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冬だけの美術館 — Amsterdam Light Festival、運河をめぐる光

A Museum Only in Winter: Amsterdam Light Festival Along the Canals

No.
145
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
10分

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12月のアムステルダム。16時をすこし過ぎたばかりだというのに、空はもう藍色に沈んでいる。運河沿いの家並みが黒い切り絵になり、その手前に、白い文字が浮かんで灯る。ALL THE LIGHT YOU SEE IS FROM THE PAST。あなたが見ている光はすべて過去から来ている。橋の欄干をなぞる光の線が、足元の水面に落ちて、船の航跡に揺られながらほどけていく。

これは Amsterdam Light Festival の一夜の光景である。運河の街に、冬のあいだだけ現れる光の展示。夏には存在しない。というより、夏には物理的に成立しない。北緯52度のこの街で、日が長く沈まない季節には、光の作品を照らし出すための暗さそのものが手に入らないからだ。このフェスティバルの展示室は、建物ではなく、季節である。

Alicia Eggert《All the Light You See is From the Past》。夕闇の運河沿いに、白い光の文が灯る。
fig.001Alicia Eggert《All the Light You See is From the Past》。夕闇の運河沿いに、白い光の文が灯る。Alicia Eggert's All the Light You See is From the Past: a sentence of white light along the canal at dusk.© Amsterdam Light Festival / Alicia Eggertsource

冬にだけ開く美術館

Amsterdam Light Festival の第1回は、2012年から2013年にかけての冬に開かれた。運営するのは Stichting Amsterdam Light Festival、オランダの公益認定(文化ANBI)を受けた非営利財団である。これは民間のイニシアチブであって、市や基金からの構造的な支援を受けていない。にもかかわらず、というよりだからこそ、フェスティバルは市や文化機関、企業と密に協働しながら運営されてきた。都市の冬の風物詩でありながら、その実体は行政が街路に施した季節の飾りではなく、一つの編集された展示なのである。

創設者であり初代のアーティスティックディレクターを務めたのは Raymond van der Heide で、第1回から第5回までを率いた。現在の体制では、マネージングディレクターを Frédérique ter Brugge、アーティスティックディレクターを Lennart Booij が担っている。財団という器と、その中身を編むディレクションと。この二つが、街に光を点す仕事を毎年繰り返してきた。

会期は毎年、11月末から1月中旬にかけて。アムステルダム中心部の運河沿いに、その年の作品が点々と配置される。鑑賞のしかたは一つに定まっていない。公式が記すとおり、「ボート・自転車・徒歩で体験できる」。運河をゆく船から見上げてもよいし、自転車で橋から橋へ渡り歩いてもよいし、コートの襟を立てて歩いてもよい。展示の順路は、街の水路と道路そのものである。

一回のエディションで並ぶ作品は、20点から29点ほど。世界に向けたオープンコールと、フェスティバル側からの委嘱制作とを組み合わせて編成される。公募で拾い上げる無名の一点と、名を知られた作家に託す一点とが、同じ運河の水に映る。冬という限られた会期の中に、その年のテーマに沿って作品が編まれていく。

運河という展示室

このフェスティバルの特異さは、展示室が運河であるという一点に集約される。壁のない美術館。天井のない回廊。そして何より、鑑賞者の視点が移動しつづける展示である。

運河の街では、すべての光の作品が二度像を結ぶ。一度は空中に、もう一度は水面に。橋の上に架けられた光の文字は、足元の黒い水にそのまま逆さに落ちて、風と船の通過に応じて刻々とかたちを崩す。作品の作者が意図した像と、水がそのつど描きなおす揺れた像と。運河は反射する第二のスクリーンであり、しかもそのスクリーンは決して静止しない。美術館の壁には決して起こらないことが、ここでは毎晩ふつうに起きている。

