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吹き抜けの額縁 — The Hyundai Seoul「Art in Frame」と Zach Lieberman

A Frame over the Atrium: Zach Lieberman and Art in Frame at The Hyundai Seoul

No.
151
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
10分

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ソウル・汝矣島(ヨイド)。百貨店「더현대 서울(The Hyundai Seoul)」の吹き抜けをエスカレーターで昇っていくと、観葉植物の葉越しに、横に長く伸びたスクリーンが見えてくる。「CULTURE HOUSE 1985」と掲げられたサインの真上、アトリウムの最上層に嵌め込まれた超横長のLED。そこに、青と赤の光の粒が滲み、波紋のように広がっては残像を引いて消えていく。画面の端には筆記体で「Art in Frame」の文字。ハングルと英語で作家の名が添えられている——재커리 리버만、Zach Lieberman。

2026年7月2日、Lieberman は自身のXにこの光景を投稿した。「Hyundai Seoul のアートフレームシリーズに作品を出せてうれしい。サポートしてくれた @seohyowork に感謝を」。三本の短い動画には、百貨店の吹き抜けという日常の只中で、コードから生成された光がゆっくりと呼吸する様子が収められている。

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fig.001Zach Lieberman 本人による設置報告。CULTURE HOUSE 1985 のサイン直上、アトリウム最上層の横長LEDに、光の粒と波紋の連作が流れる。Lieberman's own announcement: particles and ripples of light flowing across the ultra-wide LED above the CULTURE HOUSE 1985 signage.© Zach Liebermansource

この小さな投稿の背後には、いくつもの系譜が交差している。ソウル最大の百貨店が館内の半分を「風景」に譲った建築の系譜。1985年から続く百貨店文化センターの系譜。そして、ジェネラティブアートの実践者たちが国境を越えて互いを招き合う、影響の環流の系譜である。

半分を風景に譲った百貨店

더현대 서울は2021年2月26日、汝矣島の複合開発 Parc.1 の一角に開業した。営業面積89,100平方メートルはソウルの百貨店として最大である。設計は Richard Rogers 率いる RSHP(Rogers Stirk Harbour + Partners)と韓国の SAMOO Architects & Engineers の協働。インテリアはトロントの Burdifilek が手がけた。

この建物を特徴づけるのは、売場面積の論理に真っ向から逆らう空間配分である。館内の実に半分近くが、商品棚ではなく屋内ランドスケープに充てられている。1階には高さ十二メートルの Waterfall Garden。5階には三十本以上の樹木を植えた屋内庭園「Sounds Forest」が広がり、その上部は三層分の吹き抜けとしてガラス屋根まで抜けている。百貨店でありながら、建物の中心にあるのは商品ではなく、光と緑と空隙である。

この「売らない空間」の設計判断が、のちにスクリーンの置き場所を用意することになる。吹き抜けとは、建築が意図的に空けた余白である。その余白の最上部、文化センターのサインの直上に、横長の画面が嵌め込まれた。余白があったからこそ、額縁を掛ける壁が生まれた。

額縁というフォーマット

「Art in Frame」がこのLEDに現れたのは2025年12月である。第1弾の作家は、ソウルを拠点とするジェネラティブアーティストの Seohyo(徐孝貞/서효정)。彼女自身がXに投稿した記録には「251201-260131 Art in Frame / The Hyundai」とあり、2025年12月1日から2026年1月31日までの約2ヶ月、彼女の代表作である色彩豊かなリング状のかたちが、この横長の画面を泳いだ。

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fig.002シリーズ第1弾(2025年12月1日〜2026年1月31日)を飾った Seohyo 本人の記録。吹き抜け越しに見上げる同じスクリーンに、彼女のリング状のジェネラティブ作品が流れる。Seohyo's own record of the inaugural edition (Dec 1, 2025 – Jan 31, 2026): her ring-shaped generative work on the same screen, seen across the atrium.© Seohyo (Seo Hyojung)source

シリーズのフォーマットは、Lieberman の動画に映るタイトルカードから読み取れる。手書き風のロゴ、作家名のハングルと英語の併記、そして韓英二言語のアーティストステートメント。Lieberman の回にはこう書かれている。

A media artist who translates light's reflections and afterimages into code, creating luminous scenes that flow like painting.

