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真夜中の船出 — Yael Bartana《Farewell》とタイムズスクエアの世代宇宙船

The Ship Departs at Midnight: Yael Bartana's Farewell in Times Square

No.
155
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
10分

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2026年5月、深夜のタイムズスクエア。日付が変わる3分前、Broadway の41丁目から49丁目までを埋める約100面の電子ビルボードから、いっせいに広告が消える。かわりに現れるのは、集団のダンサーたちと、遠い銀河へ発とうとする一隻の宇宙船である。午前0時に向かって時間が切迫していくその3分間、画面のなかでは人類が地球に別れを告げる儀式が進行する。カウントダウンの果てにあるのは、新しい一日ではなく、船出だ。

Yael Bartana(ヤエル・バルタナ)の映像《Farewell》。2026年5月1日から31日まで、毎晩23時57分から午前0時までの3分間、タイムズスクエアで放映された。真夜中という時刻が、そのまま作品の主題になっている。日付の変わり目に立ち会うことが、そのまま「出発の前夜」に立ち会うことになる——この一致こそが、《Farewell》がこの場所とこの時間帯に置かれた理由である。この記事は、広告街の真夜中に穿たれた3分の「船出」について書く。

真夜中の3分間 — 世代宇宙船が発つ枠

《Farewell》を成立させているのは、Midnight Moment と呼ばれるプログラムである。Times Square Arts(Times Square Alliance)が Times Square Advertising Coalition と組み、毎晩23時57分から午前0時までの3分間、タイムズスクエアの約100面の電子ビルボードを同期させる。公式には「世界最大・最長運営のパブリック・デジタルアート展示」と説明され、始まったのは2012年。以来、月替わりで作家を替えながら真夜中の3分間を守り続けてきた。広告枠の時間を一時的に作家へ明け渡す、いわば広告枠の時間譲渡である。この編成そのものの詳細は、本誌が別稿「23時57分、扇風機がまわる」で扱った。

2026年春のラインナップは3組で構成された。3月は Daisy Collingridge と Isabel Garrett の《Bod》、4月は松山智一《Morning Again》、そして5月が Yael Bartana《Farewell》である。同じ約100面、同じ深夜の3分間を、月替わりで別の作家がリレーしていく。その最後の一区間で、真夜中の交差点は「船出の前夜」へと姿を変えた。

ここで効いているのが、時刻の選び方である。Midnight Moment はもともと、もっとも人出の多い時間ではなく、日付が変わる直前の3分を選ぶ。広告として最も効率のよい枠ではないからこそ、広告事業者は手放すことができる。《Farewell》は、この「終わりに向かう時間」という枠の性格を、そのまま作品の内容へと引き受けた。多くの月の Midnight Moment 作品にとって23時57分は単なる開始時刻だが、この5月に限っては、それが物語上の「別れの刻限」と重なっていた。

真夜中のタイムズスクエア。約100面の電子ビルボードが《Farewell》を同期して映し出す。広告が消えた3分間、交差点は一隻の世代宇宙船の発着場になる。
fig.001真夜中のタイムズスクエア。約100面の電子ビルボードが《Farewell》を同期して映し出す。広告が消えた3分間、交差点は一隻の世代宇宙船の発着場になる。Times Square at midnight: nearly 100 electronic billboards synchronized to Farewell. For three minutes, with the ads gone, the crossroads becomes the launch site of a generation ship.Photo: Michael Hull / © Yael Bartana(Times Square Arts)source

世代宇宙船《Light to the Nations》 — ヴェネツィアからの映像

《Farewell》の映像は、Bartana がここ数年展開してきた大きなプロジェクト《Light to the Nations》の一部である。ここで描かれる宇宙船は、複数世代の人間を乗せて未知の銀河へ向かう「世代宇宙船(generation ship)」だ。環境的・政治的な破局の淵に立つ地球から、人類が救済を求めて旅立つ——人間がいなくなった地球はみずから回復し、土地の制約から解かれた船上では新しい社会のかたちが設計されうる。船の名「Light to the Nations(諸国の光)」は、旧約聖書『イザヤ書』の一節に由来する。