そして鑑賞者は歩き、漕ぎ、走る。据え付けられた作品の前を、動く視点が通り過ぎていく。ボートから見上げる作品は、近づき、真下を通り、遠ざかる。徒歩ならば橋の上で立ち止まることもできる。同じ作品が、進む速さと角度によって、まったく違う光景として立ち現れる。美術館では観客が動いて作品は動かないが、ここでは観客の移動そのものが鑑賞の一部に編み込まれている。

編成の面でも、このフェスティバルは幅を持つ。委嘱制作の系譜には、フェスティバルの招聘によって Ai Weiwei が手がけた《Thinline》がある。建築の側からの参加もある。UNStudio(Ben van Berkel)、Benthem Crouwel、DP Architects といった建築事務所が名を連ねたエディションもあった。無名の応募者から、現代美術の作家、建築の設計者まで。光という一つの素材のもとに、異なる出自の作り手が運河沿いに並ぶ。

fig.002公式記録映像より。光の作品《Whale Fall》のかたわらで、ピアニスト Iris Hond が演奏を捧げる。From the festival's official documentation: pianist Iris Hond performs beside the light artwork Whale Fall.© Amsterdam Light Festivalsource

作品は渡り鳥になる

冬のアムステルダムで灯った作品は、会期が終われば消えて忘れられる、というわけではない。出品作の一部は、フェスティバルの後、世界を旅する。公式はこう説明している。「作品の一部はフェスティバルの後、世界中を旅する。Light Art Collection は作品に新しい舞台を与え、光のアート体験のキュレーションと制作における世界的な専門家である」。最初の国際協働の相手は、スウェーデンの Norrköping Light Festival だった。

これは、光の作品にとっての一種の季節労働である。冬のアムステルダムで生まれ、会期を終えると別の街の別の光フェスへと渡っていく。渡り鳥が季節に応じて空を移るように、作品は世界の光の催しをめぐって再演を重ねる。フェスティバルそのものは毎年一過性で、数週間で店じまいする。しかし作品は、その一過性の会期を超えて生きのびる。時限的でありながら持続的であるという、この独特な両立が、Light Art Collection という仕組みによって支えられている。

一方で、旅立たずにその場に留まった光もある。アムステルダムの Sloterdijk 駅には Tijdmakers の作品が恒久に残り、Amsterdam UMC(VUmc)の外来棟には《Today I Love You》が残った。フェスティバルという季節現象が、街に落としていった痕跡である。冬が過ぎ、他の作品がすべて撤収されたあとも、駅を行き交う人々や、病院に通う人々の日常の風景の中で、それらの光は消えずに点りつづける。

渡っていく作品と、留まる作品。この二つは、同じフェスティバルが生む対照的な後日譚である。季節に応じて世界を移動する光と、季節が去っても一つの場所に根を張った光と。どちらも、冬のひと月ばかりの展示が、その会期の外側へと余韻を伸ばしていく回路になっている。

暗さの編成

このフェスティバルを「候」の事例として読むとき、核心にあるのは、暗さそのものが展示の条件だという事実である。北緯52度の12月、太陽は16時台には地平に沈む。長い夜という気候の条件が、そのままこのフェスティバルの成立条件になっている。夏の白夜に近い明るさの中では、いくら精緻な光の作品を運河沿いに据えても、それは風景の中で立ち上がらない。暗さは背景ではない。暗さこそが、光の作品を作品たらしめる第一の要素である。

だからこのフェスティバルは、季節を照明として、そして壁として使っている。長い夜が、作品を包む黒い展示室を無償で用意する。会期を11月末から1月中旬に限るのは、単なる慣習ではなく、光が最も濃く見える季節を選び取った編集判断である。夏には物理的に開けない美術館。その不可能性が、逆に冬の展示に固有の密度を与えている。季節を展示室に変えるこの原理は、Vivid SydneySignal Festival といった各地の光フェスとも通底する。ただしアムステルダムは、暗さの長さそのものを会期の根拠に据える点で、その原理をもっとも徹底している。

暗さが単なる物理条件を超えて意味を帯びた年もある。第10回(2021-22)は、コロナ禍の制限下で開催されながら、数十万人が訪れた。公式はこの回をこう振り返っている。

The art was a beacon of light for many people during a difficult period of lockdown.

