世界をシミュレートする壁 — Hyundai Motorstudio Seoul と《World on a Wire》
A Wall That Simulates the World: Hyundai Motorstudio Seoul and World on a Wire
この記事は、AIが企画・編集・公開を行なっています。情報に誤りが含まれる可能性があります。情報の修正・埋め込みの削除を希望される場合はこちらの手続きをご覧ください。
ソウル・江南(カンナム)の彦州路(オンジュロ)に面したヒュンダイのブランド体験拠点に入ると、車のショールームの奥に、約五十フィート級の巨大なLEDの壁が立ち上がっている。ふだんそこには新型車のメッセージやブランド映像が流れる。だが2021年の夏、その壁面いっぱいに映し出されていたのは、自動車ではなく、百体の架空の生き物だった。互いに色と動きを与え合いながら蠢く、デジタルの水槽。Tabor Robakの《Butterfly Room: Special Edition》である。
商品を訴求するための画面が、約三ヶ月のあいだ、ニューヨークの美術館がキュレーションしたボーン・デジタル(born-digital)の作品群に明け渡されていた。自動車メーカーが単独で運営する「ブランド体験」の空間が、その期間だけ現代メディアアートの展示装置に変わる——これが本稿で扱う点景である。
「ヒュンダイのメッセージ」を流す壁
Hyundai Motorstudio Seoulは、2014年5月に開かれた、ヒュンダイ自動車にとって最初のブランド体験拠点である。彦州路738、江南の一角に建つ五階構成の施設で、設計は韓国のSuh Architectsが手がけた。車を売る場所というより、自動車文化・アート・ライフスタイルを横断的に体験させる施設として構想されている。
その中核装置のひとつが、121面のLEDスクリーンで構成されたメディアウォールである。ヒュンダイの公式説明では、来館者はこの壁を通じて「ヒュンダイ・モーター・カンパニーからのメッセージ」を体験する、とされている。つまりこの壁面は、本来はブランドの語り口を増幅するためのものだ。広告そのものではないにせよ、企業が自社の世界観を伝えるための大画面という点では、商業的な動機の上に立っている。
TENKEIがこの壁を取り上げるのは、まさにその商業的な壁が、ある期間だけ別の論理に開かれたからである。121面という物量は、ブランドの自己表現の規模であると同時に、現代の作家にとっては——美術館の白い壁とは異なる質の——巨大なキャンバスでもある。問題は、誰がその切り替えを編集したか、だ。
ファスビンダーの題を借りた展覧会
2021年、ヒュンダイ自動車は、ボーン・デジタルなアートと文化を専門とする非営利団体Rhizome(ニューヨーク、ニューミュージアム傘下)とパートナーシップを結んだ。その最初の成果が、巡回展《World on a Wire》である。
展覧会のタイトルは、シミュレートされた世界を主題にしたR・W・ファスビンダーの1973年のテレビ映画と同じ《World on a Wire》(原作はダニエル・F・ガルーイの小説『シミュラクロン3』)から採られている。展示が掲げたのも、まさに「シミュレーション」を制作実践として捉える視座だった。拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、人工知能(AI)といった、生まれながらにデジタルな技術と向き合う作家たちの仕事を束ねる試みである。
— Hyundai × Rhizome プレスリリース(FAD Magazine 所収)sourceWorld on a Wire explores artistic practices engaged with emergent born-digital technologies such as augmented reality (AR), virtual reality (VR), and artificial intelligence (AI).
キュレーションを主導したのは、Rhizomeのアーティスティック・ディレクターMichael Connorである。北京会場では中央美術学院のBaoyang Chen、ソウルではヒュンダイ側のTaiyun Kimが共同に名を連ね、巡回先ごとに地域の機関と組む編成が取られた。展覧会は2021年に三都市を巡回している——北京(1月28日–4月5日、中央美術学院と連携)、ソウル(5月7日–8月8日)、そしてモスクワ(9月、Garage現代美術館と連携)。同時に、物理会場とは独立した第三の会場として、worldonawire.net というウェブサイトが立ち上げられた。Yehwan Songによる、ブラウザ上で生成的に振る舞うウェブ作品である。壁・スマートフォン・ブラウザという三つの面を、同じ展覧会が貫いていた。
ソウル会場が掲げた作家は六組——Mariia Fedorova、JooYoung Oh、Tabor Robak、Rachel Rossin、Theo Triantafyllidis、そしてZZYW(Zhenzhen Qi と Yang Wang)。いずれも、映像・シミュレーション・ゲーム・ARといった、デジタルを母語とする表現の担い手である。
壁の上の生態系、ショールームの中の仮想スタジオ
冒頭で触れたTabor Robakの《Butterfly Room: Special Edition》は、もともと2015–16年に100台のRaspberry Piで駆動する100チャンネルの小型作品として作られた《Butterfly Room》の系譜にある。そこに登場した架空の生物群を作り直し、約五十フィートのLEDウォールのために8K/60fpsで再レンダリングしたのが、この特別版だ。同じ作品が、ソウル・北京・モスクワ三都市のメディアウォールで、それぞれの土地の壁の寸法に合わせて上映された。装置の物量が、そのまま生態系のスケールに翻訳されている。
Theo Triantafyllidisの《Studio Visit》は、別の仕方でシミュレーションを扱う。作家は展示空間を自身の仮想スタジオへと読み替え、オーク(Ork)のアバターを身にまとって、デジタルの道具で3Dの形態を作り出していく。その制作の過程はDIYのモーションキャプチャで記録され、画面に映し出される。観客は、生み出された造形と、それを作る作家の身ぶりを同時に見ることになる。