この構想が最初にまとまった形で公開されたのは、2024年、第60回ヴェネツィア・ビエンナーレのドイツ館である。キュレーター Çağla Ilk のもと、「Thresholds(閾)」と題された同館で、Bartana は演出家 Ersan Mondtag らとともにドイツを代表した。ドイツ館のために制作された1チャンネルの映像・サウンドインスタレーション《Farewell》は約16分。ユダヤ神秘主義カバラの思考と投機的なテクノロジーを重ね合わせながら、宗教・民族・国家の境界を超える救済の物語として、宇宙船の出発前夜の儀式を描いた。

タイムズスクエアの《Farewell》は、この16分の映像を約100面の広告ビルボード用に、3分へと編み直したものである。美術館の暗室で正対して観る16分の映像が、深夜の交差点を見上げる3分の光景に変換される。同じ「別れの儀式」が、ホワイトキューブの静けさから、世界でもっとも明るい屋外空間へと場所を移す。作品が持つ儀礼性は、鑑賞の環境が変わることで、むしろ際立つ。

ビルボード群に同期して現れる《Farewell》。集団のダンサーたちの所作が、船の運動と、それを支える人間の営みの双方を映す。
fig.002ビルボード群に同期して現れる《Farewell》。集団のダンサーたちの所作が、船の運動と、それを支える人間の営みの双方を映す。Farewell appearing in sync across the billboards: the dancers’ gestures mirror both the motion of the ship and the human endeavor that carries it.Photo: Michael Hull / © Yael Bartana(Times Square Arts)source

記譜された別れ — 集団の所作という言語

《Farewell》で人類が地球に告げる別れは、台詞ではなく身体の所作で語られる。Bartana は「プレエナクトメント(pre-enactment)」——未来の出来事をあらかじめ演じる手法——を自身の方法として続けてきた作家であり、この映像でも、まだ起きていない船出を先取りして演じさせている。

その所作の土台にあるのが、Labanotation(ラバノーテーション)である。20世紀初頭に振付家 Rudolf von Laban が考案した舞踊記譜法で、身体の動きを楽譜のように書き留める体系だ。Bartana はこの記譜法に基づいて、表現主義的な身振りと、集団的・儀礼的な動きを組み合わせる。ダンサーたちの所作は、船の運動を映すと同時に、それを押し出す人間の営みそのものを映す。個々の身体が同期し、ひとつの集団の運動へと束ねられていく様は、記譜されたスコアを群舞が実行しているように見える。

真夜中が近づくにつれ、時間切れが迫るように、船は救世主的な乗り物として立ち上がる。Times Square Arts はこの映像の帰結をこう記す。

As the video unfolds, Bartana invites her viewers to join the great departure towards the new frontiers of outer space.

Times Square Arts — Farewellsource

宇宙という新たな辺境への「大いなる出発」に、観る者も加わるよう促される。見上げるだけの通行人が、儀式の参列者へと引き込まれる。深夜のタイムズスクエアに残った少数の人々は、たまたま居合わせただけの通行人であると同時に、地球を去る船を見送る者の役を、3分間だけ担わされる。

広告街を発着場に変える — 編集論考

このゲストキュレーションを担当したのは Nato Thompson である。Creative Time の元キュレーターとして、公共空間における大規模なアートプロジェクトを数多く手がけてきた人物だ。今回の枠組み「Dreaming in Public(公共の場で夢を見る)」という名称そのものが、この作品の置かれ方を言い当てている。個室で見る夢ではなく、街路のまんなかで、見知らぬ者どうしが同じ幻を共有する。私的な想像を公共の時間へ持ち出すこと——それがこのキュレーションの主題である。

