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Cases事例

間のない外皮 — Las Vegas Sphere、広告と作品が分かれない球体

A Skin With No Interval: Las Vegas Sphere and the Surface Where Ad and Artwork Never Part

No.
152
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
13分

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ラスベガスの東、州間高速道路15号線を空港へ向かって走ると、砂漠の夜のなかに巨大な球がひとつ浮かんでいる。ある夜は、その表面いっぱいに満月が張りついている。地表の起伏まで見える月が、直径百五十メートルを超える球の全面に映り、都市のスカイラインの上にもうひとつの月として昇っている。別の夜には、同じ球が三十二色のアメフトのヘルメットに次々と姿を変える。黄色い絵文字がまばたきをし、青い地球が回り、やがて企業のロゴが浮かぶ。ひとつの球体が、時間ごとに月になり、作品になり、広告になる。

この球は Sphere と名づけられている。二〇二三年九月に開業した、球体構造の外周そのものを世界最大のLEDスクリーンで覆った建築である。本稿が扱うのは、この建物が「画面でできた建築」であるという事実と、そこから必然的に生じるひとつの逆説——広告と作品とが、同じ皮膚の上で分かれずに同居してしまう、という逆説である。

画面として構想された建築

Sphere を設計したのは、スタジアム建築で知られる設計事務所 Populous である。構造設計に Severud Associates と Walter P Moore、施工に AECOM が加わり、二〇一八年九月に起工、二〇二三年九月二十九日に開業した。総工費はおよそ二十三億ドル。ラスベガス史上、最も高価な興行施設となった。高さは三百六十六フィート(百十二メートル)、最も広い部分の幅は五百十六フィート(百五十七メートル)。総床面積は約八十七万五千平方フィートに及ぶ。

この球が従来の大型スクリーン建築と決定的に異なるのは、外壁に画面を「貼った」のではなく、球の外皮そのものを画面として構想している点にある。外装は Exosphere と呼ばれ、面積は約五十八万平方フィート(約五万四千平方メートル)。約百二十万個の「puck」と呼ばれるLEDユニットが八インチ間隔で球面に敷き詰められ、各 puck には四十八個のダイオードが収まる。ダイオード一個が二億五千六百万色を表示できる。地球上で最大のLEDスクリーンである。

かつて本誌は、レフィク・アナドールがラスベガスの Sphere の外皮に映像を映した最初の作家になったことを、彼のファサード論の「極点」として書いた(建築に夢を見させる)。そこで確認したのは、Sphere が「既存の建物に映像を投影したのではなく、外皮そのものがスクリーンとして構想された建築である」という一点だった。建物が画面を持つのではなく、画面が建物の形をしている。本稿は、その建築を作家の側からではなく、建物と運営の側から見る。画面でできた球体は、街の風景のなかで、そして経済の構造のなかで、どのように振る舞うのか。

Hello World — 開業前に灯った皮膚

Exosphere が初めて全面点灯したのは、二〇二三年七月四日、独立記念日のことだった。内部の興行が始まる二ヶ月以上前である。建物は、劇場として開く前に、まず皮膚として灯った。

fig.001Exosphere の公式ライブ配信「XO Stream」。約120万個のLED puck が球面を覆い、月・絵文字・惑星・抽象パターンが夜ごと切り替わる。運営はこの外皮を「XO」という固有のメディア枠として扱っている。'XO Stream,' the official livestream of the Exosphere. Some 1.2 million LED pucks wrap the sphere, cycling nightly through moons, emoji, planets and abstract patterns — the operator treats this skin as a named media channel, 'XO.'© Sphere Entertainment Co.source

初点灯の映像——「Hello World」の文字、花火、星条旗、水中の情景、月の地表——を制作したのは、運営会社 Sphere Entertainment の社内チーム Sphere Studios である。ここに、この建物の運用構造の核心が最初から現れている。外皮に映すコンテンツは、外部の作家に委嘱するだけでなく、まず自社の制作部門が日常的に供給する。球はメディアであり、運営会社はその編集主体でもある。

初点灯にあたって、同社のブランド戦略担当上級副社長ガイ・バーネットは、この外皮の位置づけをこう言い切っている。

Exosphere は、スクリーンや広告板以上のものだ——それは生きた建築である。

Sphere Entertainment Co.source

「生きた建築(living architecture)」という言い方は、単なる宣伝文句として片づけられない。この建物には、画面と建築とを区別する境界面が、そもそも存在しない。壁の上に置かれた画面なら、画面を消せば壁が残る。しかし Sphere では、皮膚が消えても、その下にあるのは表示を待つ別の皮膚でしかない。建築が休んでいる状態と、画面が動いている状態とを、この球は持たない。