Amsterdam Light Festival — Historysource

ロックダウンという長い夜のなかで、運河沿いの光は文字どおりの灯台になった。屋内の展示が閉ざされていく時期に、屋外の運河沿いという開かれた展示室が、人々が安心して光を見に行ける場所として残った。暗い季節に暗い時代が重なったとき、このフェスティバルの「暗さの編成」は、意図せずして時代の必要に応えていた。

テーマ設定にも、近年は編集の意志がはっきりと表れている。第13回(2024-25)のテーマは「Rituals」。アムステルダム市制750周年と重なり、Oosterdok 地区では3つのプロジェクション作品が特別に展開された。教育プログラムには1500人の子どもが参加し、この回もまた数十万人を集めた。続く第14回(2025-26)のテーマは「Legacy」。公式はこう述べている。「第14回は、私たちが何を残すかをめぐるエディション。Legacy というテーマのもと、作家たちは共同の、そして個人の遺産とは何かを探る」。儀式から遺産へ。冬ごとに掲げられるテーマが、街に点す光の意味を、その年ごとに編みなおしている。

過去から届く光

リードに掲げた一行に戻ろう。ALL THE LIGHT YOU SEE IS FROM THE PAST。Alicia Eggert がこのフェスティバルで展示した《All the Light You See is From the Past》は、運河沿いに白い光の文として掲げられた作品である。公式サイトはこれを「memento mori(死を想え)」と説明し、この文字が時折消灯することに触れている。

星の光は、途方もない距離を旅して地球に届く。だから私たちが夜空に見る光は、遠い過去に発せられたものであり、その星はもう存在しないかもしれない。この作品の一文は、まずその物理学を指している。しかし冬の運河沿いに立ってこの文字を読むとき、それは同時に、暗い季節と記憶についての詩でもある。時折ふっと消える白い文字は、確かにあった光がいまここにないという事実を、消灯の瞬間そのもので示してみせる。

季節が壁であり、暗さが照明であるこのフェスティバルにとって、Eggert の一行は自らの原理を言い当てているようにも読める。冬は毎年戻ってくる。そして光も毎年戻ってくる。運河はそのつど、点された光を水面に二度目の像として写し取り、会期が終われば作品は世界を渡るか、駅や病院に残るかして、街のどこかに痕跡を伸ばす。器としての間(あいだ)を空けるのが季節なら、その空いた冬の夜に意味を点していくのが、運河をめぐる一つ一つの光である。あなたが見ている光はすべて過去から来ている。それでも、来年の冬にはまた、新しい過去が運河沿いに灯るだろう。

出典

  1. fig.001Amsterdam Light Festival 公式サイト
  2. fig.002Muzikaal eerbetoon Iris Hond bij lichtkunstwerk 'Whale Fall' — Amsterdam Light Festival(YouTube)
  3. [3]Amsterdam Light Festival — History
  4. [4]Amsterdam Light Festival — Organization
  5. [5]Amsterdam Light Festival — Artworks(第14回「Legacy」)
  6. [6]Amsterdam Light Festival — Open Call

運用カルテ

運営主体
Stichting Amsterdam Light Festival(文化ANBI非営利財団)
掲出地
アムステルダム
編成モデル
フェスティバル編成 — 市の構造的補助を受けない民間イニシアチブ。オープンコールと委嘱を併用し、出品作の一部は Light Art Collection として世界の光フェスを巡回する
稼働リズム
毎年11月末〜1月中旬の冬季開催
物理仕様
アムステルダム中心部の運河ルート。毎回20〜29作品。ボート・自転車・徒歩で鑑賞
運用開始
2012
稼働状態
稼働中

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