Bartana を国際的に知らしめたのは、2011年、第54回ヴェネツィア・ビエンナーレのポーランド館で発表された三部作《…and Europe Will Be Stunned》だった。実在しない政治運動をあたかも史実のように演じてみせるその手法は、集団・儀式・共同体の記憶を主題としてきた。タイムズスクエアの《Farewell》も、この系譜の延長にある。ただし今回は、映画館でも美術館でもなく、世界最大の広告装置がその上演装置になった。

ここに反転がある。タイムズスクエアの電子ビルボードは、本来すべてが広告媒体だ。それぞれ別の所有者、別の広告主、別の契約が張り付いた面が、みっしりと交差点を埋めている。ふだんは互いに競い合い、通行人の視線を奪い合うその画面群が、真夜中の3分だけ足並みを揃え、一隻の船の出発に立ち会う。消費を煽り続ける光の壁が、地球への別れの儀式を執り行う祭壇へと反転する。もっとも世俗的な場所が、もっとも儀礼的な時間を引き受ける。この落差の大きさが、《Farewell》という選択の批評性である。

発たない船を見送る — 展望

《Farewell》の放映は2026年5月31日で終わった。船は毎晩発つそぶりを見せながら、実際にはどこへも行かない。翌月には別の作家の映像が同じ約100面にやってくる。プログラムは特定の作品ではなく、この受け渡しの仕組みそのものを守り続けている。

ここに、本誌がしばしば立ち返る主題がある。「間」とは、空間や時間のなかに意図して空けられた余白のことだ。Midnight Moment は、広告で隙間なく埋め尽くされた交差点の時間軸に、毎晩3分の「間」を穿つ。その空いた3分に、映像が「点景」として点る。《Farewell》の場合、その点景は「別れ」の像だった。山水画の余白に描き込まれた小さな舟が風景を生かすように、広告の氾濫という景色のなかに点された一隻の宇宙船が、その夜の街に、去ることと残ることをめぐる一瞬の意味を与える。空間の余白ではなく、時間軸上の点景である。

そして、この船出に立ち会えるのは、日付が変わる直前まで街に残った者だけである。昼のタイムズスクエアを埋める群衆でも、観光の主役でもない。深夜の3分にたまたま居合わせた者だけが、広告が一斉に消え、ダンサーたちが動き出し、船が発とうとする瞬間の見送り人になる。展示は毎晩繰り返されたが、その一夜ごとの見送りは、二度と同じ顔ぶれでは起こらない。発たない船を、毎晩あらたな人々が見送る。真夜中の交差点が別れの祭壇になりうるという事実だけが、5月のあいだ、確かにそこにあった。

別のアングルから見た《Farewell》。広告の壁の只中に、去りゆく船の像が3分だけ点る。
fig.003別のアングルから見た《Farewell》。広告の壁の只中に、去りゆく船の像が3分だけ点る。Farewell from another vantage: amid the wall of advertising, the image of a departing ship flickers up for just three minutes.Photo: Michael Hull / © Yael Bartana(Times Square Arts)source

出典

  1. fig.001Times Square Arts — Farewell(公式プロジェクトページ)
  2. [2]Times Square Arts Announces Spring 2026 Midnight Moment Program
  3. [3]Times Square Arts — Midnight Moment
  4. [4]Yael Bartana — Light to the Nations / Farewell, 2024(作家公式サイト)
  5. [5]Pavilion of Germany, Venice Biennale 2024 — “Thresholds”(Çağla Ilk)

運用カルテ

運営主体
Times Square Arts(Times Square Alliance)。ゲストキュレーション: Nato Thompson / Dreaming in Public
掲出地
ニューヨーク
編成モデル
広告枠の時間譲渡 — 広告事業者連合(Times Square Advertising Coalition)が毎晩3分の枠を作家に明け渡す月替わりコミッション。2026年5月は Yael Bartana《Farewell》
稼働リズム
2026年5月1〜31日、毎晩23:57〜24:00の3分間
物理仕様
タイムズスクエア(Broadway 41〜49丁目)の約100面の電子ビルボードを同期
運用開始
2012
稼働状態
終了 — 《Farewell》の放映は2026年5月31日で終了。Midnight Moment のプログラム自体は継続

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