広告と作品が分かれない皮膚

この「境界のなさ」が、経済の側に翻訳されたとき、ひとつの帰結が生まれる。皮膚の上で、広告と作品とが時間的に分離されない、ということだ。

Exosphere で最初に流れた本格的なブランド広告は、動画配信サービスの YouTube による「NFL Sunday Ticket」のキャンペーンだった。二〇二三年九月一日——これも開業前である——から始まり、球の外皮がアメリカンフットボール三十二チームのヘルメットへと次々に変形した。世界最大のスクリーンに掲出された、最初の商業広告である。報道ベースでは、Exosphere の広告料は一日あたり約四十五万ドル、一週間で約六十五万ドルとされ、これには九十秒の専用映像制作が含まれると伝えられている。

一方で、同じ皮膚には Sphere Studios が制作する月や惑星や抽象映像が流れ、記念日には特別な演出が組まれ、作家の委嘱作品も点灯する。広告の時間と作品の時間は、別々のスクリーンに分かれてはいない。同じ球面が、四時間は広告に、次の数時間は自社映像に、と切り替わっていく。

ここで、本誌がこれまで観察してきたスクリーン運用のモデルと、Sphere の差がはっきりする。ロンドンの CIRCA は、ピカデリー・サーカスの広告面に毎晩三分間の「空隙」を開け、そこにだけ作品を点す(20時26分の三分間)。玉川髙島屋S·Cのキューブは、広告を扱う部署と文化枠を編成する部署が、同じ画面の時間を分担している(郊外のスクリーン)。いずれも、商業の連続した時間軸のなかに、作品のための「間(あいだ)」を制度として切り出す設計である。作品は、広告に明け渡されない時間として、輪郭を持って現れる。

Sphere の外皮には、この「間」がない。広告も作品も自社映像も、同じ一枚の連続する皮膚の上で、切れ目なく入れ替わる。どこからが作品で、どこからが広告なのか——見上げる者にとって、その境界は皮膚の上に引かれていない。世界最大の画面は、アートと広告を分ける制度をあらかじめ持たないまま、ただ連続して点灯し続ける。これは欠陥ではなく、皮膚として構想された建築が必然的に行き着く運用の姿である。

内側もまた画面である

fig.002U2「U2:UV Achtung Baby Live at Sphere」。開業公演として二〇二三年九月から翌年三月まで全四十公演が組まれた。客席を包む内部スクリーンは約15,000㎡・16K級で、演奏の背後の壁が消え、空間そのものが映像になる。U2's 'U2:UV Achtung Baby Live at Sphere,' the 40-show opening residency (Sept 2023–Mar 2024). The interior media plane — c. 15,000 m² at 16K — dissolves the wall behind the band so that the room itself becomes image.© U2 / Sphere Entertainment Co.source

球の内側もまた、画面でできている。客席を椀のように包む内部スクリーン「media plane」は、面積約十六万平方フィート(約一万五千平方メートル)、解像度は16K級。カナダの SACO Technologies が手がけ、パネル数はおよそ六万四千枚に及ぶ。音響は十六万七千を超えるビームフォーミング・スピーカーと波面合成技術によって、特定の座席に特定の音を届ける。ここでも、観客を囲む壁は建築であることをやめ、映像になる。

内部の最初の興行は、アイルランドのロックバンド U2 による連続公演「U2:UV Achtung Baby Live at Sphere」だった。二〇二三年九月二十九日から翌二〇二四年三月二日まで、全四十公演。以後、Dead & Company、Eagles、Kenny Chesney、Backstreet Boys、Phish らの連続公演が続いた。音楽公演と並行して稼働するのが、映画監督ダーレン・アロノフスキーが Sphere のために撮り下ろした没入映画《Postcard from Earth》である。二〇二三年十月に初上映されたこの作品は、「Big Sky」と呼ばれる18Kのカメラシステムで撮影され、内部スクリーンの湾曲した全面と、座席の触覚効果や香りまでを使って地球の生を描く。二〇二五年八月には、《オズの魔法使》を没入版として再構成した上映も始まった。

