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ゴールのないランナー — 道頓堀グリコサイン、90年と6代

The Runner Who Never Finishes: 90 Years and Six Signs at Dotonbori

No.
167
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
11分

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夜の道頓堀川に、青い光の面が映り込んでいる。両手を挙げ、片足を跳ね上げてゴールに飛び込む——赤いランニングシャツの走者が、川面のさざなみに揺れながら、いつまでも走り続けている。戎橋のたもとに立つこの看板の前で、人々は同じポーズを取り、スマートフォンをかざす。両手を挙げた走者と、両手を挙げた観光客が、川をはさんで向かい合う。企業の広告看板でありながら、そこに集まる者の誰ひとり、グリコの商品を思い浮かべてはいない。道頓堀グリコサインは、広告であることをほとんど忘れられたまま、大阪ミナミでもっとも写真に撮られる一枚の画面として点り続けている。

商品名も、価格も、キャンペーンも映さない。映るのはただ走者一体と、その背後で移り変わる光の情景だけである。広告が広告であることをやめ、街の共有物になるとき、看板と展示のあいだの境界はどこにあるのか。90年にわたって同じ場所で走り続けてきたこの一枚は、その問いに、作品の委嘱とはまったく別の道筋で答えている。

fig.0016代目道頓堀グリコサインで放映される特別映像。2014年のLED化により、ゴールインマークの走者が動き、背景が世界の情景へと切り替わる演出が可能になった。A special video on the sixth-generation Dotonbori Glico Sign. The 2014 switch to LED let the Goal-In Mark runner move and the backdrop cycle through scenes of the world.© 江崎グリコ株式会社source

六度建て替えられた、同じ走者

道頓堀に最初のグリコのネオン塔が立ったのは1935年である。高さ33メートル、六色のネオン管が1分間に19回明滅したと伝えられるこの初代は、当時としては破格の規模の広告塔だった。戎橋のそばに現れた光の塔は、たちまち大阪ミナミの名物になる。だが第二次大戦下の金属供出により、1943年に撤去された。走者は一度、街から姿を消している。

戦後の1955年に立った2代目は、看板の下に舞台を備えていた。戎橋の高さに合わせたステージでは、ファッションショーやロカビリーの催しが開かれたという。広告塔が、そのまま人の集まる場になっていた時期である。1963年の3代目では、看板そのものが噴水になった。12トンの水を循環させ、150本のノズルと400灯の色照明で水を吹き上げる仕掛けで、風の強い日には橋の上まで水しぶきが飛んだと記録されている。看板が動き、音を立て、水を撒く——現在のLED演出のはるか以前から、この場所の看板は「静止した平面」であることを拒み続けてきた。

1972年の4代目は、24年という最も長い期間このビルの壁面に在り続け、現在に近い走者の意匠を定着させた。1998年の5代目はネオンの到達点で、総延長およそ5,100メートル、4,460本のネオン管が走者と「Glico」の文字を描き、背景には大阪城や海遊館、大阪ドーム、通天閣といった大阪の名所が浮かんだ。そして2014年10月、5代目のネオン管はすべて外され、約14万個のLEDチップによる6代目が点灯した。高さ20メートル・幅10.38メートルの面は、もはや固定された絵ではなく、映像を流せる一枚のディスプレイになった。上部のロゴは2022年6月に意匠を新たにしている。

初代から数えて6度、同じ走者が同じ場所で建て替えられてきた。光源はネオン管から水、そしてLEDへと変わり、描画の技術は根本から入れ替わった。それでも走者のポーズは変わらない。両手を挙げ、片足を跳ね上げてゴールに飛び込むこの「ゴールインマーク」は、創業者が運動会で子どもがゴールに駆け込む姿に「すこやかさ」を見出したことに由来するという。90年のあいだ、街はこの一つの姿勢を手放さなかった。

広告主が、自分の看板を編集する

道頓堀グリコサインの運用は、いわゆる広告の掲出とは性格が違う。ピカデリー・サーカスの大型ビジョンのように、複数の広告主が枠を買い、時間を分け合う面ではない。ここには広告主が一者しかいない。江崎グリコが自らビルの壁面を所有し、自らの看板を、自らの手で編集している。売る枠がないのだから、他社の広告は一切流れない。映るのは常に走者と、グリコが選んだ背景だけである。

LED化はこの「自己編集」の自由度を一段引き上げた。日没のおよそ30分後から24時までの点灯時間のあいだ、背景は静止しない。走者が世界の名所を駆け抜ける映像、季節の情景、記念日の限定映像——グリコは折々に、自社の看板の中身を差し替えてきた。2022年、創業100周年にあたっては、それを祝う限定映像がこの面に流された。看板は、企業の年史を街の風景の上で祝う装置にもなる。

fig.002創業100周年(2022年)を記念して道頓堀グリコサインで公開された限定映像。走者が世界各地の風景を駆け抜ける。A limited-run video marking Glico's centenary (2022), in which the runner races through landscapes around the world.© 産経ニュースsource

もっとも、この面が編集するのは自社の記念日だけではない。2020年、レーシングドライバーの佐藤琢磨がインディ500で2度目の優勝を果たしたとき、道頓堀グリコサインには佐藤のゴールインマークが掲げられた。2017年の初優勝の際、SNSで「足を上げれば完璧」と指摘された佐藤が、次は本当にやってみると約束し、2020年の優勝後にそのポーズを披露した——その約束が、9月4日から街の看板の上で果たされた。広告のための面が、街の慶事を掲げる公共の掲示板へと、数日だけ姿を変える。誰に頼まれたわけでもなく、広告主が自らの判断で、自社の走者を一人の人物へ重ねてみせる。

fig.003インディ500を制した佐藤琢磨を讃え、道頓堀グリコサインに掲げられたゴールインマーク。企業の看板が、街の慶事を掲げる掲示面へと転じた一例。The Goal-In Mark displayed on the Dotonbori Glico Sign to honour Takuma Sato's Indianapolis 500 victory — the corporate sign turning, briefly, into a civic noticeboard.© THE PAGEsource

