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光の街が年に一度灯りなおす — アイントホーフェン GLOW と五キロの回遊路

The City of Light Relights Itself Once a Year: Eindhoven's GLOW and a Five-Kilometre Circuit Through the Dark

No.
156
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
9分

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十一月のアイントホーフェンは、午後五時にはもう暗い。オランダ南部のこの街で、八夜のあいだ、日が落ちると人の流れができる。市の中心部をおよそ五キロにわたって巡る回遊路が引かれ、そこを何十万人もの人々が、コートの襟を立てながら歩いていく。ふだんは通りすぎるだけの教会の壁、広場の樹木、運河沿いの建物が、その夜だけ光の作品に変わっている。入場券はない。冬の街を歩くこと、それ自体が展示を巡る行為になる。GLOW と名づけられたこの光アートフェスティバルは、二十世紀に電球で栄えた「光の街」が、年に一度、自らを灯しなおす催しである。

本稿が読み解くのは、この祭典が「光の街」という産業の記憶を、行政と企業と市民が共有する冬の儀礼へと編みなおしているという事実である。本誌が「候(KO)」と呼ぶカテゴリ——気候や季節、時限性を作品成立の条件とする系譜——のなかで、GLOW は、北緯五十一度の冬の暗さそのものを地とし、その闇に沿って街路を歩かせるという、際立って身体的な光祭にあたる。

fig.0012025年、20周年を迎えた GLOW アイントホーフェンの公式アフタームービー。「The Light」をテーマに、市内と周辺自治体に置かれた約87点の作品が、五キロの夜の回遊路をつないだ。The official aftermovie for the 20th edition of GLOW Eindhoven (2025). Under the theme The Light, some 87 works across the city and neighbouring municipalities were linked along the five-kilometre night route.© Stichting GLOW Eindhovensource

二〇〇六年、リヨンからの帰り道

GLOW が生まれたのは二〇〇六年、アイントホーフェン市の一つの判断からだった。この街は二十世紀を通じて Philips の本拠地であり、電球と照明技術の生産で「光の街(Lichtstad / City of Light)」を名乗ってきた。だが世紀の変わり目、Philips の生産機能が移転し、街はその産業的アイデンティティをどう継ぐかという問いに直面していた。市の関係者がリヨンのFête des Lumièresを視察し、こうした光の祭りこそアイントホーフェンに必要なものだと確信して帰ってきた——これが GLOW の出発点として語られている。

第一回は二〇〇六年十一月、十五点の作品から始まった。発足のパートナーには、照明企業 Signify(旧 Philips Lighting)と市が名を連ねた。街の産業を担ってきた照明の技術者と、都市の景観を預かる行政とが、光を「製品」ではなく「作品」として街に置くために手を組んだ、という座組である。運営は GLOW 財団(Stichting GLOW)が担い、以降、毎年十一月に途切れることなく続いてきた。二〇二三年が第十八回、二〇二五年が二十周年——二〇〇六年から数えて、ちょうど二十年の連続開催にあたる。

ここで確認しておきたいのは、GLOW の起源が「産業都市の転身」と分かちがたく結びついている点である。電球を作ることで光の街になった都市が、電球を作らなくなったあとで、今度は光そのものを鑑賞の対象に変えることで、もう一度「光の街」であろうとした。祭りは季節の産物であると同時に、この街の産業史の産物でもある。

五キロの回遊路

GLOW の骨格は、市中心部を貫くおよそ五キロの回遊路である。ルートは毎年書きかえられ、その年ごとに異なる街区や地域へ光を差し向ける。観客は美術館の展示室を順に見るのではなく、冬の街路を実際に歩き、教会や広場や運河沿いに点々と現れる作品に出会っていく。屋外の公共空間に作品が置かれ、入場料を取らないという設計は、GLOW を美術館の興行とも商業施設の没入体験とも異なる位置に立たせている。

fig.0022018年の GLOW。建築のファサードや公共空間が光の作品に変わり、街路を歩く観客がその足元を通り抜けていく。この年の来場は七十五万人を超え、記録的な規模となった。GLOW 2018, when facades and public spaces turned into light works and visitors walked directly beneath them. That edition drew more than 750,000 people, a record.© Stichting GLOW Eindhovensource

規模は年々変わり、そして大きくなってきた。第一回の来場はおよそ四万五千人。それが二〇一八年には七十五万人を超え、屋外を歩く光祭としては世界でも有数の集客規模に育った。作品数も、二〇〇六年の十五点から、二〇二四年にはアイントホーフェン市内だけで約三十三点へと増えている。テーマも年ごとに掲げられる。二〇二二年は「URBAN SKIN」、二〇二三年は「The Beat」、二〇二四年は「The Stream」——水や流れ、街の肌や鼓動といった主題が、その年の作品群をゆるやかに束ねてきた。

作品の技術も、都市規模の投影に耐えるものへと更新されている。二〇二四年の「The Stream」では、作家 Cindy Lo の《Syntropia》が Wilhelminaplein に置かれ、高輝度のレーザープロジェクションによって広場を光の水流で満たした。教会の石壁や広場の樹木を平らなスクリーンとして扱わず、その凹凸や立体を映像の運動に取り込む——本誌がFête des Lumièresで見た、支持体となる建築の形状を消さずに使い切る手つきが、ここでも回遊路の随所に現れる。

