土の街が発光するとき — アット・トライフの照明と、ディルイーヤのメディアアート拠点
When the City of Earth Glows: At-Turaif's Illumination and Diriyah's New-Media Art Hub
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リヤドの北西、ワディ・ハニーファの縁に、日が落ちると金色に灯る街がある。石でも鉄でもガラスでもない。日干し煉瓦——泥を型に詰め、天日で乾かしただけの土の壁が、暗くなった谷の底で、内側から発光しているように浮かび上がる。近づいても、光源は見えない。壁のどこかに埋め込まれ、あるいは軒の陰に隠された照明が、三百年前の土の表面をやわらかく舐めている。アット・トライフ——サウジアラビア最初の王国の首都だった、世界遺産の廃墟である。
本誌がふだん扱うのは、発光する画面である。LEDが並び、画素が明滅し、走査線が像を送り出す都市のスクリーン。だがこの街の壁には、画素が一つもない。にもかかわらず、夜のアット・トライフは確かに一枚の巨大な像として、砂漠の闇に立ち上がる。壁は光を発しているのではなく、光を借りて像になっている。中東の都市が、砂と土と光でどんなスクリーン文化を組み立てつつあるのか——その問いのために、この土の街をここに置く。ドバイの書道ファサードを発光しない建築のスクリーンとして読んだのと、同じ視線で。
廃墟をキャンバスにする
アット・トライフは、15世紀にディルイーヤの集落として興り、18世紀に第一次サウジ王国(1727年成立)の政治的中心となった街である。中心には支配者一族の居所であったサルワ宮殿が建ち、周囲を隊商路と居住区、モスク、防壁が囲む。用いられたのは、ナジュド地方の伝統建築——ワディの泥を素材に、幾何学的な換気口や胸壁で装飾された日干し煉瓦の構築物だ。1818年に街が破壊されて以降、この土の都市は長く廃墟のまま砂漠に残された。2010年、アット・トライフはサウジアラビアで最初の文化遺産としてユネスコ世界遺産に登録される。
登録から十数年を経て、この廃墟は「ディルイーヤ・ゲート」という国家的再開発の中心に据えられた。運営にあたるのはディルイーヤ・カンパニー(旧 DGDA)。サウジアラビアが2016年に掲げた国家改革構想「Vision 2030」のもとで進む、いくつもの巨大文化開発のひとつである。修復された遺構は隣接する飲食・文化街区とともに一般公開され、夜には照明が点る。
その夜間照明を設計したのは、光の建築を専門とする Speirs Major Light Architecture(SMLA)である。彼らが土の街に対して選んだのは、明るく照らし出すことではなかった。約3,200台の Martin Professional 製照明器具を使いながら、その光源のほとんどを壁の陰やニッチに隠し、器具を建物の色に合わせた遮光板でカモフラージュした。露出せざるを得ない場所には、ナジュド建築の伝統を参照したランタン型の器具を選んだ。脆い日干し煉瓦の視覚的な統一を壊さないための、徹底した抑制である。
色は、幾度もの試験を経て選ばれた金色に落ち着いた。土の壁が「自然に、美しく発光する」ように見える色温度。それは、かつてこの街路を照らしていたであろうランタンの灯り——SMLA の言葉を借りれば「ゆらめく松明の光」の記憶を呼び戻すための選択だった。
a palette of differing light intensities to create a richly interwoven tapestry of layers and zones
— Speirs Major Light Architecturesource
強度の異なる光を編み合わせて、幾重もの層と領域からなる織物を作る——照明を「面を均一に照らす技術」ではなく、暗さと明るさを配分して像を「描く」技術として使う、ということだ。夜のアット・トライフは、光を足して像を作るのではない。どこを照らし、どこを闇のまま残すかという引き算によって、土の街を一枚の絵に変えている。そして満月の夜には、外周の光が青に切り替わる。イスラム暦の太陰周期に合わせて、月に一度、街全体の色が変わる。天体の運行に同期して像を書き換える壁——ここには、電気信号ではなく暦が更新するスクリーンがある。
土の壁に投げられた七兆の画素
