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Cases事例

広告枠の中に波を点す — 江南 COEX 角の LED と《WAVE》、二〇二〇

A Wave Inside the Ad Slot: COEX K-POP Square, Seoul, and a'strict's WAVE (2020)

No.
102
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
10分

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ソウル江南区、地下鉄三成駅から COEX 北口に上がると、SMTown COEX Artium の建物が交差点の角に立っている。L 字に折れる外壁の上層 ほぼ全面が一枚の湾曲 LED で覆われていて、平時は K-POP アーティストのミュージックビデオ、自動車広告、化粧品スポット、観光プロモーションが順番に流れている。ところが毎時、ほんの一分間だけ、そこに別の時間が割り込む。

LED の表面に巨大な透明水槽が現れ、内側で青い水塊が壁にぶつかり、しぶきが上がり、水面が静まったところで、また次の広告に戻る。二〇二〇年四月、現代的な DOOH の編成枠に**「広告ではない一分間」**を意図的に確保し、そこに作品を置く方法が、この角の LED から発信された。作品名は《WAVE》、作家名義は a'strict、運営は d'strict。本稿はその一分間を、装置・編成・系譜の三軸で記述する試みである。

系譜 — 二〇〇四年のウェブエージェンシーから

fig.001d'strict 公式によって公開された《WAVE》フル版。L 字湾曲 LED の内部に水塊が立ち上がり、視点を固定した観衆の前で崩れていく。The official full version of WAVE released by d'strict — a water mass rising inside the L-shaped LED, breaking before an audience locked to a single viewpoint.© d'strict / a'strictsource

d'strict は二〇〇四年、ソウルでウェブエージェンシーとして創業している。二〇〇九年前後にデジタルエージェンシーへと業態を移し、ディスプレイとインターフェースの進化に追随しながら、オフライン空間に展開できるデジタルコンテンツへと制作領域を広げてきた。CEO の李成浩(Sean Lee / Lee Sung-ho)が経営の中枢に入ったのは二〇〇七年、CEO 就任は二〇一六年である。社名 d'strict は design + strictly の合成で、自社が制作するコンテンツの品質基準を絶え間なく維持することが事業の核心に置かれている。

ここで重要なのは、《WAVE》の作家名義として表面に出るのが d'strict ではなく a'strict であることだ。a'strict は d'strict 内外のデジタル・メディア作家が参加するオープンなアート・コレクティブで、商業案件を担う d'strict 本体に対して、より非商業的・作家性主導の作品制作に専念するために組成されている。同社副社長の李相鎮(Sang Jin Lee)はキュレーション媒体 Wallpaper の取材に対し、《WAVE》が同社にとって最も反響の大きかった作品だったと語ったうえで、その理由を以下のように位置づけている。

Among our projects, WAVE was the most popular. I think it came from the unexpectedness of the artwork in the middle of the city.

Wallpaper*source

つまり、商業の場に挿し込まれたこと自体が作品の核だという認識である。この自覚は、後述する「広告ローテーション内の編成枠」という運用設計に直結している。

L 字面という発見

SMTown COEX Artium の上層 LED は、d'strict の公式作品紹介によれば幅 八〇・一 メートル、高さ 二〇・一 メートル。建物の角を抱き込むように湾曲しており、視点を建物正面に置いた観衆から見ると、二つの面が一枚の連続した内壁のように知覚される。

この L 字面はアナモルフィック演出にとって決定的に有利な形状である。平面の LED に三次元的なイリュージョンを描こうとすると、視点の位置に厳密な制約が課され、対象物は基本的に「画面に押し付けられた像」としてしか機能しない。ところが二面が直角に折れている場合、観衆の視点を定めれば、画面の中に 画面の奥行きそのものを仮構できる。波が「面の手前に飛び出してくる」のではなく、「面の奥に水槽がある」と知覚させることが可能になる。《WAVE》の青い水塊は、まさにこの仮想水槽の内側で立ち上がり、L 字の対面に向かって崩れていく。

