23時57分、扇風機がまわる — Tromarama《Turn On #2》と真夜中のタイムズスクエア
11:57 PM, the Fans Start Turning: Tromarama's Turn On #2 in Times Square
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2026年7月、深夜のタイムズスクエア。ここは世界で最も広告密度の高い交差点であり、真夜中になってもその明るさは衰えない。ところが23時57分、その光景が一変する。Broadway の41丁目から49丁目までに並ぶ約100面の電子ビルボードから、いっせいに広告が消える。かわりに現れるのは、淡い色面の前で首をもたげる一台の黒い扇風機である。羽根がまわり始めると、真夜中の広告街は、たった3分だけ、ひとつの作品になる。
インドネシア・バンドン発のアーティストコレクティブ Tromarama による《Turn On #2》。この映像は2026年7月1日から31日まで、毎晩23時57分から午前0時までの3分間、タイムズスクエアで放映されている。つまり本稿が公開される2026年7月3日の今夜も、深夜の街角でこの扇風機はまわる。広告が絶頂に達したその瞬間、その頂点そのものが3分間だけ譲り渡される。この記事は、その3分間について書く。
真夜中の3分間 — Midnight Moment というプログラム
《Turn On #2》を成立させているのは、Midnight Moment と呼ばれるプログラムである。Times Square Arts と Times Square Advertising Coalition のパートナーシップによって、毎晩23時57分から午前0時までの3分間、タイムズスクエアの約100面の電子ビルボードを同期させる。公式には「世界最大・最長運営のパブリック・デジタルアート展示」と説明される。始まったのは2012年。以来、月替わりで作家を替えながら、真夜中の3分間を守り続けてきた。
このプログラムの構造を、編成モデルとして見ると際立つ点がある。タイムズスクエアの電子ビルボードは、本来すべてが広告媒体である。それぞれ別の所有者、別の広告主、別の契約が張り付いた面が、みっしりと交差点を埋めている。Midnight Moment は、その広告枠を一時的に作家へ明け渡す。広告事業者の連合が、毎晩3分だけ自分たちの枠を止め、映像を一斉に同期させる。広告枠の時間譲渡、いわば ad-slot-takeover の代表例である。
重要なのは、これが特定の一面を借りる話ではないことだ。約100面が同時に同じ作品を映す。ふだんは互いに競い合い、それぞれの明るさで通行人の視線を奪い合っていた画面群が、3分のあいだだけ足並みを揃える。競合の場が協調の場へと反転する。その反転を毎晩、機械的な正確さで繰り返す点に、このプログラムの静かな凄みがある。
深夜という時間帯の選択も効いている。もっとも人出の多い時間ではなく、日付が変わる直前の3分。広告として最も効率のよい枠ではない。だからこそ広告事業者は手放すことができ、だからこそその3分は、通りに残った少数の通行人だけのものになる。
扇風機が画面を作動させる — 《Turn On #2》の作品論
《Turn On #2》は、テクノロジーが日常経験をどう作り替え、現実感覚を変え、環境との関係を媒介するかを検証する作品である。振付された連続ループの中で、扇風機が動き出すと、日常の見慣れた場面やイメージが作動するように見える。スイッチを入れる、という素朴な動作が、画面のなかで連鎖を引き起こしていく。
面白いのは、その「起動装置」が家庭用の扇風機だという点である。世界で最も高密度に集積したハイテクの画面群を「作動」させるのが、どの家庭にもある平凡な家電だ。最先端の光の壁を、ローテクな家電が点す。この転倒には、明らかにユーモアがある。そして同時に批評性がある。私たちが日々スイッチを入れ、当たり前に作動すると信じている無数の装置——その信頼の構造そのものを、扇風機という卑近なモチーフが問い直す。
その問いは、映像が進むにつれて像を結ぶ。最初は明快に見えた因果の連鎖が、徐々にほどけていく。スイッチを入れれば風が起こる、という予期が、経験によって形づくられた私たちの感覚を裏切り始める。公式ページはこう述べる。
What initially feels like a clear chain of cause and effect slowly unravels, disrupting
expectations shaped by lived experience and raising questions about memory, association, and
authenticity in a hyper-connected world.