Art in Frame タイトルカード(The Hyundai Seoul)source

「絵画のように流れる光の場面」。このステートメントは、シリーズ名の「Frame(額縁)」と正確に呼応している。広告面でもインフォメーションボードでもなく、絵を掛けるための額縁として画面を定義する——作家名と作品解説を画面自身が携えるこの体裁は、美術館のキャプションプレートを百貨店の吹き抜けに移植したものだと言ってよい。

額縁が掛かる場所も示唆的である。スクリーンの直下にサインを掲げる「CULTURE HOUSE 1985」は、6階に置かれたカルチャーセンターであり、その名は1985年の狎鴎亭(アックジョン)本店開業とともに始まった現代百貨店の文化センター事業を継承している。四十年にわたる「百貨店が文化を教える場所」の遺産の、文字通り真上に、作家の名を掲げた画面が座っている。

影響の環流

このシリーズを興味深いものにしているのは、Lieberman を招いた側の人物である。彼が投稿で感謝を述べた @seohyowork——第1弾作家の Seohyo その人だ。

Seohyo はサムスンアート&デザイン大学院(SADI)でクリエイティブコーディングを教える教育者であり、パンデミック期に日課のコーディングを始めてジェネラティブアートへ本格的に踏み出した作家である。その日課の実践の着想源として、彼女は Zach Lieberman の名を公言してきた。Lieberman は2016年から「daily sketches」と呼ばれる毎日のコードスケッチを続け、その実践を世界中の実践者に開いてきた人物である。openFrameworks の共同開発者、ニューヨークの School for Poetic Computation(2013年共同設立)の共同創設者、そして2019年からは MIT メディアラボで研究グループ Future Sketches を主宰する。視線でドローイングを可能にする《EyeWriter》は MoMA のコレクションに収蔵され、アルス・エレクトロニカのゴールデン・ニカを受賞している。

fig.003「毎日何かを作る」— Lieberman の daily sketches の実践を本人が語る(Unit London 制作)。この日課の公開が、ソウルを含む世界のジェネラティブシーンに波及した。'Making something everyday' — Lieberman on his daily sketches practice (Unit London). The public discipline that rippled out to generative scenes worldwide, Seoul included.© Unit London / Zach Liebermansource

二人の軌跡は2024年2月、東京で交差している。恵比寿ガーデンプレイスのセンター広場で開かれた「Poems in Code」——シビック・クリエイティブ・ベース東京(CCBT)と恵比寿映像祭の連携プログラム——で、Seohyo は高尾俊介とともにプログラムを共同統括し、自作《Borrowed Landscapes》を出品した。その十二名の出品作家のなかに、Zach Lieberman の名前がある。都市の広場のスクリーンで、影響を受けた者と与えた者が同じ画面を分け合った。

そして2026年7月、立場が反転する。かつて Lieberman の日課に触発された作家が、今度はソウルの百貨店の額縁に彼を迎え入れる側に回った。影響は一方向に流れて終わらず、環流する。東アジアのジェネラティブシーンが欧米の「本場」から作品を輸入するのではなく、作家同士の互酬の回路で画面を編んでいく——この小さな逆転は、サイネージとアートの結び目が制度ではなく人の関係から生まれることを示している。

Lieberman 自身、東アジアの画面との縁を深めてきた。香港の M+ では2022年に《Atlas of Blobs》を発表し、2026年1月には東京・三軒茶屋のギャラリー clinic で個展「10 Lights」を開いた。ソウルの吹き抜けは、その延長線上にある。

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fig.004東京・三軒茶屋 clinic での個展「10 Lights」(2026年1月24日〜2月14日)。ソウルの額縁と同じ光と残像の探求が、ギャラリーのスケールで展開された。'10 Lights' at clinic, Tokyo (Jan 24 – Feb 14, 2026): the same inquiry into light and afterimage, at gallery scale.© clinic / Zach Liebermansource

二つのヒョンデ

ここでひとつ、整理しておくべきことがある。Lieberman と「Hyundai」の関係は今回が初めてではない。彼は現代自動車グループのアートプラットフォーム Hyundai Artlab のデジタルコミッションで、ネットワーク図のノード間を色とエネルギーが行き交う作品《Network》を制作している。しかし、今回の「Art in Frame」の主体である現代百貨店は、現代自動車とは別の会社である。現代百貨店グループは1999年に現代グループから分離した小売コングロマリットであり、テート・モダンとの Hyundai Commission や Hyundai Motorstudio を運営する現代自動車グループとは資本も事業も異なる。

つまり Lieberman は、二つの「ヒョンデ」それぞれの画面に作品を掛けたことになる。自動車メーカーのオンラインコミッションと、百貨店の物理的な吹き抜け。同じ名を冠する二つの企業体が、別々の回路で同じ作家に辿り着いた事実は、彼のコードによる光の探求が、企業のジャンルを超えて「画面に掛ける絵」として求められていることの証左でもある。

一方の現代百貨店は、館内の画面を広告メディアとして組織化する事業も同時に進めている。2025年11月には더현대 서울に直径三メートルの球体LEDを公開し、店内ディスプレイを広告プラットフォームとして外部に開くリテールメディア事業を打ち出した。同じ建物のなかで、画面は広告枠として売られ、同時に額縁として作家に開かれる。本誌『郊外のスクリーン — 玉川髙島屋S·Cの半世紀』で見た「商売と文化の両立」という百貨店の古い課題が、ソウルでは画面の二重運用として現れている。

