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Cases事例

雨に空いた乾いた点 — Random International《Rain Room》と、画面を持たないサイネージ

A Dry Hollow in the Rain: Random International's Rain Room and Signage Without a Screen

No.
153
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
11分

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暗い部屋のなかで、雨が降っている。天井のノズル配列から水が絶え間なく落ち、床が鳴り、湿った空気が満ちる。そこへ一人が足を踏み入れると、その人の頭上と周囲だけ、雨が止む。約1.8メートル半径の乾いた空隙が、人の動きにわずかに遅れて追従する。二人が入れば空隙は二つ、六人が入れば六つ。誰も傘を持たず、誰も濡れない。水の音のなかを、人々は乾いた穴を連れて歩く。

これがRandom Internationalの《Rain Room》である。2012年にロンドンのBarbican Centreで初公開され、翌年ニューヨークのMoMAへ渡った。MoMAでは本館脇の空き地に黒い仮設構造体が建てられ、入場までの待機列が連日五時間から八時間に及んだ。ビヨンセとジェイ・Zが専用枠で入場したことが報じられ、「行列そのものが作品の一部だ」という揶揄と称賛が同時に飛び交った。人が集まらなければ何も起こらない——正確には、人が集まっても一度に六人から十人しか入れず、残りは長い列に並ぶ——という、この徹底した「会(かい)」の構造が、《Rain Room》を21世紀のインスタレーションの象徴作にした。

fig.0012013年、MoMAに設置された《Rain Room》。暗い空間を歩く人の周囲だけ雨が止み、乾いた輪郭が身体に付き従う。館内ではなく本館脇の空き地に建てられた仮設構造体で、入場待機の列は連日数時間に及んだ。Rain Room at MoMA, 2013. Rain stops only around the moving body, a dry outline trailing each visitor. Built not inside the museum but in an adjacent lot, with entry queues running to several hours a day.© Random International(記録映像: VernissageTV)source

雨の前に、群れがあった

Random Internationalは、Hannes KochとFlorian OrtkrassがロンドンのRoyal College of Art(RCA)在学期、2002年に共同制作を始めたことに端を発する。法人としての本格起動は2005年。当初は第三の創設者を含む三人体制で、現在はKochとOrtkrassの二人体制に移行している。teamLabのような数百名規模の匿名コレクティブでもなければ、単独作家でもない、二名創設の中規模スタジオという欧州メディアアートの典型的な形態をとる。

《Rain Room》以前のRandom Internationalを貫いていたのは、雨ではなく「群れ」だった。2008年の《Audience》は、頭部ほどの大きさの鏡を載せた六十四体のロボットの群れで、人が近づくと個体がいっせいにその人へ顔を向ける。2010年に始まる《Swarm Study》シリーズは、鳥の群飛行や魚群の集合知をアルゴリズム化し、光源の明滅として翻訳した。人の動き・音・接近に応じて、光の点群が波のように反応する。2011年にはVictoria and Albert Museumの委嘱で、天井から吊り下げた立方体状の光点群が観客を検知して明滅する《Swarm Study / III》を制作している。

fig.002《Swarm Study / I》(2010)。群れの集合知をアルゴリズム化し、光の点群として翻訳したシリーズの起点。映像でも面でもなく、点の運動そのものが「画面」になる——Random International が一貫して探究する方法論の萌芽である。Swarm Study / I (2010), the origin of the series that translates the collective intelligence of a swarm into an algorithmic field of light points. Not a moving image, not a surface — the motion of points itself becomes the 'screen'.© Random Internationalsource

ここで重要なのは、彼らの作品には一貫して「画面」がないということだ。液晶もLEDも投影面も使わない。代わりに、光の点、鏡像、飛行するドローン、そして水滴といった非スクリーンの媒体が、観客の存在を検知して応答する。装置は観客の身体を絶えず読み続けるセンサーの群れであり、その応答が作品の像を結ぶ。《Swarm Study》の光点群が「点の運動する画面」だとすれば、《Rain Room》は同じ論理を水滴に適用したものだ——落下する水滴を無数のピクセルと見なせば、人の存在はそのピクセルを部分的に「消す」信号として働く。画面が像を「点灯」させるのではなく、身体が雨を「消灯」させる。表示と消去が反転した、ネガの画面である。

