取り戻そうとする一点である。

fig.004Maarten Baas《Real Time: Schiphol Clock》(2016)。青い作業着の男が12時間かけて針を描き直し続ける映像が、そのまま時計になる。Maarten Baas’s Real Time: Schiphol Clock (2016), where a 12-hour filmed performance of a man repainting the hands becomes the clock itself.© Maarten Baassource

米マイアミ国際空港では、作家=作曲家=建築家である Christopher Janney が、2011年ごろから連絡通路に《Harmonic Convergence》を置いている。赤から紫までスペクトル順に並ぶ150枚以上の色ガラスに、コンピュータ制御のLED照明を仕込み、昼は自然光を、夜はLEDを透過させて色の帯を保つ。さらにカメラとセンサーが通行者の動きを拾い、音を返す——光と音の双方向的な作品だ。Janney は1995年にも同空港に《Harmonic Runway》を設置しており(のちに保安上の理由で撤去)、空港を光と音の楽器に変える試みを二十年以上続けてきた作家である。

fig.005Christopher Janney《Harmonic Convergence》(マイアミ国際空港)。スペクトル状の色ガラスとLED、そして通行者に反応する音。Christopher Janney’s Harmonic Convergence at Miami: spectral coloured glass with LED light, and sound that responds to passers-by.© Miami-Dade Art in Public Places / Christopher Janneysource

より新しい例では、2025年、イスタンブール空港(iGA)のターミナル中央に、トルコの作家 Hayri Karay による高さ約37.7メートルのキネティック彫刻が現れた。鏡面研磨されたステンレスの二つの可動体が、光と影を編みながらゆっくりと動き、見る者の位置によって表情を変える。共和国建国100周年に寄せて構想され、172の応募案から選ばれたという。映像でも LED でもなく、磨かれた金属面に落ちる光そのものを素材とする——空港の光アートが、必ずしもスクリーンを必要としないことを示す一例である。

fig.006Hayri Karay によるイスタンブール空港のキネティック彫刻(2025)。約37.7mの鏡面ステンレスが光と影を編みながら動く。Hayri Karay’s kinetic sculpture at Istanbul Airport (2025): ~37.7 m of mirror-polished steel weaving light and shadow in motion.© iGA / Hayri Karaysource

動く雨と落ちる滝 — チャンギ

作家性のある単体作品でありながら、建築のスケールを持つ——その中間に位置し続けているのが、シンガポールのチャンギ空港だ。早くも2012年、第1ターミナルのチェックインホールに、ベルリンのスタジオ ART+COM が《Kinetic Rain》を吊るした。608個の銅めっきされた「雨滴」がモーターで制御され、抽象と具象のあいだを15分かけて往復する、当時世界最大とされたキネティック彫刻である。

続く2017年開業の第4ターミナルには、同じ ART+COM による《Petalclouds(ペタルクラウズ)》が置かれた。中央ギャラリアの天井に沿って約200メートル、六つの雲のかたちをした彫刻が、多数のモーターで振り付けられ、緩やかな波のように上下し、離合し、また一つの隊列へと戻っていく。アイスランドの音楽家 Ólafur Arnalds の楽曲が動きに同期する。チャンギは同じスタジオに二度、天井を委ねたことになる。

fig.007チャンギ空港第4ターミナルの《Petalclouds》(ART+COM、2017)。六つの雲形の彫刻が音楽に合わせて天井を波打たせる。Petalclouds at Changi Terminal 4 (ART+COM, 2017): six cloud-shaped sculptures rippling across the ceiling to music.© Changi Airport Group / ART+COM Studiossource

そして2019年、チャンギに隣接する複合施設 Jewel が開業したとき、その中心に据えられたのは映像ではなく「雨」だった。建築家 Moshe Safdie が設計したガラスと鋼のドーム、その天頂の開口から地下のフォレストバレーまで、高さ約40メートルを水が落ちる——世界一高い屋内滝「HSBC Rain Vortex」である。設計・エンジニアリングを担ったのは、ドバイ・ファウンテンで知られる WET。夜になると、この滝は光と音の作品に変わり、天頂で制御された水の幕に映像が投影される。動く雨滴、落ちる滝——チャンギは、窓の外にあるはずの気象を室内へ引き入れることに、一貫して執着してきた空港だと言える。

fig.008チャンギ空港公式による Jewel 紹介映像。中央を貫く HSBC Rain Vortex は夜間に光と音のショーとなる。Changi Airport’s official film introducing Jewel; the central HSBC Rain Vortex becomes a nightly light-and-sound show.© Changi Airport Groupsource