アット・トライフが「像を映す面」として最大の規模に達したのは、この常設照明よりも前、2019年から2020年にかけての一度きりの出来事だった。ロサンゼルスの映像スタジオ XiteLabs が、Executive Visions(EVI)と組み、この古代都市の壁面に、記録的な規模のプロジェクションマッピングを投影したのである。
その数字は現代の都市スクリーンの常識を超えている。投影面は幅約305メートル、高さ約24メートル。200台を超えるレーザープロジェクターが動員され、1フレームあたり約2億2,600万画素、1秒あたり約70億画素、ショー全体でおよそ8兆画素が土の壁の上を流れた。50名を超えるアーティストと技術者が10か月をかけて制作し、サウジとアラビア半島の歴史を語る映像が展開された。演出の目玉は、24名の演者が操る全長約15メートルの隼(はやぶさ)の巨大人形。赤外線トラッキングによってその動きにリアルタイムでプロジェクションが追従し、光の羽根をまとった鳥が土の街の上空を舞った。
一度きりの興行的スペクタクルと、毎夜の抑制された常設照明。この二つは、同じ壁に対する正反対のアプローチである。プロジェクションは、土の街の表面を「別の何か」を映すための巨大なキャンバスとして使い切った。壁の材質も歴史も、映像を受け止めるための下地になる。対して SMLA の照明は、壁そのものを主役に据え、光は壁の背後に退く。前者は壁の上に像を「足し」、後者は壁から闇を「引く」。アット・トライフは、この二つの作法が同じ場所で試された、稀な事例である。そして街の運用は、一度限りの投影から、毎夜の常設照明へと重心を移していった。
砂漠に建った、デジタルアートの器
土の街を光の像に変える試みと並行して、ディルイーヤにはもう一つ、性質の異なる「スクリーンの拠点」が生まれた。2024年11月に開館した Diriyah Art Futures(DAF) である。
DAF は、中東・北アフリカ地域で初めて、ニューメディア・アートに特化して設立された拠点をうたう。運営はサウジ博物館委員会とディルイーヤ・カンパニー。設計を手がけたのはイタリア・ローマの建築事務所 Schiattarella Associati で、延床面積は約12,000平方メートルに及ぶ。内部には展示空間だけでなく、デジタル・ラボ、制作スタジオ、レジデンス用の居住区、図書室、講堂が収められている。単に作品を「見せる」ための美術館ではなく、作品が「作られる」ための設備を内蔵した施設——湾岸で初めて、デジタルアートのために設計された美術館だと位置づけられている。
開館を飾った企画展は「Art Must Be Artificial: Perspectives of AI in the Visual Arts」。キュレーションはジェローム・ヌートル(Jérôme Neutres)が担い、コンピュータ・アートの先駆者から現在の作家まで30名超が並んだ。ジェネラティブ・アートの歴史を築いたフリーダー・ナケ(Frieder Nake)やヴェラ・モルナール(Vera Molnár)、データを彫刻するレフィク・アナドール(data facades を扱った回でも触れた作家)、そしてサウジの作家ルルワ・アル=ホムード(Lulwa Al-Homoud)やムハンナド・ショノ(Muhannad Shono)——生成という主題のもとに、計算機による作画の系譜が一堂に会した。
DAF が単なる展示施設と異なるのは、育成と制作の回路を内蔵している点である。フランスの国立現代芸術スタジオ Le Fresnoy と連携した新人育成プログラムは、若い作家に機材・指導・資金を提供して一年をかけて多分野の作品を作らせる。招聘制の Mazra’ah メディアアート・レジデンシーは、自然・技術・社会の関係を主題に、確立した作家や研究者を数か月ディルイーヤに滞在させる。作品を輸入して並べるのではなく、砂漠の只中で作家を育て、作品を生み出す装置を建てる——コレクションを持たずに「未来」を編成したドバイの環とはまた別の意味で、この建築もまた、まだ無いものを主題に据えている。
発光しない画面と、間
夜のアット・トライフと DAF を並べると、「スクリーンとは何か」という問いが二方向から押し広げられる。
一方に、画素を持たない発光しない壁がある。三百年前の土の表面が、隠された光と暦の周期によって、毎夜ひとつの像に変わる。他方に、湾岸で初めてデジタルアートのために建てられた、画素を「作る」ための建築がある。ジェネラティブ・アートの計算が、レジデンシーの制作室で走り、展示室の画面に落ちる。土の廃墟と最新のメディアアート拠点。この二つが、同じワディの縁に、数百メートルの距離で共存している。
