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Cases事例

広告に囲まれた五面 — トロント、Sankofa Square の市民スクリーン

Five Screens the City Kept: Toronto’s Sankofa Square and Its Civic Signage

No.
154
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
11分

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トロントのヤング通りとダンダス通りが交わる角は、カナダで最も人通りの多い交差点だと言われている。その広場を四方から囲むのは、ビルの壁面をまるごと覆う大型のデジタルビジョン群である。運営元の一社である Branded Cities は、この一角のデジタル・従来型媒体のおよそ九割を握り、五万平方フィートを超える「制圧(domination)」面を単一の事業者として提供できる、と自ら謳う。TEC Tower(二〇一七年)、Tenor South(二〇二〇年)、Rogers Tower(二〇二二年)——湾曲した外壁を這う映像が、通行人の視界のほぼ全域を商品ロゴで満たしていく。

その広告の海のただ中に、広告を一切売らない画面が五面だけある。広場そのものが所有する五面で、そこに流れるのは来場者向けの案内、市の他機関との協働企画、そして公共アートである。周囲のビジョンが最大化された露出のために動いているのに対し、この五面だけは、露出のためではなく街の側のために動いている。本誌がふだん追ってきた「広告面にひらく数分間の空隙」——通りのスクリーンが商業のサイクルを止めて作品を映す、あの一時的な余白とは、少し性質が違う。ここでは空隙が時間ではなく、面の所有そのものとして、都市の側に確保されている。

fig.001二〇二五年八月、Sankofa Square のグランドオープンを伝える地元報道。旧ヤング・ダンダス・スクエアの改称が正式に披露された。背後を囲む大型ビジョン群と、広場の中心が対比的に映る。Local coverage of the August 2025 grand opening of Sankofa Square, when the renaming of the former Yonge–Dundas Square was formally unveiled — the surrounding spectaculars framing the civic centre of the plaza.CityNewssource

名前を取り戻す

この広場は二〇二五年八月二十三日、正式に Sankofa Square として披露された。二〇〇四年の開設以来、二十年あまり「ヤング・ダンダス・スクエア(Yonge–Dundas Square)」と呼ばれてきた場所の改称である。

きっかけは名の由来にあった。ダンダス通りの名は十八世紀の英国政治家ヘンリー・ダンダスにちなむが、彼は大西洋奴隷貿易の廃止を遅らせた人物として記録されている。二〇二〇年に世界で広がった人種的正義を求める運動を受け、トロント市は植民地期の人物・政策に結びついた市の資産の見直しに着手した。二〇二一年七月に市議会がダンダス通り自体の改称を可決し、同年秋には黒人・先住民のリーダーや市民・事業者からなる二十名の諮問委員会(Recognition Review Community Advisory Committee)が組まれる。二年におよぶ協議の末、二〇二三年十二月十四日に市議会が新名称「Sankofa Square」を採択し、翌二〇二四年には市の条例が改正されて名称変更が制度上も確定した。

Sankofa(サンコファ) は、ガーナのアカン系民族に伝わるトウィ語で「戻って取り戻す」を意味する。市が引くアカンの諺は端的だ——「置き忘れたものを取りに戻ることは、恥ではない」。過去を振り返り、そこから学びを取り戻して前へ進む、という考え方である。植民地の記憶を刻んだ地名を消すのではなく、忘れられていたものを取りに戻る行為として改称を位置づける——その語が、カナダで最も広告に覆われた交差点の名前になった。

fig.002広場で初開催された Sankofa Day(二〇二五年八月)を伝える報道。奴隷貿易の記憶を想起し、その廃止を記念する日として、改称後の広場が集会の場になった。Coverage of the inaugural Sankofa Day at the square (August 2025) — a day to remember the slave trade and mark its abolition, with the renamed plaza serving as the gathering ground.CP24source

制圧される面と、売らない面

改称は、看板の言葉づかいの問題にとどまらない。この広場は、都市のスクリーンが誰のために動くのかという所有の問題を、極端な形で可視化している。

交差点を囲む巨大ビジョンの大半は、広告事業者が運営する商業インベントリである。Branded Cities はここでの供給規模を「制圧」と呼び、単一事業者が交差点全体を覆いうることを強みとして掲げる。一区画のスクリーンをできるだけ長く、できるだけ大きく、広告主の映像で満たすこと——それが商業ビジョンの合理である。

これに対して、広場が自ら所有する五面には別の原則が置かれている。運営側の説明は明快だ。

広場のコミュニティ重視の方針にもとづき、これらの画面では広告を販売しない。

Sankofa Squaresource

売らないと決めた五面は、来場者への案内、映像プロジェクト、市の他機関との協働、そして公共アートに充てられる。市民や地域団体はこの五面を無償で使うことができ、掲出する内容は広場が定める Display Policy に従う。広告の論理が支配する交差点のなかに、広告の論理から意図的に外された小さな面が、制度として囲い込まれているのである。

面積で見れば、五面は周囲の「五万平方フィートの制圧面」に対してあまりに小さい。しかしこの非対称こそが、この広場の設計思想を語っている。都市がスクリーンから完全に手を引くのでも、逆にすべてを広告に明け渡すのでもなく、ごく一部を市民の側に留保する——その留保された面が、商業の海に浮かぶ数少ない標識になる。