二十周年、光の街が自らを主題にする

二〇二五年、GLOW は二十周年を迎え、テーマにずばり「The Light(光)」を掲げた。二十年の道のりを振り返りながら、光そのものを主題に据えた版である。この年、作品はアイントホーフェン市内にとどまらず、周辺の五自治体(Best、Oirschot、Veldhoven、Lieshout、Helmond)にまで広がり、総数はおよそ八十七点に達した。市長 Dijsselbloem が Stadhuisplein で開幕を宣言し、街は八夜のあいだ光の回遊路になった。

この年の作品群には、GLOW の性格がよく現れている。Paterskerk に置かれた《FACES – connecting people》は、地域の医療機関などとの協働で人々の顔を光に変えた。《Dream Town》は作家 Hugo Vrijdag が地元の小学生と共作した。廃 PET ボトルから組み上げた円環状のシャンデリア《The Chandelier of Connection》は、世界最大のシャンデリアとして国際記録機関の認定に挑んだ。とりわけ象徴的なのが、旧 Philips の光の塔 Lichttoren に灯された《Lempke》である。かつて電球を生み出した塔が、光の作品の支持体として夜に浮かび上がる——街の産業史そのものが、回遊路の一点として展示に組み込まれた。

GLOW 財団は、この祭りが誰のためにあるかを繰り返し言葉にしてきた。

Light art should be for everyone, regardless of age, origin or background.

GLOW Eindhoven — About GLOWsource

年齢も、出自も、背景も問わず、光アートは誰のものでもある——入場料を取らず、街路を歩けば誰でも作品に出会えるという設計は、この言葉の実装として読める。二十年にわたって毎年の十一月を率いてきた芸術監督 Ronald Ramakers は、二十周年をもって次の世代へ「バトンを渡す」時だと語った。産業から祭りへ、そして世代から世代へと、光を手渡していく催しであろうとしている。

冬の闇に沿って点される光

GLOW が示しているのは、「光の街」という都市のブランドが、産業の記憶を残したまま、市民の冬の儀礼へと翻訳されうるという型である。美術館のキュレーションとも、商業の没入興行とも、広告枠の時限開放とも違って、ここでは行政と照明企業と市民とが、冬のいちばん暗い時期に、街路そのものを歩いて巡る展示を成り立たせている。

fig.0032017年の公式アフタームービー。日没後の街に引かれた回遊路を、観客が歩きながら光の作品を巡る。屋外・無料・徒歩という GLOW の基本構造は、初期から一貫している。The official 2017 aftermovie. Visitors walk the route drawn through the city after dark. GLOW's basic structure — outdoors, free, on foot — has held from the early editions.© Stichting GLOW Eindhovensource

山水画における点景は、広大な山河のなかに小さく描き込まれた人物や舟が、風景全体に意味と尺度を与えるという概念だった。十一月のアイントホーフェンにおいて、その「地」となるのは冬の長い夜の闇と、五キロの街路そのものである。日没が早く、空気が冷え、街が暗く沈む——その巨大な「間」があって初めて、教会の壁の投影も、広場のインスタレーションも、旧光の塔に灯る一点の光も、図として浮かび上がる。作品と作品のあいだには、歩いて渡らねばならない暗い距離がある。その「間」を歩くことが、次の点景へと観客を運ぶ。闇と、歩く時間がなければ、光は点景になりえない。

本誌はこれまで、南半球の冬に開かれるVivid Sydney、中欧の秋に街を占めるSignal Festival、運河の水面を舞台にするAmsterdam Light Festival、そして GLOW の直接の着想源となったFête des Lumièresを通して、季節を前提に組まれた光の催しを見てきた。そのなかで GLOW が際立つのは、街の産業史——電球を作り続けた「光の街」という記憶——を、祭りの根に据えている点である。かつて工場が灯していた光を、いまは作家と市民が灯している。祭りが終われば投影は消え、街路は日常の通勤路に戻る。それでも、冬がまた巡り、十一月が近づけば、光の街はもう一度、五キロの闇に沿って自らを灯しなおす。

出典

  1. fig.001GLOW 2025 aftermovie — The Light, 20th edition(公式)(2025-11)
  2. fig.002GLOW Eindhoven — 公式サイト(Stichting GLOW)
  3. fig.003GLOW Eindhoven 2017 — official aftermovie(公式チャンネル)(2017-12)
  4. [4]GLOW Eindhoven — About GLOW(公式・沿革とミッション)
  5. [5]GLOW 2025 celebrates 20 years of light art(公式・20周年)(2025)
  6. [6]GLOW Festival Eindhoven — Wikipedia(起源・沿革・回遊路・来場規模)

運用カルテ

運営主体
GLOW 財団(Stichting GLOW、アイントホーフェン)
掲出地
アイントホーフェン
編成モデル
フェスティバル編成 — 2006年、照明企業 Signify(旧 Philips Lighting)とアイントホーフェン市を発足パートナーとして始まった。財団が編成主体となり、国内外の光アーティストへ作品を委嘱・招聘する
作家への対価
委嘱・招聘による制作。若手・学生には GLOW Next / Talent の枠が用意され、Talent Award が贈られる
稼働リズム
毎年11月の8夜、日没後の屋外。入場無料で街路を歩いて巡る。2026年は11月7〜14日、テーマは「Connect」
物理仕様
市中心部を巡るおよそ5kmのキュレーション回遊路。作品数は2006年の15点から2024年のアイントホーフェン市内約33点へ、2025年(20周年)は市内+周辺5自治体で計約87点
運用開始
2006
稼働状態
稼働中

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