冬の夜にひかりを灯す — Vivid Sydney と公共予算の光フェスティバル
Lighting the Winter Night: Vivid Sydney and the Publicly Funded Festival of Light
この記事は、AIが企画・編集・公開を行なっています。情報に誤りが含まれる可能性があります。情報の修正・埋め込みの削除を希望される場合はこちらの手続きをご覧ください。
五月末のシドニーは、南半球の冬の入り口にある。日が落ちるのが早く、空気が冷えるその季節に、サーキュラー・キーの湾岸に人の列ができる。目当ては、オペラハウスの帆型の屋根である。日没後、白い帆の表面に映像が投影され、建築の輪郭そのものが巨大な画面に変わる。湾を取り囲む建物のファサードが次々と光をまとい、六・五キロメートルの遊歩道に沿って、光の作品が点々と灯っていく。Vivid Sydney は、毎年この冬の夜に開かれる、世界最大級の光のフェスティバルである。
本稿が読み解こうとするのは、この催しが「自治体の観光予算で動く、都市スケールの季節装置」として成立しているという事実である。本誌が「候(KO)」と呼ぶカテゴリ——気候や季節を作品成立の条件とする系譜——のなかで、Vivid Sydney は、冬という季節そのものを集客と編成の前提に組み込んだ稀有な事例にあたる。
二〇〇九年の起点
Vivid Sydney は二〇〇九年に始まった。光の部分は当初「Smart Light Sydney」と呼ばれ、その構想は Mary-Anne Kyriakou が、オランダ・アイントホーフェンの光フェス GLOW に着想を得て立ち上げたものである。Anthony Bastic ら複数の関係者がこれに加わり、NSW 州政府は、音楽と「アイデア」の要素を加えて催し全体を拡張した。
その第一回の核となったのが、音楽家 Brian Eno をリード作家に迎えた、オペラハウスの帆への投影だった。Eno の《77 Million Paintings》が、シドニーの象徴である白い帆に展開した。州政府が観光振興の文脈で、世界的な作家を建築のファサードに招く——この組み合わせが、以降十数年にわたって反復される基本形になった。
運営は、NSW 州の観光・大型イベントを担う政府機関 Destination NSW が、所有・運営・制作のすべてを担う。フェスティバルは「Light(光)」「Music(音楽)」「Ideas(アイデア)」の三本柱で構成され、そのうち光の部分が、都市の風景をもっとも直接に書き換える。
冬の二十三夜
Vivid Sydney は、毎年五月下旬から六月にかけて、およそ二十三夜にわたって開かれる。南半球のこの時期は冬であり、日没が早く夜が長い。光のフェスティバルにとって、暗くなる時間が早いことは、上演時間が長く取れることを意味する。観光のオフシーズンにあたる冬に大規模な集客装置を置くこと自体が、州の観光戦略上の判断でもある。
中心になるのは、サーキュラー・キーからザ・ロックス、バランガルー、ダーリング・ハーバーへと続く、途切れのない約六・五キロメートルの「Light Walk」である。歩行者はこの一本の道を辿りながら、ファサード投影、光の彫刻、インタラクティブなインスタレーションを次々に通過する。作品の八割以上が無料で、観客は入場券を買うのではなく、冬の街を歩くことそのもので作品に出会う。
規模は年々拡大してきた。Destination NSW の公表では、二〇二四年は約二百五十三万人が来場し、来場者支出は一億八千万豪ドルを超えた。二〇二三年には三百万人を超える来場が報じられている。一方で、二〇二〇年と二〇二一年は COVID-19 の影響で中止された。季節と都市の集会に依存する催しであるがゆえに、外的な条件によって一度は完全に止まったという履歴も、この事例の性格をよく表している。
帆に映すという系譜
オペラハウスの「Lighting of the Sails」は、Vivid Sydney のなかでもっとも象徴的な枠であり、毎年異なる作家に委嘱されてきた。二〇〇九年の Brian Eno に始まり、二〇一〇年は Laurie Anderson、二〇一二年はドイツの URBANSCREEN、二〇一三年はオーストラリアの Spinifex Group(初のオーストラリア人作家への委嘱)、二〇一四年は英国の 59 Productions。二〇一六年には「Songlines」として、Karla Dickens や Reko Rennie らアボリジナルの作家たちが帆を担い、二〇一九年には Andrew Thomas Huang の《Austral Flora Ballet》が展開した。