物理的には、世界最大級の高解像度屋外 LED に分類される媒体である。SMTown COEX Artium は SM Entertainment の関連施設として、K-POP の旗艦的なメディア露出装置として機能しており、平時はアーティストのプロモーション、自動車・化粧品・観光局のプレミアム DOOH 在庫として運用されている。広告媒体としての商業価値が極めて高い枠を、毎時一分、作品の時間として確保する——その事実こそが《WAVE》の興行上の核心である。

広告枠の中の編成枠

李成浩は二〇二〇年、地元紙 The Korea Times の取材に対し、《WAVE》の動機を簡潔に説明している。

The large-format outdoor display is mostly used for advertisements and other commercial projects. However, we thought of the public characteristics of the giant LED display as people would see it while walking down the street. So we came up with the public media art of the waves for everyone.

The Korea Timessource

注意して読むべきは、ここで提示されているのが「広告枠を作品枠に置き換える」という主張ではないという点である。商業利用は前提として温存されている。そのうえで、街路を歩く人々がこの LED を見るときの 公共性——彼らは広告主の顧客である前に、ただの通行人である——を別途の編集対象として確保した。商業ローテーションの中に、商業ではない時間を意図的に組み込んだのである。

d'strict はこの方針を、自社の作品メタにおいてさらに事業化された言葉で記述している。

We aim to develop numerous attractive visual content that can be licensed into any size and shape of the screen consistently.

d'strict — ART CONTENTSsource

これは作家声明であると同時に ライセンス商品としての作品定義である。《WAVE》は単発のサイトスペシフィック作品ではなく、屋外 LED 媒体に許諾できる IP コンテンツとして設計された。「Public Media Art」というシリーズ名はこの方針の旗印で、《WAVE》は同シリーズ第一作 (#1) として位置づけられている。広告主が買えるのと同じインベントリ・モデルに乗せて、屋外メディア所有者が借りられる「作品時間」を流通させる——ここに、点景論で何度も指摘してきた 「配信インフラの空き時間に作品を点す」 構造の、商業的に成立した最初の実装例がある。

アナモルフィックの伝播

《WAVE》の公開は YouTube 公式アップロードでは二〇二〇年四月、メディア発信は同年五月。COVID-19 の都市閉鎖と移動制限が世界中の街路から人を退去させていた時期に、「街角に立ち上がる水塊」の動画は SNS で爆発的に拡散した。直接の影響として、二〇二一年六月には新宿東口で Cross Shinjuku Vision の 3D 巨大猫が稼働を始め、二〇二二年以降には成都 IFS / 太古里の L 字 LED で 3D パンダの演出が定着する。これらはいずれも L 字面 × アナモルフィック × 編成枠という《WAVE》の構造を踏襲した実装である。

d'strict 自身も、《WAVE》の方法論をシリーズ化して輸出している。二〇二一年七月、Samsung Electronics との協業で Waterfall-NYC を One Times Square のタワー側面 LED 群に展開した。垂直に四基並ぶ LED を縦長の滝の壁面に見立て、虚構の滝壺と岩肌を Times Square の交差点に挿入する。

fig.002《Waterfall-NYC》(2021)。Times Square の縦型 LED 四基を一枚の滝として編成し、《WAVE》で確立した「公共メディアアート」の方法をニューヨークへ移植した。Waterfall-NYC (2021) — four vertical LEDs in Times Square arranged as a single waterfall, porting the Public Media Art method established by WAVE to New York.© d'strict / a'strict / Samsung Electronicssource

ソウルから始まった「広告枠内の編成枠」が、ニューヨーク・東京・成都の主要交差点に転移していく過程は、d'strict が作品のシリーズ展開ではなく 方法のシリーズ展開を行っていることを示している。ここでも、作品単位ではなく方法単位で再現性が確保される点に、ライセンスを前提とした制作モデルの強度が表れている。

