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赤道の夜につくる季節 — i Light Singapore、都市計画庁の光の祭

Making a Season on the Equator: i Light Singapore and the Planning Authority's Festival of Light

No.
147
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
9分

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2026年6月末、Marina Bay の湾岸には、もう光はない。数日前まで、芝生には光の輪が明滅し、遊歩道を人が歩いていた。毎晩、日が落ちてから三時間だけ、湾がひとつの展示場になっていた。その光が撤収され、いつもの夜が戻ってきたのが、ちょうど五日前のことだ。

赤道直下の街に、24日間だけの「季節」があった。i Light Singapore は、2026年6月5日から28日まで開かれ、6月28日に閉幕した。本稿を記している7月3日、湾はもう静かである。だが、この静けさから遡って考えたいことがある。緯度で言えば北緯1度、冬の長夜を持たないこの都市が、なぜ、どのようにして「光の祭」という季節を毎年つくり出しているのか。その問いは、季節のない街が季節を発明するという、ひとつの都市の技術に触れている。

都市計画庁の祭

i Light Singapore が構想されたのは2010年である。公式の説明によれば、Marina Bay に活気を注ぎ込むための複数のイニシアチブのひとつとして始まった。目的は最初から明快だった。埋め立てと再開発によって生まれたこの新しい湾岸地区に、人が集まり、歩き、滞留する理由をつくること。光のアートは、その理由として選ばれた。

注目すべきは、この祭を主催する主体である。美術館でも、文化財団でも、芸術祭の実行委員会でもない。主催は Urban Redevelopment Authority — シンガポール都市再開発庁、通称 URA。土地利用と都市計画を司る政府の官庁が、光のフェスティバルを直接運営している。

As the place manager of Marina Bay, the Urban Redevelopment Authority (URA) of Singapore organises and facilitates exciting activities in the precinct in collaboration with other government agencies and private stakeholders.

i Light Singapore — FAQsource

「place manager(プレイスマネージャー)」という自己定義に、この祭の性格が凝縮されている。URA は Marina Bay という場所の管理者として、他の政府機関や民間ステークホルダーと連携しながら、この地区での活動を主催・支援する。つまり光のアートは、ここでは芸術活動である以前に、都市の一区画を「賑わわせる」ためのプレイスメイキングの道具として、行政の枠組みに組み込まれている。

行政文書に現れる乾いた言葉と、湾を彩る光の華やぎ。その二つが同じ祭の中に同居している。世界の光フェスティバルを見渡しても、都市計画の当局そのものが企画・運営の主体に立つという体制は際立っている。i Light Singapore は、アートの祭であると同時に、都市経営の一手法でもある。

19時30分の点灯

この祭のフォーマットは、赤道直下という土地の条件をそのまま反映している。2026年のエディションは、毎晩19時30分に点灯し、22時30分に消灯した。一日あたり三時間。その窓が、24日間くり返される。

この点灯窓が、i Light の時間設計の核心にある。欧州の多くの光フェスティバルは、冬の長い夜という自然条件を器にする。日が早く落ち、闇が長い季節に、街を光で満たす。暗さは、あらかじめ自然が用意してくれている。ところが赤道直下のシンガポールには、その長い冬の夜がない。一年を通じて、夜の訪れる時刻は大きくは変わらない。自然が「暗い季節」を配ってくれないのだ。

だからこの都市は、夜を自分で区切る。19時30分から22時30分という三時間を制度として設定し、その窓の内側だけを祭の時間とする。自然の季節がくれない「特別な夜」を、点灯時間という人工の枠で切り出している。時計が季節の役割を代行していると言ってもいい。

会場は Marina Bay を主会場に、Raffles Place にも展開した。入場は無料である(一部のプログラムは有料)。鑑賞のかたちは、美術館の展示室を巡るのとは違う。人々は湾岸の遊歩道を歩き、芝生を横切り、次の光へと移動する。作品と作品の間には、夜の湾の空間そのものが挟まっている。歩くこと、そして光と光のあいだにある暗がりや水面が、この祭では鑑賞体験の一部になっている。

もうひとつ、i Light が公式に掲げる主題がある。サステナビリティである。公式の位置づけによれば、この祭は光のアート・インスタレーションだけでなく、補完的なプログラム群を伴うかたちに成長してきた。そこで環境意識の高い生き方を提唱し、サステナビリティの重要なメッセージを発信する、とされる。熱帯の夜に無数の光を灯す祭が、環境への意識を主題化する。光を消費することと、環境を語ることの、その反転がこの祭には織り込まれている。