帆への投影は、平らなスクリーンへの投影とは異なる難しさを持つ。オペラハウスの屋根は、複数の球面を組み合わせた三次元の曲面であり、その上に映像を破綻なく載せるには、建築の形状に映像を個別に合わせ込むプロジェクションマッピングの技術が要る。59 Productions のような作家は、帆の凹凸を消すのではなく、むしろ凹凸を映像の運動に取り込むことで、建築と映像を一体化させてきた。
ファサード投影の舞台は帆だけではない。Customs House、現代美術館(MCA)、ハーバーブリッジ、そして二〇一六年からはタロンガ動物園も加わり、湾の周囲の建築が、会期中の夜だけ、光の作品の支持体に変わる。普段は実用の建築であるものが、二十三夜のあいだだけ、別の用途へと書き換えられる。
季節のなかに点される光
ここに、本誌が「候」と呼ぶカテゴリの核心がある。Vivid Sydney は、冬の長い夜という季節の条件を、欠点ではなく前提として引き受けている。夏の明るい夜には成立しない。日没が早く、空気が澄み、人々が暖かい屋内から夜の街へ出てくる——その冬の条件が揃ったときにだけ、湾岸の光の遊歩道は意味を持つ。気象と季節が、作品の上演そのものの前提になっている。
山水画における点景は、風景のなかに置かれた小さな存在が、周囲の山河に意味を与えるという概念だった。Vivid Sydney の光の作品は、冬の夜という巨大な「間」のなかに、点々と灯される点景に近い。六・五キロメートルの遊歩道は、それ自体が一本の長い巻物のようであり、歩行者はその上を移動しながら、闇のなかに次々と立ち上がる光の一点一点に出会っていく。一つひとつの作品は、冬の暗さという地があって初めて図として浮かび上がる。
公共予算で動く光フェスティバルは、商業興行の没入施設とも、美術館のキュレーションとも、広告枠の時限開放とも違う、もう一つの編成原理を示している。州の観光機関が編成主体となり、冬のオフシーズンの都市そのものを会場として、入場無料の作品群を二十三夜だけ灯す。何を街に映すかという問いに、Vivid Sydney は「季節の暗がりに、誰もが歩いて出会える光を」と答えた。フェスティバルが終われば、帆は元の白さに戻り、ファサードは実用の建築に戻る。光は消えても、冬がまた巡ってくる限り、その季節の夜にあらためて灯し直される。
出典
- Sydney Opera House — Lighting of the Sails(公式)
- Sydney Opera House — Lighting of the Sails(公式)
- Vivid Sydney — 公式サイト
- Vivid Sydney — Vivid Light Walk(公式)
- Destination NSW — Vivid Sydney 2026 unveiled(会期・6.5km)
- NSW Government — Vivid Sydney celebrates 15 years
- Sydney Opera House — Watch all Lighting of the Sails
- URBANSCREEN — Lighting the Sails (2012)
- Commercial Real Estate — How Vivid Sydney became a winter economic engine(2024 来場・支出)
- Vivid Sydney — Wikipedia
運用カルテ
- Destination NSW(NSW州政府の観光・大型イベント機関)
- シドニー
- フェスティバル編成 — 州政府機関が所有・運営・制作を一体で担う公共光フェスティバル。作品の8割以上が無料
- 毎年5月下旬〜6月の約23夜(南半球の冬)
- 約6.5kmの Light Walk。オペラハウスの帆への投影、Customs House、MCA、ハーバーブリッジほか
- 2009
- 稼働中 — 2020・2021年は COVID-19 により中止