郊外のスクリーン — 玉川髙島屋S·Cの半世紀
The Suburban Screen: Half a Century of Tamagawa Takashimaya S·C
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二子玉川駅を降り、南口から玉川髙島屋S·Cの南館ファサードを仰ぎ見ると、2025年の春から、三台のLEDキューブが点灯している。最大六メートル四方、大規模リニューアルの際にそれまでの建物ルーバーを撤去して現れた開口部に、建築・デザイン事務所NOIZの設計で据え付けられたものだ。キューブの表面には、ジェネラティブアート作家・高尾俊介の映像が流れている。
街路に面したこの光景は、今日の都市においては珍しいものではない。渋谷や新宿の交差点に立てば、これより大きなスクリーンがいくつも並んでいる。しかし、玉川髙島屋S·Cのキューブが街路に現れた出来事は、都心のスクリーン群とは別の系譜に属している。それは、日本の百貨店が半世紀以上かけて育ててきた「郊外の画面」の系譜である。
本稿はこの系譜を辿る試みである。1969年に日本初の郊外型ショッピングセンターとして開業した玉川髙島屋S·Cは、街路に面したショーウィンドウから始まる百貨店の視覚文化を、館内空間へ、そして再び街路へと拡張してきた。その運動のひとつの結節点として、2025年のキューブLEDは立ち現れている。画面がそこに置かれるためには、五十年余りの時間が必要だった。
ウィンドウから館内へ
日本の百貨店は、商業の場であると同時に、最も初期の都市メディアでもあった。1904年、三越呉服店が新聞広告で「デパートメントストア宣言」を行い、自らを商品陳列から視覚演出へと開かれた存在として再定義した時、近代日本の都市は新しい種類の装置を獲得した。街路に面したショーウィンドウは、通行人の視線を引き留め、内部の商品世界を物語る小さな舞台として機能し始めた。
この舞台の設計には、デザイナー、画家、建築家が動員された。三越の図案室を率いた杉浦非水の仕事は、ポスターから包装紙、店内装飾までを貫く総合的な視覚システムを作り上げた。今和次郎の考現学的観察は、街路を歩く人々がどのようにウィンドウを見ているかを記述した。百貨店は、単に商品を売る場所ではなく、見せることの技術が集積する場所となった。
この伝統の中に、ショーウィンドウという画面の原型がある。街路を通る群衆に向かって、硝子一枚を隔てた内部世界を提示するという構造。そこには既に、現代のデジタルサイネージが継承することになるいくつかの要素がすべて含まれていた。通行人の注意を引き、滞留を促し、内部の商品や物語へと誘導するという基本設計である。
1969年、郊外型SCの誕生
1969年11月、二子玉川園駅(当時)の前に、玉川髙島屋ショッピングセンターが開業した。日本初の郊外型ショッピングセンターであった。
この開業の歴史的意義は、単に「百貨店が郊外に出店した」という次元に留まらない。それまでの百貨店は、都心のターミナル駅に直結する立地を選び、鉄道で集まる群衆を相手にしてきた。郊外型SCは、群衆ではなく、自家用車で家族単位で訪れる顧客を想定していた。この顧客は、都心百貨店の来店客よりも滞在時間が長く、複数のテナントを回遊することを前提に行動する。視覚演出の設計原理が根本的に変わらざるを得なかった。
アメリカのショッピングモール理論——ビクター・グルーエンが1950年代に提唱した「社会的中心としてのモール」という構想——は、この日本最初のSCに参照枠を提供したが、玉川髙島屋はその直輸入ではなかった。日本の郊外という、歩行者ではなく鉄道駅と結節する立地、百貨店としての商品編集の伝統、そして当時の日本の家族像という条件の下で、独自の空間設計が必要だった。
開業当時の館内視覚演出は、ショーウィンドウ的な街路面の画面ではなく、館内通路の動線設計と、フロアごとのテーマ性の提示に主眼が置かれた。言い換えれば、画面は街路から館内空間全体へと拡張したのである。この拡張は、後の半世紀にわたって繰り返されることになる運動の、最初の大きな一歩だった。