委嘱ではなく、持続が意味を作る

スクリーンにアートが立ち上がる経路を、本誌はこれまで主に「編集の行為」として追ってきた。渋谷スクランブル交差点では、広告のために束ねられた4基連動の大型ビジョンが、深夜の一時間だけアートへ明け渡される。新宿ではクロス新宿ビジョンの三毛猫が、運営自身の編集物として広告面に棲みついた。ロンドンのピカデリー・ライツは、所有者が毎晩数分を「寄贈」することでアートの枠を成立させている。いずれも、既存の広告インフラの運用時間を、別の目的へと編集し直す試みである。

道頓堀グリコサインは、これらと同じ「広告と展示の境界」に立ちながら、成り立ちが決定的に異なる。ここには、外部の作家への委嘱も、公募も、アート枠の寄贈もない。差し替えられる映像は、あくまで広告主が自社のために作る自社の走者である。それでも、この面が街の共有物として機能していることは疑いようがない。人々がここに集まってポーズを取るのは、グリコの商品を買いたいからではない。90年にわたって同じ走者が同じ場所に在り続けてきたという、その持続そのものに向かって集まっている。

ここで働いているのは、委嘱でも公募でもない、もう一つの原理である。持続と反復が、一枚の看板を街の記憶へと変える。毎晩点り、季節ごとに背景を変え、六度建て替えられてもポーズだけは変えず、90年間ひとつの姿勢を掲げ続ける——この時間の厚みが、広告の一枚を、通行人が自分の街の一部として引き受ける「絵」に変えていった。作品性は個々の映像の強度にあるのではなく、同じ走者を手放さずに更新し続けてきた運用の連続性そのものに宿っている。

この読み方に、本誌がくり返し立ち返る二つの概念が重なる。ひとつは「間(MA)」——夜の川べりに、広告が商品を売り込むことをやめて空けた余白である。もうひとつは「点景」——山水画において、広大な風景のなかに描き込まれる小さな人影や舟のように、その余白に意味を点す小さな存在である。道頓堀の夜景という風景のなかで、走者一体は90年ものあいだ、街に意味を点す点景であり続けてきた。商品を売り込むことをやめた広告が、風景を生かす小さな存在へと転じている。

街が引き受けた一枚

道頓堀グリコサインは、消費者が体感するデジタルサイネージの一形態でありながら、その実態は「広告主が自社の看板をどう編集し、どれだけ長く手放さずにきたか」という運用の記録である。大阪市もこの看板を道頓堀川の名物のひとつとして紹介する。企業が所有し、企業が編集する一枚の面が、いつのまにか行政に街の景観として数えられ、通行人に自分の街の風景として引き受けられている。所有と編集の主体は一貫して私企業のままなのに、そこに点る意味は、とうに公共のものになっている。

終電後の交差点に一時間だけ現れる展示とも、毎晩数分だけ寄贈されるアート枠とも違い、この走者は消えない。日が暮れれば点り、翌朝には消え、また日が暮れれば点る——その反復を90年続けたことが、一枚の広告看板を街の点景に変えた。街を美術館として読み替えるとき、もっとも静かで、もっとも長く続いている展示は、案外、誰もが広告だと知っている一枚の看板なのかもしれない。両手を挙げてゴールに飛び込むあの走者は、90年たっても、まだゴールしていない。

出典

  1. fig.001道頓堀グリコサイン 特別映像 (85秒) — Glico Japan 江崎グリコ 公式(YouTube)
  2. fig.002100周年ありがとう、道頓堀グリコサインに限定映像 — 産経ニュース(YouTube)
  3. fig.003大阪・道頓堀グリコサイン 佐藤琢磨が優勝記念に「ゴールインマーク」 — THE PAGE(YouTube)
  4. [4]道頓堀グリコサイン — 【公式】江崎グリコ(Glico)
  5. [5]6代目「道頓堀グリコサイン」完成 LEDを採用して多彩な映像も楽しめます — 【公式】江崎グリコ(Glico)
  6. [6]佐藤琢磨選手のインディ500優勝祝福メッセージを道頓堀グリコサインにて放映 — 江崎グリコ株式会社 プレスリリース
  7. [7]道頓堀グリコサイン — 大阪市中央区
  8. [8]道頓堀グリコサイン — Wikipedia(歴代の設置年・仕様の一覧)

運用カルテ

運営主体
江崎グリコ株式会社
掲出地
日本
編成モデル
企業文化事業 — 外部作家への委嘱ではなく、広告主が自社の看板を自ら編集する形。作品公募も委嘱料も介在せず、記念日・慶事に応じて特別映像が随時差し替えられる
稼働リズム
常時掲出。点灯は日没(約30分後)から24時まで。特別映像は記念日・慶事に応じて随時放映
物理仕様
6代目(現行)は高さ20.00m・幅10.38m、LEDチップ約14万個。戎橋のたもと、道頓堀川に面する江崎グリコビル壁面
運用開始
1935
稼働状態
稼働中 — 現行は2014年10月に更新された6代目でLED化。上部のGlicoロゴは2022年6月に意匠変更

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