一つの作品が、四つの美術館を測る

《Rain Room》の物理仕様は、四つの会場を通じてほぼ一定に保たれた。天井のノズル配列から2,500リットルの循環濾過水が落下し、天井に配された3Dトラッキングカメラ群が観客の身体を検知して、対応するノズル群を停止させる。乾く半径は約1.8メートル。降雨フィールドの面積はおよそ100平方メートル。同時入場は六人から十人、滞在は五分から十五分。

同一の作品が異なる機関を巡回したことで、《Rain Room》はそれぞれの美術館の編成の論理を映し出す装置にもなった。2012年のBarbicanでは、企画展示空間The Curveで五ヶ月にわたって運用され、Random Internationalを一夜にして世界的な名前に転じさせた。当時のBarbicanのギャラリー統括者は、この作品を次のように評している。

audacious and compelling … surpasses all our expectations

Barbican Centresource

2013年のMoMAでは、Restoration Hardware(高級家具リテール)とVolkswagen of Americaが協賛につき、「商業資本と美術館の境界」を批評の焦点に引き込んだ。2015年から16年のLACMAでは、Hyundai MotorとLACMAの共同プロジェクトの第一弾として設置され、会期終了後に永久収蔵された——期間限定の没入体験を機関の常設コレクションへ変換した、世界で最初の事例である。そして2018年、シャルジャ・アート財団(UAE)が専用建築を新築し、世界初の恒久設置が実現した。乾いた土地で雨を体験するという気候的・政治的なステートメントが、現地の批評で繰り返し論じられた。

fig.003Random International 公式による《Rain Room》(2012)の記録。人の輪郭に沿って雨が退く——観客は「雨のなかにいる」のではなく、「雨の不在のなかにいる」。Random International's own documentation of Rain Room (2012). The rain recedes along the contour of the body — the visitor is not so much in the rain as inside its absence.© Random Internationalsource

作家自身は、この作品を雨のロマンティシズムとして語ることを一貫して避けてきた。シャルジャの恒久設置に際して、Kochはこの作品の本質を身も蓋もなく言い切っている。

It's not about rain, it's about robots

The Art Newspapersource

雨を扱うアートではなく、ロボティクスを扱うアートである、と。この自己定義は、批評との対話を放棄しない彼らの姿勢をよく示している。実際、《Rain Room》には強い批判も向けられた。美術批評家Felicity ScottはArtforum誌(2013年)で、MoMAの《Rain Room》を、観客の行動を監視・追跡し、自然を支配する欲望をインターフェース化する「サイバネティックな制御」の装置として論じ、制度批判からはむしろ遠い地点にあると指摘した。「セルフィー装置」「体験だけで思考を要求しない」という批判も、LACMA期を中心に繰り返された。Random Internationalはこれらの批判を撥ね返すのではなく引き受け、後続作でその主題化を変えていく——批評耐性の強さは、彼らの作品史のなかで一貫している。

画面を消したとき、何が残るか

TENKEIはこれまで、都市の風景に立ち上がるサイネージ×アートの事例を追ってきた。その大半は、LEDや投影面という「画面」を前提としている。《Rain Room》が興味深いのは、その画面を引き算したときに何が残るかを、極端な形で見せる点にある。

対照として想起されるのは、西武渋谷店に十一年間置かれたCarsten Nicolaiの《chroma actor》である。あの作品は、通行者の無意識の存在を環境データとして受け取り、LEDの色へと変換した。通り過ぎる人は、自分が色を動かしていることに気づかない。《chroma actor》が「環境データ→色」への変換だとすれば、《Rain Room》は「身体の存在→雨の不在」への変換である。一方はLEDという画面を薄く建築に溶かし込み、他方は画面そのものを取り払って水滴の場に置き換える。方向は逆だが、どちらも「画面=ピクセルの集合を通じた送信」という20世紀的なサイネージの定義の外側で成立している。サイネージとは、スクリーンを通じた一方向の送信ではなく、環境物質を媒介とした観客との応答である——両作はそう言っているように読める。