拡張の半世紀
本館開業の後、玉川髙島屋S·Cは段階的に拡張を続けた。南館、西館、マロニエコートといった増築を経て、現在では複数の建築が一体となった大規模な複合施設となっている。その過程で、館内空間の視覚演出は複数の世代を経験した。
1970年代から80年代にかけての館内装飾は、主に物理的なディスプレイと照明演出によって組み立てられていた。季節催事の飾り付け、フロアサインの意匠、吹き抜け空間への装飾的オブジェ。これらは、今日のデジタルサイネージが担っている機能の多くを、物理的な手段によって実現していた。
この時期の館内空間で重要な位置を占めたのが、アトリウムガーデンである。中庭のような開放空間を館内に持ち、そこに光と緑と人の流れを集約する設計は、都心百貨店の縦型空間とは異なる、郊外SCならではの空間論理を確立した。アトリウムは、単なる通路ではなく、滞留を誘う場所として機能した。そして滞留する場所には、見るべきものが置かれる必要があった。
1990年代以降、液晶ディスプレイやLEDが徐々に館内に導入されていく。初期のそれは、フロア案内や広告を表示する機能的な装置として位置づけられていた。しかし、技術の進展とともに、画面は次第に単なる情報表示を超えた役割を担うようになる。2010年代に入ると、大型のデジタルサイネージが商業施設の設計段階から組み込まれる前提になっていった。
運用の組織化
デジタルサイネージが館内に増えていくに従い、誰が何をどう映すかという運用の問題が浮上する。広告枠としての営業管理、コンテンツの制作と調達、機器のメンテナンス、障害対応——これらは物理的な看板の管理とは質の違う専門性を要求した。
東神開発株式会社は、髙島屋グループの中で玉川髙島屋S·Cをはじめとする複数のショッピングセンターの運営を担う事業体である。そのサイネージ運用には、現在、社内に二つの系統が存在する。ひとつは広告を扱う宣伝グループ、もうひとつは施設としての空間体験を計画する施設計画グループである。前者は広告枠のスケジュール管理を、後者はアートや文化的コンテンツの編成を受け持つ。年間予算にしておよそ千五百万円、その内訳はランニング(点検、システム運用、ハーディングチェック)と放映コンテンツ制作費に大別される。
SCREENS LANDSCAPE 編集部百貨店という業態が元々持ってきた「商売と文化の両立」という課題が、画面運用の組織構造にそのまま反映されている。
同じ画面が、広告を映す時間とアート作品を映す時間を持つ。そのスケジュールを二つのグループが別々に管理している——この構造は、単なる事務上の分担を超えた意味を持つ。館内の画面は、広告媒体としての機能と、施設の空間体験を形作る装置としての機能を、同時に引き受けることを要求されている。両者は本来、異なる論理で動く。広告は売上に貢献することが目的であり、空間体験は場所の価値を高めることが目的である。
玉川髙島屋S·Cの画面運用は、2024年からアート作品の制作・アーティスト連携・システムの運用保守を含む複合的な座組みで支えられている。年に二度、二月と八月の休館日に、運用スタッフが現地で再生ソフトウェアの更新作業を行う。約三時間の作業時間。TouchDesignerのバージョンアップ、Windows Update、放映確認。こうした地味な保守作業の積み重ねの上に、館内の画面は動き続けている。
2025年のキューブ

2025年3月、南館ファサードの大規模リニューアルが実施された。建物外観を覆っていたルーバーが撤去され、代わりに最大六メートル四方のLEDキューブ三台が据え付けられた。設計は建築・デザイン事務所NOIZ。NOIZはアトリウム空間を街路に向けて開放する意図をもって、この大胆な改修を設計した。開業以来、館内空間として閉じていたアトリウムガーデンは、このリニューアルによって二子玉川駅を挟む街の東西をつなぐハブとしての性格を獲得することになった。