非-場所に点を打つ

これだけの数を並べても、作り手はひとつのスタジオに集約されない。ネオン管を曲げる彫刻家がいて、空港のデータを映像にするメディアアーティストがいて、時計を12時間の手仕事として演じるデザイナーがいて、磨いた金属に光を落とす作家がいる。国も、シカゴからアムステルダム、マイアミ、イスタンブール、シンガポールまで散らばっている。それでも、これらの作品には二つの極が見えてくる。一方の極は LAX やシャーロットのように、ターミナルの構造そのものを映像環境として設計する「メディア建築」型。他方の極はスキポールやマイアミのように、一人の作家の一作品を通過空間に穿つ「委嘱作品」型だ。後者の系譜には、ハマド国際空港が Bill Viola と Jenny Holzer の映像を恒久設置した事例(通過する者たちへ)も連なる。チャンギの動く彫刻や落ちる滝は、その中間——建築のスケールを持ちながら、作家性のある単体の作品として屹立する——に位置している。

だが、どの型にも通底する主題がある。空、天候、光、時間、土地の記憶——いずれも、本来なら「外」にあり、非-場所の設計思想が消し去ってきたものだ。空港の光は、その消された外部を、窓のない室内に描き戻す装置として機能している。均質な待合の空間、そのどこまでも続く「間(ま)」に、通過する者のための一点を打つ。山水画の点景が、広大な余白のなかに人物や舟を小さく描き込むことで風景を生かしたように。

そして忘れてはならないのは、その点景の最後の一片が、スクリーンや光の前で足を止め、離陸までのわずかな時間を見上げて過ごす、通過者自身だということである。オヘアの光のトンネルを歩く者も、スキポールで時計の男を見つめる者も、動く空の下で一時的に、非-場所の風景を生かす点となる。

出典

  1. fig.001Los Angeles Airport (LAX) — Moment Factory
  2. fig.002Interconnected, Charlotte Douglas — Refik Anadol Studio
  3. fig.003BEYOND — Studio Roosegaarde
  4. fig.004Real Time: Public Works — Maarten Baas
  5. fig.005Harmonic Convergence, Miami — Christopher Janney (Janney Sound)
  6. fig.006iGA ART — Istanbul Airport
  7. fig.007Petalclouds, Changi Terminal 4 — ART+COM Studios
  8. fig.008Rain Vortex — Jewel Changi Airport
  9. [9]Michael Hayden, “Sky’s the Limit” (O’Hare, 1987) — Wikipedia
  10. [10]Kinetic Rain, Changi Terminal 1 — ART+COM Studios
  11. [11]LAX Tom Bradley International Terminal — Sardi Design (SEGD)
  12. [12]Jewel Changi Airport — Safdie Architects

運用カルテ

運営主体
各空港運営者(LAWA / Charlotte Douglas / Schiphol / Miami-Dade / iGA / Changi Airport Group ほか)
掲出地
ロサンゼルス、シャーロット、アムステルダム、マイアミ、イスタンブール、シンガポール
編成モデル
オペレーター委嘱 — ターミナル運営者や公共アートプログラムが作家・スタジオへ委嘱する常設インスタレーション。作家は Michael Hayden、Sardi Design、Refik Anadol、Studio Roosegaarde、Maarten Baas、Christopher Janney、Hayri Karay、ART+COM、WET ほか多数。本稿は複数空港を横断する特集
稼働リズム
各施設で常設・通年稼働(O’Hare 1987、LAX 2013、Schiphol 2016、Miami 2011、Charlotte 2018、Changi T1 2012 / T4 2017 / Jewel 2019、Istanbul 2025)
物理仕様
例: O’Hare は466本のネオン管・全長744フィート、LAX は7つの映像装置、Schiphol BEYOND は約110mのLED壁、Istanbul は約37.7mのキネティック彫刻、Jewel は高さ約40mの屋内滝
運用開始
1987
稼働状態
稼働中

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