— Times Square Arts — Turn On #2source
ハイパーコネクテッドな世界における記憶・連想・真正性への問い。それが、扇風機のまわる3分間の底に流れている。すべてが接続され、すべてが即座に反応する世界で、因果はほんとうに私たちの思う通りに繋がっているのか。画面は「絶えざる交渉の場」であって、確定した現実の窓ではない——そうした感覚が、広告で埋め尽くされたタイムズスクエアの真上に立ち上がるとき、この作品の場所は完璧に選ばれている。

この《Turn On #2》は、The Kitchen とのパートナーシップで提出された。The Kitchen は1971年創設のアーティスト主導の機関である。同機関では、Tromarama の米国初の機関個展「Upon a Machine」が2026年4月23日から6月13日にかけて開催された。個展が閉じた直後の7月、その作家が今度は深夜のタイムズスクエアへと場所を移す。ギャラリーの静けさから広告街の喧騒へ。機関のホワイトキューブから毎晩3分の公共スクリーンへ。同じ作家の仕事が、まったく異なる二つの見られ方を続けざまに経験する。
バンドンから41丁目へ — Tromarama という3人組
Tromarama は、2006年にインドネシア・バンドンで結成された3人組のコレクティブである。メンバーは Febie Babyrose、Herbert Hans、Ruddy Hatumena。ジャカルタとバンドンを拠点に活動する。三人がひとつの作家名のもとで制作するという編成そのものが、単独の作家性というより、協働と交渉を前提にした制作のあり方を示している。
その活動は早くから国境を越えてきた。美術館歴を辿れば、Mori Art Museum(東京、2010)、Stedelijk Museum(アムステルダム、2015)、National Gallery of Victoria(メルボルン、2015)、そして光州ビエンナーレ(2016)と続く。東アジア、ヨーロッパ、オセアニアの主要な現代美術の場を、早い段階から横断してきた作家たちである。日本の観客にとっても、2010年の森美術館以来、Tromarama はまったくの初対面ではない。
そのうえで、今回の《Turn On #2》が持つ意味を考えたい。バンドンで結成されたコレクティブが、タイムズスクエアの深夜を占有する。世界の広告産業の象徴とも言えるこの交差点で、毎晩3分だけ、アジア発の映像が約100面を支配する。広告という、いかにも普遍的で無国籍に見える光の壁が、ある夜には特定の作家の、特定の場所から発した仕事に置き換わる。無名の広告の背後に、名前と出自を持った制作がある——その事実が、真夜中の交差点に一瞬だけ差し込まれる。
深夜のタイムズスクエアに立ち会う通行人は、その映像がどこから来たのかを必ずしも知らない。しかし知らなくてもいい。街の風景のなかに、いつもと違う何かが現れたと感じるだけで、その3分は成立している。バンドンから41丁目へ。その距離は、扇風機の羽根がまわる3分のあいだ、確かに繋がっている。
広告の絶頂に点る間 — 展望
《Turn On #2》は、2026年夏の Midnight Moment ラインナップの一角である。ラインナップは同年5月7日に発表された。6月は Sonia Boyce《Transform》、7月が Tromarama《Turn On #2》、8月は Maia Chao《Studies for American Idle》。月替わりで作家が交代し、真夜中の3分間はリレーのように受け渡されていく。7月の扇風機がまわり終えれば、8月には別の映像がやってくる。プログラムは特定の作品ではなく、この受け渡しの仕組みそのものを守り続けている。
ここに、本誌がしばしば立ち返る主題がある。「間」とは、空間や時間のなかに意図して空けられた余白のことだ。Midnight Moment は、広告で隙間なく埋め尽くされた交差点の時間軸に、毎晩3分の「間」を穿つ。その空いた3分に、作家の映像が「点景」として点る。山水画の余白に描き込まれた小さな舟が風景を生かすように、広告の氾濫という景色のなかに点された3分の映像が、その夜の街に別の意味を与える。空間の余白ではない。これは時間軸上の点景である。
そして、この点景に立ち会えるのは、日付が変わる直前まで街に残った通行人だけである。昼のタイムズスクエアを埋める群衆でも、観光の主役でもない。深夜の3分にたまたま居合わせた者だけが、広告が一斉に消え、扇風機がまわり始める瞬間の目撃者になる。展示は毎晩繰り返されるが、その一夜ごとの立ち会いは、二度と同じ顔ぶれでは起こらない。世界最大の広告の壁が、もっとも見られない時間に、もっとも静かな作品へと反転する。その反転を毎晩見届ける者がいるかぎり、真夜中の3分間は続いていく。
出典
運用カルテ
- Times Square Arts(Times Square Alliance)× Times Square Advertising Coalition
- ニューヨーク
- 広告枠の時間譲渡 — 広告事業者連合が毎晩3分の枠を作家に明け渡す月替わりコミッション。2026年7月は The Kitchen とのパートナーシップで提出
- 毎晩23:57〜24:00の3分間。月替わりで作家が交代
- タイムズスクエア(Broadway 41〜49丁目)の約100面の電子ビルボードを同期
- 2012
- 稼働中