三台のキューブの表面に流れているのは、高尾俊介のジェネラティブアート作品である。高尾は、2021年に発表された「Generativemasks」によって国際的に知られるようになったアーティストで、アルゴリズムによって生成される無数のヴァリエーションを、時間軸に沿って展開する作風を持つ。キューブ上で展開される彼の作品は、同じパターンの繰り返しではなく、刻々と変化していく視覚の流れである。
この実装は、前節で述べた半世紀の拡張運動の、ひとつの結節点として読むことができる。百貨店のショーウィンドウ——街路に面した画面——から出発し、館内空間へと拡張してきた視覚演出が、再び街路面へと戻ってくる。ただし、戻ってきた画面は、1904年のショーウィンドウとは根本的に違う。それは、館内の空間演出を半世紀にわたって蓄積してきた知見を前提にした、組織化された画面である。広告と文化、滞留と通過、場所と時間——これらの対立項を内包したまま、街路に立ち現れている。
2025年に玉川髙島屋S·Cのキューブで放映された作品は、メイン作品、曜日ごとの作品、四季それぞれのSeason作品、ワークショップ連動作品を合わせて三十五本に達した。このうち高尾俊介がメインの位置を占めるが、Okazz、Saeko、岡本俊樹らの作品も並行して放映されている。アーティストの名を列挙することが目的ではない。強調したいのは、一台の画面の背後に、複数の作家、複数のコンテンツ、複数の運用グループ、複数の時間軸が同時に存在するという事実である。キューブは、単一の映像装置ではなく、複数の編集判断が交錯する場所である。
参加の回路
東神開発が2026年の計画として明示しているのは、「参加型アートとしての機能強化」である。これまで一方向的に映像を流してきたキューブを、来場者が関与できる回路として再設計しようとしている。具体的には、施設内のイベントやワークショップと作品展開を紐付ける、放映中の作品情報を顧客や社内に共有する仕組みを作る、といった方向性である。
この方向転換は、郊外SCの画面がたどり着いた固有の論理を示している。都心の街頭サイネージは、通行する群衆に向けた一方向的な画面である。視聴者は瞬間的に通り過ぎ、画面は次の瞬間に次の群衆を迎える。一方、玉川髙島屋S·Cの画面は、同じ人が何度も訪れる場所にある。館内を回遊する間に繰り返し視野に入り、季節ごとに内容が変わり、ワークショップや催事と連動する。視聴者は、画面の「履歴」を記憶することができる。
この違いは、画面に何を映すべきかという編集判断の根本を変える。一度きりの視聴を前提にした表現と、繰り返し視聴され、記憶の層を作っていく表現とでは、設計原理が異なる。玉川髙島屋S·Cが半世紀かけて育ててきた「回遊する人々のための場」は、現在、画面表現の実験場として機能し始めている。
点としてのキューブ

本誌が出発点で掲げる主題は「点、商業に置かれる」である。ここでいう「点」は、山水画において風景を生きたものに変える小さな舟や人影を指す古語に由来する。個々の点は風景を構成する最小単位に過ぎないが、置かれる位置と周囲との関係によって、景を成立させる。
玉川髙島屋S·Cのキューブは、半世紀かけて育まれた郊外SCという風景の中に置かれた、ひとつの点である。それは単独で存在する広告装置ではなく、ショーウィンドウから館内空間、そしてアトリウムの開放へと続く視覚演出の運動の、現在における結節点である。南館ファサードの開口部に光るこの点が、二子玉川という街の景色の中で、これから何を生成していくかは、まだ開いた問いである。
しかし、少なくともひとつのことは言える。街に置かれた画面は、その街の時間とともに育つ。玉川髙島屋S·Cのキューブは、半世紀の時間を背負って、今そこにある。
本稿の執筆にあたっては、東神開発株式会社および関係各社にご協力いただいた。記して感謝する。
出典
運用カルテ
- 東神開発株式会社(玉川髙島屋S·Cの運営)
- 東京
- オペレーター委嘱 — 宣伝グループ(広告枠)と施設計画グループ(アート・文化枠)が同一画面を時間軸で分担。年間予算は約1,500万円
- 通年常設。年2回(2月・8月の休館日)にシステム保守。作品は曜日・季節・イベント連動で循環
- LEDキューブ3台(最大6m四方、NOIZ設計)。2025年春の南館ファサード改修で設置
- 2025
- 稼働中