ARTE MUSEUM への分岐

《WAVE》公開と同じ二〇二〇年九月、d'strict は済州島に常設の没入型メディアアート施設 ARTE MUSEUM を開業した。テーマは「Eternal Nature」、波・滝・森・砂漠・空といった自然のモチーフを大規模 LED とプロジェクションで展開する空間である。a'strict の最初の単独展《Starry Beach》も同月、ソウル・国際ギャラリー(Kukje Gallery)で開催された。

時系列で並べると、《WAVE》(屋外・公共)、《Starry Beach》(ギャラリー)、ARTE MUSEUM(常設施設)が同年内に立て続けに公開されている。これは偶然の集中ではなく、屋外で確立した方法を、より統制された環境にも拡張する事業設計の現れである。李成浩は前掲取材で、ARTE MUSEUM 構想は《WAVE》以前から存在し、「Eternal Nature」のテーマが複数のプロジェクトに分岐したのだと説明している。

ARTE MUSEUM はその後、麗水・江陵・釜山・成都・香港・ドバイ・ニューヨークへと拡張し、屋内 immersive 施設としては Atelier des Lumières や teamLab Borderless と並ぶ国際チェーンに成長している。屋外と屋内、広告と興行、ライセンスと所有——同じ「Public Media Art」の方法が、両端の異なる経路で実装され続けている。

「間」と「点景」

この事例を、本誌の語彙で読み直しておきたい。SMTown COEX の LED は、広域 DOOH(屋外デジタル広告)の在庫として日常的に運用される典型的なインフラであり、毎時の広告ローテーションはまさにその「ad-server が支配する時間」である。そこに d'strict が確保した一分間は、インフラの 時間軸の "間" に作品を挿し込む行為であり、広告枠の連なりの内側に、別の編成原理を持つ時間を一つだけ穿った操作だった。

差分は所有のあり方にある。自社で在庫網を持つ配信主体が自社網内で作品を編成する場合、それは閉じたパイプラインの内側で完結した編成である。それに対して d'strict は、自社所有でない広告 LED 媒体に対して、IP としての作品をライセンスする形でこの編成を成立させた。前者は器ごと持つ、後者は中身だけを供給する——という違いだが、いずれも 「枠の中の枠」を編集対象として再発見した点で、点景的な操作の典型である。

二〇二〇年四月、江南の角で水塊が立ち上がった一分間は、ad-supported DOOH のタイムラインに編集枠が存在しうる、という証明だった。以後の世界中の交差点で続く 3D 錯視サイネージは、その証明の系を繰り返している。風景の中にぽつぽつと立ち上がる「広告でない時間」が、街そのものを少しずつ美術館の側に引き寄せていく——その第一作として、《WAVE》は記憶されるに値する。

出典

  1. fig.001PUBLIC MEDIA ART 'WAVE' by a'strict
  2. fig.002PUBLIC MEDIA ART 'Waterfall-NYC' by a'strict
  3. [3]d’strict — Official Site
  4. [4]blooloop,d'strict: where art and nature meet technology
  5. [5]The Korea Times,Design company d’strict makes splash in art gallery
  6. [6]Wallpaper*,a’strict: the South Korean digital art collective bringing nature to urban life
  7. [7]designboom,d’strict projects an endless simulated wave on massive LED screens in south korea
  8. [8]urdesignmag,Coex Wave Installation, Seoul, South Korea / d’strict
  9. [9]CNN Style,SMTown COEX: Giant 3D wave sweeps over South Korea’s Gangnam District
  10. [10]COEX K-POP Square — VisitSeoul Official

運用カルテ

運営主体
d'strict(運営)/ 作家名義 a'strict
掲出地
ソウル
編成モデル
広告枠の時間譲渡 — SMTown COEX Artium のプレミアム DOOH 枠に、毎時1分の「広告ではない時間」を確保。方法はライセンスとして他都市へ展開
稼働リズム
毎時1分。2020年4月の公開以降、運用継続
物理仕様
L字湾曲LED、幅80.1m × 高さ20.1m。視点固定のアナモルフィック(奥行き錯視)表現
運用開始
2020-04
稼働状態
稼働中

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