外皮と内壁、広告と映画、月と作品。Sphere で起きているのは、建築のあらゆる面が画面へと変わり、そのうえで、そこに映るものの区別——広告か、作品か、演出か——が、建築の側では決して固定されない、という事態である。

街の風景を呑む点

Sphere のビジョンには、当初から世界規模の会場ネットワークが含まれていた。

Sphere Entertainment Co.source

二〇二四年十月、Sphere Entertainment はアブダビ観光文化局と組み、二基目の Sphere をアブダビに建てる計画を発表した。設計・技術・知的財産を Sphere 側が提供し、建設費は現地が負担するフランチャイズ型の枠組みである。CEO のジェームズ・ドーランは、これを「世界規模の会場ネットワーク」構想の一歩だと述べた。画面でできた球体は、ひとつの建築であると同時に、複製可能なメディアの規格になろうとしている。

ここで、本誌が拠り所とする「点景」の概念を、あえて反転させて考えてみたい。点景とは、山水画において風景のなかに小さく描き込まれる人影や舟のことだ。それは風景の主役ではなく、広大な景色のなかにぽつりと置かれることで、逆に景色全体に尺度と意味を与える小さな存在である。街の風景に立ち上がるアートの瞬間を、本誌はこの語で捉えてきた。

Sphere は、その点景の論理を裏返す。この球は、風景のなかに慎ましく点じられる小さな印ではない。それは風景そのものを呑み込み、砂漠の夜空にもうひとつの月として、あるいは巨大なヘルメットとして、都市のスカイライン全体を従える。点が風景を生かすのではなく、点が風景の規模を超えてしまったとき、何が起こるのか——Sphere が投げかけているのは、この問いである。

そして「間」の側から見れば、Sphere の答えははっきりしている。この建築には休符がない。皮膚は日没後ほぼ毎晩灯り続け、内側では公演と上映が切れ目なく回る。広告と作品のあいだに空けられるはずの「間」も、建築と画面のあいだにあるはずの「間」も、この球はあらかじめ持たない。連続して点灯し続ける皮膚の上では、何もかもが等しく映像になる。

砂漠の高速道路から見上げる巨大な月は、美しい。だがその同じ皮膚が、次の時間には広告に変わることを、私たちはもう知っている。画面でできた建築が街に立ち上がるとき、そこに点る光が作品なのか広告なのかは、建物の側では決められていない。それを見分ける「間」を、風景の側にどう取り戻すか。世界最大の画面は、その問いごと、砂漠の夜に点り続けている。

出典

  1. fig.001Exosphere / XO Stream — Sphere 公式
  2. fig.002U2:UV Achtung Baby Live at Sphere — U2 公式
  3. [3]Hello World! Sphere Illuminates Entire Exterior For The First Time — Sphere Entertainment Co.(2023-07-05)
  4. [4]Sphere Announces YouTube's NFL Sunday Ticket Activation As The First-Ever Brand Campaign On The Exosphere — Sphere Entertainment Co.(2023-08)
  5. [5]Sphere Entertainment And The Department Of Culture And Tourism – Abu Dhabi Announce Plans To Make Abu Dhabi Next Sphere Venue Location(2024-10-15)
  6. [6]Sphere (venue) — Wikipedia
  7. [7]Sphere — Populous(設計事務所公式)
  8. [8]The Sphere at the Venetian Resort Opens to the Public in Las Vegas — ArchDaily
  9. [9]The Sphere, Las Vegas, by Populous — RIBA Journal
  10. [10]Postcard from Earth — Wikipedia
  11. [11]The world's most unique billboard: The hefty price tag to advertise on the Vegas Sphere — News3LV

運用カルテ

運営主体
Sphere Entertainment Co.(CEO/会長 James Dolan)
掲出地
ラスベガス
編成モデル
入場料興行 — 内部は入場料興行(没入映画・アーティスト連続公演)。外皮 Exosphere は自社 Sphere Studios 制作の映像とブランド広告枠が同一面を分けあう。広告料は報道ベースで1日約45万ドル
稼働リズム
通年常設。外皮は日没後ほぼ毎晩点灯、内部は公演・上映スケジュールで稼働
物理仕様
高さ112m×幅157m。外皮 Exosphere 約54,000㎡・LED「puck」約120万個(世界最大のLEDスクリーン)。内部スクリーン約15,000㎡・16K級。客席約17,600(最大約20,000)
運用開始
2023-09-29
稼働状態
稼働中

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