五面に何が流れるか

売らないと決めた面は、放っておけば案内板で終わる。Sankofa Square はそこに編集を持ち込んできた。

二〇二六年には、公募プログラム「Art in the Square」が広場のインフラそのものを作品化した。ベンチ十四台とゴミ容器十台、合わせて二十四点の日用設備に、四人の作家——Sharn Bassi、Apanaki Temitayo、Chantelle Dorafshani、Adams Kofi Amaning——の図像が施される。キュレーションを担った MakeRoom Inc. は公募で百五十点を超える応募を集め、地域主導の審査で作家を選んだ。Apanaki Temitayo の《Oju Olorun: What Sees Us》はヨルバの宇宙観とアフリカのテキスタイルを、Adams Kofi Amaning はケンテ布の文様をトロントの図像と重ねる——改称の背景にある黒人コミュニティの文化的肯定が、広場の物理的な肌に貼り込まれた。

デジタルの五面もまた、季節ごとの編成の器として使われてきた。先住民の歴史月間には、街頭ビジョンを一時的に「生きたデジタル・アートギャラリー」へ転じる試みが持ち込まれ、黒人歴史月間や、市内の美術・デザイン教育機関の学生作品を映す回もあった。いずれも、広告主ではなく街の記憶や生態系の側を主題にする点で共通している。恒久の広告面が「これを買え」と言い続ける交差点で、この五面だけが「これを憶えていろ」と言う。

時間の余白と、面の余白

本誌はこれまで、都市の広告面にひらく余白をいくつも追ってきた。ロンドンのピカデリー・ライツで毎晩三分間だけ広告が沈み、一人の作家の映像が点るグローバル同期のスクリーン網。ニューヨークのタイムズスクエアで、深夜の数分を美術に明け渡すミッドナイト・モーメント。いずれも、商業スクリーンの時間を交渉によって借り受け、作品のために一時的に空ける仕掛けだった。夜が明ければ画面は広告に戻る。余白は約束された時間としてのみ存在する。

Sankofa Square が確保しているのは、時間ではなくの余白である。五面は毎晩返却される借り物ではなく、都市が所有し、広告を売らないと決めた恒久の区画だ。この違いは小さくない。時間の余白は、媒体オペレーターの譲歩が続くかぎりで成立する。面の余白は、その面を誰が持つかという所有の構造そのものに書き込まれている。改称という象徴的な行為が、この物的な留保と一つの広場の上で重なっているところに、この事例の固有性がある。名前を取り戻すことと、面を手元に残すこと。どちらも「置き忘れたものを取りに戻る」という同じ動作の、別の現れ方だと言える。

もっとも、留保された五面は小さく、周囲の制圧面は大きいままだ。市民の面が広告の海を押し返すわけではない。だが山水画において、風景を生かすのは画面を覆う山塊ではなく、そこにぽつりと置かれた人物や舟だった。街の風景に意味を点す小さな存在——点景。カナダで最も広告に覆われた交差点の、広告を売らない五面は、まさにその点景として機能している。制圧の合理が最大化を目指すほど、その中に確保された小さな余白は、かえって強い輪郭を持って立ち上がる。

広場が抱える課題は残っている。改称後も広場の雑然とした環境や再整備をめぐる議論は続き、五面の編成も潤沢な予算に支えられているわけではない。それでも、都市がスクリーンの一部を「売らない」と決め、そこに何を映すかを市民の側で編集し続けるという選択は、広告に覆われた交差点の意味を静かに書き換えている。間(あいだ)を空けるのは器の役割であり、その空いた面に何を点すかは、編集の仕事である。Sankofa Square の五面は、その二つが一つの広場で出会っている稀な現場だ。

出典

  1. fig.001Toronto celebrates the grand opening of Sankofa Square — CityNews
  2. fig.002Inaugural Sankofa Day kicks off at Sankofa Square Saturday — CP24
  3. [3]Digital Signage — Sankofa Square(五面の非広告方針)
  4. [4]Becoming Sankofa Square — Sankofa(サンコファ)の意味と改称の経緯
  5. [5]Toronto City Council approves “Sankofa Square” as new name for Yonge–Dundas Square — City of Toronto
  6. [6]Media Release: Sankofa Square Transforms Everyday Infrastructure Into Public Art With New Site-Wide Installations
  7. [7]Public Art — Sankofa Square
  8. [8]Yonge & Dundas — Branded Cities(交差点の媒体規模と「domination」の記述)
  9. [9]Branded Cities towers over Yonge–Dundas — Media in Canada

運用カルテ

運営主体
Sankofa Square Board of Management(トロント市の外郭機関)
掲出地
トロント
編成モデル
オープンコール — 交差点の広告面の約九割は Branded Cities が運営する。市が所有する五面のみ広告を販売せず、公募・市民利用・公共アートに充てる
稼働リズム
市所有の五面は通年で来場者情報・公共アート・映像プロジェクトを放映(市民利用は無償、Display Policy 準拠)
物理仕様
市所有のデジタルスクリーン五面(広告非販売)。周辺は Branded Cities の大型ビジョン群(TEC Tower/Tenor South/Rogers Tower/The Atrium ほか、約五万平方フィート)が取り囲む
運用開始
2004
稼働状態
稼働中

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