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Cases事例

玄関に置かれた未来 — Samsung d'light、ソウル瑞草の企業展示空間

A Future in the Lobby: Samsung d'light and the Corporate Showroom in Seocho, Seoul

No.
148
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
9分

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ソウル・瑞草(ソチョ)のオフィス街。Samsung Electronics 本社ビルの1階に、大きなガラス面がある。その向こうで巨大なヴィデオウォールが光り、通勤者や観光客が吸い込まれるように入っていく。入場は無料である。予約もいらない。

本社ビルの1階というのは、本来もっとも閉じていてよい場所だ。企業の中枢へ通じる玄関口であり、部外者を選別する境界線でもある。ところがこの場所は、街に向かってひらいている。誰でも入れる展示室になっている。名は Samsung d'light(ディライト)。企業が自らの玄関を、通りに面した無料の展示空間へと組み替えた、その判断そのものが本稿の主題である。

企業のショールームは、ふつう「見せて、売る」ためにある。だが d'light の設計を細かく見ていくと、そこには売り場と展示室の境界を意図的に溶かそうとする力が働いている。製品が展示物になり、展示物が装置になる。廃材が光の彫刻になる。玄関に「未来」が点り、街の通行人がそこへ立ち寄る。以下、開設の経緯から一つずつ辿っていく。

玄関がショールームになる

Samsung d'light が開いたのは2008年12月。Samsung Electronics が本社機能をソウル・瑞草地区へ移した、その年である。新しい本社ビルの内部に、グローバルなブランド発信拠点として設けられた。PR センター、あるいはプロモーションホールと呼ばれる種類の空間だ。本社の引っ越しと展示空間の開設が同時だったという事実は、この施設が単なる後付けの見学コーナーではないことを示している。新しい本社の設計思想の一部として、街に開かれた玄関があらかじめ組み込まれていた。

名の「d'light」は、digital と light を掛け合わせた造語である。公式サイトはこれに「デジタル世界への導きの光」という含意を与えている。光に導かれて内部へ入っていく、という身振りが、そのまま来館者の動線として設計されている。ガラスの向こうで光る画面は、通りを歩く者に対する誘い水であり、名の由来をそのまま空間化したものだ。

空間は3層で構成される。地下1階にサムスン製品を扱うショップがあり、地上の1〜2階に体験型の展示フロアが広がる。買うための階と、触れて体験するための階が、垂直に積み重なっている。所在地はソウル特別市瑞草区、Samsung Electronics ビル内。入場は無料で、開館は月曜から土曜の10時から19時、日曜・祝日は休館。2026年現在も開いている。18年にわたって、オフィス街の1階が一般に開かれ続けているということだ。

無料であること、予約が要らないこと。この二点は、企業の玄関を「集まる場所」へと変えるための最小条件である。料金の壁も、予約の手続きも、通りすがりの立ち寄りを妨げる。それを取り払ったとき、本社の1階は semi-public な——半ば公共の——展示室になる。人が集まることを、企業が設計によって招き入れている。

製品が展示室をつくる

2008年に開いた d'light は、2015年に全面的にリニューアルされた。掲げられたテーマは「Live Your Tomorrow」。Samsung の公式ニュースルームは、この再オープンを「明日を今日、垣間見せる」空間として発表した。来館者が最先端のデジタル技術を通じて、新しい生活のパターンを体験する——そういうインタラクティブなブランド体験空間として位置づけられている。未来を陳列するのではなく、未来の暮らしを先取りして「生きてみる」場所。テーマの言葉遣い自体が、展示から体験への重心移動を宣言している。

2015年リニューアル時の1階フロア。壁一面のヴィデオウォールの前に、製品を試すためのテーブルが並ぶ。
fig.0012015年リニューアル時の1階フロア。壁一面のヴィデオウォールの前に、製品を試すためのテーブルが並ぶ。The first floor at the 2015 renewal: a wall-to-wall video display with hands-on product tables before it.© Samsung Electronicssource

ここに、この空間の構造的な特異性がある。美術館はスクリーンを買い、そこに作品を映す。装置と作品は別のものだ。ところが d'light では、自社の最新ディスプレイ・家電・モバイル製品そのものが、展示のメディアとして使われる。壁一面のヴィデオウォールは、展示を映す装置であると同時に、それ自体が展示物である。画面が作品を見せ、その画面が製品として売り物でもある。装置と展示物と商品が、一枚の面の上で重なっている。

この構造は、ショールームと展示室の境界を原理的に溶かす。ふつうのショールームでは、商品は「これを買ってほしい」という指差しの対象として並ぶ。ふつうの展示室では、作品は「これを見てほしい」という鑑賞の対象として置かれる。d'light の製品=画面は、その両方を同時に引き受ける。見るための対象がそのまま買うための対象であり、体験の装置がそのまま展示の内容である。この二重性こそが、企業の玄関という場所でしか成立しない、会=エンカウンターの特殊なかたちだ。