この視点に立つと、《Rain Room》の観客体験は「没入」という言葉ではうまく捉えられない。teamLabのように身体を作品の生成因子として投げ込むのでもなく、大型映像を見上げて撮影するのでもない。観客は雨の場のなかに立ちながら、自分の存在が雨の像を書き換えていることを、いわば外側から観察している。作品の内側に居ながら、作品との関係を外から眺めるという、自己反省的な構えがそこにある。人が集まることが必須でありながら、各人はそれぞれの乾いた孤独のなかにいる。「会」でありながら、静かなのだ。

間と点景

「間(ま)」と「点景(てんけい)」という対概念で見ると、《Rain Room》の構造は驚くほど明晰になる。

降り続ける雨は、隙間なく空間を満たす連続体である。そこへ人が入ると、身体の周囲に乾いた空隙が開く。これは、人の存在が空間に「間」を空ける現象にほかならない。山水画において「間」が余白として空間を空けるように、《Rain Room》では身体が雨のなかに物理的な余白を彫り出す。そして、その空けられた場所にぽつりと立つのが、当の人間——すなわち「点景」である。雨という風景のなかに現れ、しばらく動き、また去っていく小さな存在。山水画の舟や旅人が、広大な山水に方角と生命を与える点景であったのと、構造は同じだ。風景の主役ではなく、風景を生かすために置かれた小さな印。

《Rain Room》が反転させて見せるのは、この関係が「画面」の側からも語れるということだ。無数の水滴を落下するピクセルと見なせば、人の身体はそのピクセル群を局所的に消灯させる信号として振る舞う。通常のサイネージが「点灯によって像を描く」のに対し、《Rain Room》は「消灯によって像を描く」。像は光ではなく不在として、しかも観客自身の輪郭として現れる。街の広告面がコンテンツを点灯させて注意を奪うのとちょうど裏返しに、この作品は雨を消して、観客自身を風景の点景として浮かび上がらせる。

画面を持たないこの作品を、あえてサイネージの系譜のなかに置いてみること。それは、サイネージとは何かという問いを、スクリーンの外側から照らし直す作業でもある。街に立つ無数の画面が、コンテンツを送信する装置であると同時に、人が集まり、立ち止まり、風景に点景を点す場でもあるとすれば——《Rain Room》の乾いた空隙は、その最も純粋な模型として、いまもシャルジャの地下で雨を降らせ続けている。

出典

  1. fig.001Rain Room | MoMA(2013)(2013-05)
  2. fig.002Swarm Study / I, 2010 — Random International(2010)
  3. fig.003Rain Room, 2012 — Random International(2012)
  4. [4]Random International — About
  5. [5]Rain Room — Random International (Barbican, 2012)(2012-10)
  6. [6]Rain Room | Sharjah Art Foundation(2018–、恒久設置)(2018-05)
  7. [7]Rain Room — LACMA(2015–16、永久収蔵)(2015-11)
  8. [8]"It's not about rain, it's about robots" — The Art Newspaper(2018-05)
  9. [9]Felicity Scott, "Limits of Control: Rain Room and Immersive Environments" — Artforum(2013-09)
  10. [10]Random International — Wikipedia
  11. [11]Rain Room — Wikipedia

運用カルテ

運営主体
Random International(Hannes Koch, Florian Ortkrass)。恒久設置はシャルジャ・アート財団(UAE)
掲出地
シャルジャ
編成モデル
美術館委嘱 — Barbican・MoMA・LACMA 等の美術館がホスト。市場は Pace Gallery と Carpenters Workshop Gallery が担当
作家への対価
限定版・キネティック作品のギャラリー販売と、LACMA(2015)およびシャルジャ(2018)による永久収蔵で自走
稼働リズム
2012年 Barbican で初公開、2018年シャルジャで恒久化。同時入場は最大6〜10名、1セッション5〜15分
物理仕様
降雨フィールド約100㎡、循環濾過水2,500リットル。天井の3Dトラッキングカメラ群が観客の約1.8m半径のノズルを停止させる
運用開始
2012-10
稼働状態
稼働中

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