標本を点景にする森 — 高尾599ミュージアム《NATURE WALL》
Specimens as Staffage: Projection and Taxidermy on the Nature Wall, Takao 599 Museum
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京王線の終点、高尾山口駅から数分歩くと、木肌を思わせる杉板ルーバーに覆われた低い建物が現れる。中に入って最初に出会うのは、幅十六メートル、高さ三メートル半の白い壁である。壁にはブナの木がレリーフとして浮き彫りにされ、その周囲にムササビ、テン、アナグマ、フクロウ——高尾山とその周辺に棲む動物たちの剥製が、枝や幹に留まるようにして配されている。標本だから、当然、動かない。時間が止まったまま、白い面のなかに固定されている。
やがて壁全体が暗くなり、光が差し込む。剥製の輪郭に沿って、あるいはその隙間を縫って、木漏れ日が落ち、葉が繁り、雪が積もり、また芽吹く。約七分のあいだ、止まっていた動物たちの周りだけで高尾山の四季が一巡する。動かない標本を残したまま、その背景と足元と頭上だけが、映像として動き続ける。これが高尾599ミュージアムの《NATURE WALL(ネイチャーウォール)》である。
標高がそのまま名前になった施設
「599」は高尾山の標高、五九九メートルをそのまま冠したものだ。ミュージアムは二〇一五年八月十一日——ちょうど国民の祝日「山の日」が初めて制度化される前年に、その八月十一日に合わせて——八王子市の観光施設として開館した。入館は無料。首都近郊にありながら年間三百万人近い登山者を集め、豊かな生態系で知られる高尾山を、登る前に、あるいは降りたあとに「読み替える」ための場所として構想されている。
運営は八王子市が所管し、日常の管理は指定管理者に委ねられている。注目すべきは、この公共施設のほぼ全体が一つのデザインの意思のもとに設計されている点だ。空間構成、館内で使われる専用書体とサイネージ、標本の見せ方、ショップの物販に至るまで、総合的なアートディレクションを担ったのは日本デザインセンターの大黒デザイン研究室、大黒大悟である。植物や昆虫を透明なアクリル樹脂に封じた「NATURE COLLECTION」の展示——キンランやアゲハチョウが、まるでいまそこで摘まれたかのように季節ごとに並ぶ——も、この一貫したデザイン言語の一部として設計された。ミュージアムは高尾山を紹介する施設であると同時に、一つの徹底したブランディングの実例でもある。
剥製に映像を重ねるということ
《NATURE WALL》の技術的な核心は、静止した立体物の上に映像を投影するという構成にある。壁面には本物の剥製標本が物理的に固定され、その表面と周囲にプロジェクションマッピングが重ねられる。約十六メートル×三メートル半という横長の面は、一枚の絵巻のように高尾山の生態を横へ横へと展開していく。
映像の企画・演出・制作を手がけたのはWOW、ディレクションは柴田大平が務めた。音楽は阿部海太郎が作曲し、ミュージアムの制作クレジットには小山田圭吾(Cornelius)の名も並ぶ。動物たちの動きにはキャラクターアニメーションの技法が用いられ、剥製という「本物の身体」に、少しユーモラスな仕草が与えられている。壁面の施工は内田洋行が担当した。開発は二年半に及んだと制作側は記録しており、生態の科学的な正確さと、長く飽きられない設計とを両立させることが目標に据えられた。
常設のこの壁は、一日中同じ映像を流し続けるわけではない。約七分の作品を一時間ごとに切り替え、「高尾をめぐる」と「A TREE OF TAKAO」の二つのプログラムを交互に上映する。同じ壁、同じ剥製の配置を土台にしながら、投影される映像だけが入れ替わることで、来館者は時刻によって異なる高尾山に出会う。ブナの木を中心に据え、その周りに山の住人たちを集めるという骨格は共有しつつ、映像は反復のなかで少しずつ表情を変える。
点景としての標本
ここで一度、絵の話をしたい。東アジアの山水画には、雄大な山や川のなかに、ごく小さく人物や舟、家屋が描き込まれる約束がある。それらは「点景」と呼ばれ、風景の尺度を示すと同時に、動かない山水に人の営みの気配を点す役割を担う。西洋の風景画で言えばスタッフィッジ(staffage)に近い。主役は風景であり、点景はあくまで小さな添え物だが、その小さな存在があることで、風景ははじめて「生きた」ものとして立ち上がる。
《NATURE WALL》は、この点景の関係を空間のなかで反転させ、また折り重ねている。通常、街のサイネージにおいてはスクリーンこそが風景に点される「動く点」であり、周囲の建築や街路が動かない地となる。ところがこの壁では、動かないのは剥製標本のほうであり、動く風景を供給するのはプロジェクションの側だ。標本は山水に置かれた点景として振る舞い、映像は本来なら止まっているはずの背景を、四季という時間の流れごと動かしてみせる。地と図、静と動が、私たちの見慣れた配置と入れ替わっている。
剥製とは、時間を止めることで生き物を保存する技術である。死をいったん固定し、腐敗という時間から切り離すことで、その姿をとどめる。そこへ映像が重なるとき、止められていたはずの時間が——四季の循環という、もっとも大きく、もっとも反復的な時間が——標本の周りにだけ戻ってくる。動かない身体を残したまま、その身体をとりまく空気だけが呼吸を始める。ミュージアムが掲げる「高尾山の自然をダイナミックに表現する」という言葉の内実は、この静と動の二重露光にある。
何も売らない壁
もう一つ見落とせないのは、この巨大なスクリーンが、何一つ商品を売っていないという事実である。十六メートルの光る面を前にして、来館者はロゴにも価格にも遭遇しない。壁が語るのは、いまから登る、あるいはたったいま降りてきた、その山に何が棲んでいるかということだけだ。公共が所管し、入館無料で開かれ、登山という身体的な体験の入口と出口に置かれている——《NATURE WALL》は、都市の広告面とは異なる論理で動く常設スクリーンの一例である。街の映像面が観光や商業の風景に「点景」として立ち上がる瞬間を、TENKEI はこれまで各地で追ってきた(恵比寿の屋外プログラム、松山の朝の一分間)。高尾599ミュージアムのそれは、その系譜のなかでも、山という具体的な自然そのものを主題に据えた、稀な例と言える。
白い壁は、標本と標本のあいだに「間(ま)」を空けている。その空白に、季節という時間を点していく。動かない生き物たちの周りだけで森が巡り続けるこの壁の前では、私たちもまた、山に入る前後の短い時間を、一つの風景として過ごすことになる。
出典
運用カルテ
- 八王子市(所管)。指定管理者=京王エージェンシー・京王設備サービス
- 東京
- 美術館委嘱 — 八王子市が観光施設として発注。空間・映像・タイポグラフィの総合ディレクションを日本デザインセンター 大黒デザイン研究室が担い、映像制作をWOWが手がけた
- 常設。NATURE WALL は1回約7分、1時間ごとに「高尾をめぐる」と「A TREE OF TAKAO」を交互に上映
- 幅約16m×高さ約3.5mの壁面。ブナのレリーフと動物の剥製標本にプロジェクションマッピングを重ねる
- 2015-08
- 稼働中