Movement

2026年のテーマは「Movement(動き)」であった。そしてこの回は、アジアの作家に光を当てるエディションとして編成された。域内・域外の多様な作家が湾岸に並んだ。

Masamichi Shimada《WAVE》の俯瞰。夜の芝生に、光の輪がいくつも呼吸するように明滅する。
fig.001Masamichi Shimada《WAVE》の俯瞰。夜の芝生に、光の輪がいくつも呼吸するように明滅する。Masamichi Shimada's WAVE from above: rings of light breathe and pulse across the night lawn.© i Light Singapore / Masamichi Shimadasource

日本の作家 Masamichi Shimada の《WAVE》は、その一例である。夜の芝生の上に光の輪がいくつも配され、来場者の関わりに応じて呼吸するように明滅するインタラクティブな作品だ。歩み寄る人の動きが、光の脈動に変わる。テーマ「Movement」が、鑑賞者の身体の動きそのものを取り込んでいる。

作家の顔ぶれは国境をまたいで広い。フランスの Cyril Lancelin は《Cube Graphics》《Arch Flower》を出品した。シンガポールの Kester Wong と Tan Shao Qi による《Where the Wildflowers Grow》、中国の Wentao Wang による《Let's Fish the Sun!》、韓国の Jeon Byeong Sam による《Barbershop Wonderland》は、いずれもインタラクティブな作品として並んだ。スロバキアのコレクティブ BN label は《Silent Moments》を寄せた。域内の作家に焦点を当てながらも、湾岸には複数の大陸から光が集まっていた。

編成には、もうひとつ性格の異なる枠がある。《i Light Future 2026》は、DesignSingapore Council によるメンターシップ・プログラムであり、学生や若手を育成する枠として設けられている。祭は、完成した作家の作品を並べる場であると同時に、次の作り手を育てる場でもある。プレイスメイキングの祭が、人材育成のパイプラインを内側に抱えている。作品数は全体で十数点。その十数点が、一年のうち24日間だけ、湾岸に点る。

季節を発明する

冬の長夜を持たない都市が、光の祭を持つ。この事実を、点景の側から読み直してみたい。

「候(こう)」とは、気候であり、季節の移ろいである。多くの土地では、季節は自然が配るものだ。夜が長くなり、闇が深まり、そこに光を灯したくなる。祭は、自然の暦に寄り添って生まれる。ところがシンガポールでは、自然が季節を配らない。日の沈む時刻はほぼ一定で、暦の上に「特別な夜」の切れ目がない。

そこでこの都市は、季節を編集した。19時30分から22時30分という三時間の点灯窓を制度として区切り、6月5日から28日という会期をカレンダーの上に刻む。自然が用意しない「候」を、時間の設計によって発明したのである。ここで祭を主催するのが文化機関ではなく都市計画の官庁であることが、あらためて効いてくる。季節をつくることは、この都市にとって、都市を経営することの一部なのだ。

その点灯窓は、いわば毎晩ひらかれる「間」である。日中の湾岸は、ビジネス街の風景でしかない。だが日が落ちて19時30分を迎えると、その空間に光が点り、意味が差し込まれる。空いていた夜の器に、光という点景が置かれる。三時間が過ぎればまた閉じ、24日が過ぎれば湾は静けさに戻る。時限の点景。一年のうちわずかな期間だけ、都市の風景に立ち上がっては消える、つくられた季節の光である。

そして2026年6月28日、その光はふたたび消えた。本稿を記す7月3日、湾はもう静かだ。だが、この静けさは終わりではなく、次の季節までの空白にすぎない。2010年に構想されて以来、i Light Singapore は補完的なプログラムを伴うかたちへと成長を続けてきた。赤道直下のこの都市は、来年もまた、時計とカレンダーで自らの季節を区切り、湾岸に光を点すだろう。季節をくれない街が、季節を発明しつづける。その反復こそが、この祭の本体である。

出典

  1. fig.001i Light Singapore 2026 — Installations(公式)
  2. [2]i Light Singapore 公式サイト
  3. [3]i Light Singapore — FAQ(創設・主催体制・サステナビリティ)

運用カルテ

運営主体
Urban Redevelopment Authority(シンガポール都市再開発庁)
掲出地
シンガポール
編成モデル
フェスティバル編成 — 都市計画当局が Marina Bay のプレイスマネージャーとして直接主催。サステナビリティを掲げ、若手育成枠 i Light Future を併設
稼働リズム
年次開催。2026年は6月5日〜28日、毎晩19:30〜22:30 点灯
物理仕様
Marina Bay 一帯+Raffles Place。2026年は入場無料で十数点のインスタレーションを展開
運用開始
2010
稼働状態
稼働中

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