美術館はスクリーンを買って作品を映す。d'light では、スクリーンそのものが作品であり、装置であり、商品でもある。

SCREENS LANDSCAPE 編集部

来館者は、製品の性能を確かめに来たのか、未来の暮らしを覗きに来たのか、アートを見に来たのか——その区別を、この空間はあえて曖昧なままにしておく。曖昧さは欠陥ではない。商業と文化の境界に立つことを、この場所は設計上の性格として引き受けている。

段ボールがシャンデリアになる

d'light の性格をもっとも鮮やかに言い当てるのは、そこで展開された一つのアートコラボレーションである。アップサイクリングを手がけるアーティストデュオ Fabrikr(ファブリカ)による《Diffusion》。この作品が d'light 内に展示された。

Fabrikr《Diffusion》。交差する黒いバーから光ファイバーの束が垂れ、廃棄パッケージ由来の素材が光の弧を描く。
fig.002Fabrikr《Diffusion》。交差する黒いバーから光ファイバーの束が垂れ、廃棄パッケージ由来の素材が光の弧を描く。Fabrikr's Diffusion: strands cascade from crossed black bars, tracing arcs of light from upcycled packaging material.© Samsung Electronics / Fabrikrsource

《Diffusion》の素材は、Samsung Electronics の廃棄パッケージ材である。製品を運び、守るために作られ、役目を終えれば捨てられるはずだった梱包材。Fabrikr はそれを半透明の紙で包んだモジュールとして組み上げ、LED を光源として仕込んだ。光は半透明の素材を透過し、拡散し、シャンデリアのような光学効果を生む。「ReMake it Meaningful」——意味を作り直す——という枠組みで実現したコラボレーションだ。

この作品は、d'light という空間に一本の補助線を引く。1階のヴィデオウォールが「製品の表(おもて)」——磨き上げられた、売るための面——だとすれば、《Diffusion》は「製品の裏」である。大量生産の現場で発生し、通常は視界の外へ運び去られる梱包材が、光の彫刻となって本社の玄関に還ってくる。表と裏、完成品と廃材、売り場と展示室。d'light が抱えるいくつもの境界が、この一作の中で交差する。

段ボールがシャンデリアになる、という変換の身振りは、d'light 全体の縮図でもある。役割を終えたはずのもの、閉じていてよいはずの場所、指差しの対象にすぎないはずの商品——それらの「はずだった」を組み替えて、別の意味を点す。ReMake it Meaningful という枠組みの名は、素材だけでなく、企業の玄関という場所そのものにも掛かっている。

会うための企業空間

なぜ企業は、自らの玄関を無料で開くのか。d'light の18年は、この問いに一つの答えを与えている。ブランドとは、広告やロゴだけでできているのではない。人がそこへ立ち寄り、触れ、体験する物理的な現れとしても存在する。入場料も予約もない展示室は、ブランドを「会える」ものにするための装置だ。集まること、出会うこと——それ自体を、企業が設計によって招き入れている。

この空間が示すのは、ショールームと美術館の境界が、原理的にはひとつながりだという事実である。どちらも「見せる」ための場所であり、どちらも人を集める。d'light はその両方の論理を、一枚の画面の上に、一つの玄関の中に、重ねて成立させている。純粋な売り場でもなく、純粋な展示室でもない。その中間に、あえて留まる。留まることによって、通りすがりの誰もが、身構えずに入ってこられる。

ソウルには、企業の本社が文化空間を兼ねるという系譜がある。自動車メーカーのブランド体験空間 Hyundai Motorstudio Seoul のように、HQ 型の文化施設が街の風景の中に点在している。d'light はその系譜の中の一点として読める。企業が自社の建物の一部を、街に向けて文化の器としてひらく——その判断が、ソウルという都市の景観に静かに堆積している。

瑞草のオフィス街を歩く人にとって、d'light はどう見えるだろうか。通勤の動線のただ中に、ふらりと入れる無料の「未来」が点っている。急ぎ足の朝には素通りされ、時間のある午後には立ち寄られる。商業のためのビルの1階に、文化のための隙間がひらき、そこに意味が点る。空間を空けることと、空いた場所に何かを点すこと。d'light は、そのふたつの身振りが、企業の玄関という一点で出会う場所である。

出典

  1. fig.001Samsung d'light Reopens to Offer Glimpse of Tomorrow, Today — Samsung Newsroom
  2. fig.002Samsung Collaborates with Renowned Artist on Design Art Using LED Lighting — Samsung Newsroom
  3. [3]History of Samsung ㉓ Samsung Electronics Starts a New Chapter — Samsung Newsroom
  4. [4]Samsung d'light 公式サイト
  5. [5]Samsung d'light — VISITKOREA(韓国観光公社)

運用カルテ

運営主体
Samsung Electronics(本社ブランド発信拠点)
掲出地
ソウル
編成モデル
企業文化事業 — 本社ビル内の入場無料ショールーム兼展示空間。自社ディスプレイ製品が展示装置を兼ね、Fabrikr《Diffusion》などの作家コラボも展開
稼働リズム
常設。月〜土 10:00-19:00、日祝休館
物理仕様
ソウル瑞草の Samsung Electronics 本社ビル内3フロア(地下ショップ+地上体験展示)
運用開始
2008
稼働状態
稼働中

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