額縁と点景

「Art in Frame」というシリーズ名を、もう一度見てみたい。

百貨店の画面は普通、フレームであることを隠す。広告は画面の縁を意識させず、視界いっぱいに商品を映そうとする。それに対してこのシリーズは、画面が額縁であることを名乗りから宣言する。額縁とは、そこから内側が「絵」であることを示す約束の装置である。エスカレーターで昇る買い物客は、額縁の宣言によって、ほんの数秒、鑑賞者になる。

本誌はこの数秒を「点景」と呼んできた。山水画の中の小さな舟や人影のように、風景全体を生かす小さな存在。더현대 서울の吹き抜けは、建築が半分を風景に譲った結果として生まれた巨大な余白であり、その最上部の横長の画面は、余白に意味を点す一点として機能している。Lieberman の作品が「絵画のように流れる光」であることは偶然ではない。横長の非標準的なアスペクト比、遠距離からの視認、数秒の滞留——サイネージ固有のこの条件に、パラメトリックに伸縮するジェネラティブアートはもっとも自然に適応する。額縁の形が先にあり、絵がそれに応える。

そしてこの額縁の編成が、少なくとも第1弾と今回に関しては、作家同士の関係の上に成り立っていることを、もう一度強調しておきたい。百貨店がグローバルなキュレーション会社に発注するのでも、広告代理店が枠を埋めるのでもなく、ソウルの作家が自分の影響源をソウルの画面に招く。「世界の誰の絵をこの街の額縁に掛けるか」という問いに、作家自身が答えを持っている。

展望

ソウルには既に、画面表現の強度で世界に知られた事例がある。COEX K-POP Square の《WAVE》は巨大な波を湾曲面に閉じ込め、都市スクリーンのスペクタクルの到達点を示した。「Art in Frame」はその対極にある。スペクタクルではなく、吹き抜けの余白にひっそりと掛かる絵。通り過ぎる者は通り過ぎ、見上げた者だけが数秒の展示に立ち会う。

百貨店の吹き抜けという場所は、都市の広場よりも私的で、美術館よりも公共的である。1985年の文化センターから四十年、現代百貨店が育ててきた「百貨店で文化に出会う」という体験の現在形が、コードから生成される光の絵として、文化センターのサインの真上に灯っている。ソウルの額縁に次は誰の絵が掛かるのか。この小さなシリーズの続きを、本誌は定点で見ていくことにする。


出典

  1. fig.001Zach Lieberman — X(設置報告、2026年7月2日)(2026-07-02)
  2. fig.002Seohyo — X(Art in Frame 第1弾の記録、会期 251201-260131)(2025-12-09)
  3. fig.003Zach Lieberman: Making something everyday — Unit London (YouTube)
  4. fig.004clinic — Zach Lieberman "10 Lights" (Instagram)
  5. [5]SAMOO — The Hyundai Seoul(設計概要・開業)
  6. [6]The Plan Award 2022 — The Hyundai Seoul (Burdifilek)
  7. [7]Frame — The Hyundai Seoul
  8. [8]現代百貨店 — CULTURE HOUSE 1985(公式)
  9. [9]MIT News — Zach Lieberman joins the MIT Media Lab(2019-11-25)
  10. [10]Hyundai Artlab — Between Text and Image: Q&A with Zach Lieberman
  11. [11]Unit London — Dr Zsofi Valyi-Nagy on Circles, Blobs, Ripples by Zachary Lieberman(2024-02-06)
  12. [12]Tokyo Art Beat — Zach Lieberman "10 Lights"(clinic、東京)
  13. [13]CCBT — Poems in Code: Generative Art Today(恵比寿映像祭連携、2024)
  14. [14]Le Random — Seohyo(作家プロフィール)
  15. [15]毎日経済(매일경제)— 現代百貨店のリテールメディアネットワーク事業(球体LED公開)(2025-11-11)

運用カルテ

運営主体
現代百貨店(더현대 서울 / The Hyundai Seoul)
掲出地
ソウル
編成モデル
オペレーター委嘱 — 百貨店が館内アトリウム上層の横長LEDを「額縁」として作家単位で編成。第1弾作家の Seohyo が Zach Lieberman 回のサポートとしてクレジットされている
稼働リズム
作家単位の会期制。第1弾 Seohyo は約2ヶ月(2025年12月1日〜2026年1月31日)
物理仕様
6階 CULTURE HOUSE 1985 サイン直上、アトリウム最上層の超横長LED
運用開始
2025-12
稼働状態
稼働中

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