ここで働いているのは、「間(MA)」の論理である。SMLA が土の街に対して行ったのは、光を足すことではなく、闇を注意深く残すことだった。どこを照らさないかを設計することで、像が立ち上がる。DAF が砂漠に建てたのは、完成した作品の陳列棚ではなく、まだ作られていない作品のための空白——ラボとスタジオとレジデンスという、これから満たされる余白である。照らさない場所が像を作り、空けられた設備が制作を呼び込む。空けることで意味を生む「間」が、光の側にも制度の側にも通底している。
もちろん、この一帯が Vision 2030 という国家戦略の文脈に置かれていることは、見落とすべきでない。廃墟の照明も、記録破りのプロジェクションも、デジタルアートの新拠点も、いずれも国家が主導する文化開発の一部である。国家のブランディングと芸術のインフラは、ここでは分かちがたく重なっている。だが、その重なりを認めたうえでなお、脆い土の壁を壊さぬよう光源を隠す抑制の設計や、作家を育てる制作回路の存在は、スペクタクルの派手さとは別の水準で記録に値する。
砂漠の谷に、金色の土の街が点る。その数百メートル先で、まだ生まれていないデジタルの像のための器が夜を待っている。山水画の点景が風景に方角と時間を与えるように、この二つの光は、何もなかった砂漠の縁に、意味の点を灯している。発光しない廃墟と、発光する未来。そのあいだの闇こそが、この場所を一枚の像として成立させている。
出典
- At-Turaif District in ad-Dir'iyah (Saudi Arabia) — UNESCO
- At-Turaif District in ad-Dir'iyah — UNESCO World Heritage Centre
- Diriyah Art Futures — Schiattarella Associati
- At-Turaif District in ad-Dir'iyah: A Masterpiece of Historical Illumination — Martin Professional (Speirs Major Light Architecture)
- Ancient mudbrick courtyards, streets and forms in At-Turaif unfold in soft gold light — STIR
- Diriyah 3D Projection Mapping produced by XiteLabs
- Diriyah Art Futures — 官方サイト(Ministry of Culture / Museums Commission)
- Diriyah Art Futures, MENA Region’s First Hub for New Media Arts, Opens to the Public — ARTnews
- Diriyah Art Futures Contemporary Art Hub / Schiattarella Associati — ArchDaily
- Opening of Diriyah Art Futures — e-flux Announcements
運用カルテ
- ディルイーヤ・カンパニー(旧 DGDA)/ サウジ博物館委員会(文化省)
- ディルイーヤ
- 美術館委嘱 — 国家開発体ディルイーヤ・カンパニーによる Vision 2030 の文化開発。アット・トライフの常設照明は Speirs Major Light Architecture、2019–2020年の記録的プロジェクションは XiteLabs + Executive Visions。DAF はサウジ博物館委員会が運営し、Le Fresnoy と連携したレジデンシーを持つ
- DAF は Le Fresnoy と連携した新人育成プログラムで機材・指導・資金を提供、Mazra’ah レジデンシーで招聘作家に制作機会。個別の委嘱料は非公表
- アット・トライフは常設照明で毎夜点灯、満月の夜は青に切り替わる。DAF は常設・通年開館。記録的プロジェクションは2019–2020年の特別イベント
- アット・トライフ照明=Martin Professional 製の約3,200台。プロジェクション=幅約305m×高さ約24m、レーザープロジェクター200台超。DAF=延床約12,000㎡(設計 Schiattarella Associati)
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