Rachel Rossinの《I'm my loving memory》(2020–21)は、作家が実験的に作る抽象的な仮想環境から取り出したグラフィックを、等身大のプレキシガラス板にプリントし、自らの身体の輪郭に合わせて熱で溶かし成形した彫刻である。その彫刻は、専用のARアプリを通して別の層を重ねて見ることもできる。物理的な物体・舞台裏の道具としてのVR・鑑賞の層としてのAR——一つの作品の中で、複数の現実の段が折り重なっている。Fedorova、JooYoung Oh、ZZYWの仕事もまた、それぞれにシミュレーションと生成の手つきを差し出していた。
これらの作品に共通するのは、画面の向こうに「描かれたもの」があるのではなく、計算され、生成され、シミュレートされた世界そのものが画面に現れているという感覚である。ファスビンダーの映画が問うた「自分のいる世界もまた誰かのシミュレーションではないか」という不安は、AR・VR・AIが日常化した現在、もはやSFの仮定ではなく、作品の素材になっている。
商業の壁に開く「間」
この展覧会の意義は、作品の質だけにあるのではない。むしろTENKEIが注目するのは、それが置かれた場所——企業のブランド体験拠点の壁——である。
美術館やギャラリーは、最初からアートを掲げる前提で設計された空間だ。そこに作品が掛かるのは予定調和であり、驚きは少ない。一方、Hyundai Motorstudioの121面の壁は、本来はブランドの語り口を流すために据えられた、商業的な動機を持つ装置である。その壁が、約三ヶ月のあいだ、ニューヨークの非営利団体がキュレーションしたボーン・デジタルの作品群に明け渡された。広告そのものではないが、商業に属する画面が、一時的にアートの論理に開かれる——これは、街路の広告面が毎晩数分だけアートに譲られる仕掛け(CIRCAのグローバル同期スクリーン網)や、商業ビジョンが特定の作家の作品のために装置仕様ごと用意される事例(COEX K-Pop Square の《WAVE》)と、同じ家族に属する現象である。
「間(MA)」と「点景」という対概念で見ると、その構造がはっきりする。121面の壁の、ブランドメッセージで埋め尽くされた連続的な時間に、約三ヶ月という「間」が空けられる。その空いた場所に立ち上がるのが、シミュレートされた生態系であり、オークの仮想スタジオであり、溶かされたプレキシガラスの彫刻という「点景」である。点景は壁を恒久的に占有しない。会期が終われば、壁は再びブランドの語り口へと戻っていく。だが、いちど開かれた「間」の記憶は、その壁の意味を変える。来館者にとってその壁は、もう「車のメッセージを流すだけの画面」ではなくなる。
企業がアートを掲げるとき、それがブランディングの手段にすぎないのか、それとも公共的な文化の場を本当に開いているのか、という問いはつねに付きまとう。《World on a Wire》が一定の信頼を得たのは、編成の主導権を社外の——しかもボーン・デジタル領域で長い蓄積を持つ——キュレーション主体に渡し、巡回先ごとに地域の美術機関と組んだからだろう。企業は壁と予算と物量を提供し、作品の選定と意味づけは美術の側が担う。この役割分担が成り立つとき、商業の壁は、街の風景に意味を点す装置になりうる。
ファスビンダーの映画の登場人物は、自分の世界が上位のシミュレーションであることを少しずつ知っていく。江南のショールームで巨大な壁を見上げた人が受け取ったのも、おそらく似た感触だ——目の前の壁は、商品を映すための面であると同時に、別の世界をまるごと立ち上げるための面でもある。その二重性に気づいた瞬間が、商業の壁に点景が点る瞬間である。
出典
- Butterfly Room: Special Edition — Tabor Robak(2021)
- Studio Visit — Theo Triantafyllidis (slimetech.org)
- World on a Wire, Hyundai Motorstudio Seoul — Hyundai Artlab(2021-05)
- Now Live: “World on a Wire,” Online and Off — Rhizome(2021-01-28)
- Hyundai x Rhizome present International Digital Art Exhibition ‘World on a Wire’ — FAD Magazine(2021-01-29)
- Hyundai Motorstudio and Rhizome Present ‘World on a Wire’ — Ocula (Michael Connor interview)
- Rachel Rossin — Magenta Plains (biography)
- The reopened Hyundai Motorstudio Seoul shines in a new light — Hyundai Worldwide
- World on a Wire (1973 film) — Wikipedia
運用カルテ
- Hyundai Motor Company(Hyundai Artlab / Hyundai Motorstudio Seoul)
- ソウル
- 企業文化事業 — 《World on a Wire》はRhizome(ニューミュージアム)のMichael Connorを主担当に、北京は中央美術学院、モスクワはGarage現代美術館と共同編成
- ブランド体験拠点として常設。メディアアートは会期制の企画展として編成(《World on a Wire》ソウルは2021年5月7日–8月8日)
- 5階構成のブランド体験拠点に121面のLEDメディアウォール。Tabor Robak《Butterfly Room: Special Edition》は約50フィート級の面に8K/60fpsで上映
- 2014-05
- 稼働中 — 《World on a Wire》ソウルは会期終了(2021年8月8日)。拠点は運営継続