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砂漠という余白 — AlUla・Wadi AlFann のランドアート

The Desert as Negative Space: Land Art at AlUla's Wadi AlFann

No.
164
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
11分

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サウジアラビア北西部、Hegra の砂岩の壁に囲まれた谷にはほとんど何もない。標高千メートル前後の乾いた高地に、二億年をかけて風に削られた赤褐色の岩塊が点在し、そのあいだを砂の床が埋める。夜になると、光を遮る人工物が街のように立ち並んでいないぶん、天の川が地平線から地平線まで抜ける。ここに、世界のランドアートの主要作家たちの恒久作品を置くという計画が、2022年から動いている。谷の名を Wadi AlFann、直訳すれば「芸術の谷」という。

TENKEI がこれまで追ってきたのは、都市の壁面や広場に光を足すスクリーンだった。ヴィヴィッド・シドニーやリヨンの光の祭典は、すでに情報とネオンで飽和した街路に、期間限定でもう一層の光を重ねる営みである。AlUla が提示するのはその反転だ。ここには足すべき街がない。あるのは、削られるのを二億年待っていたような、途方もない余白である。作品は、その余白に光や形を「足す」のではなく、余白そのものを見えるようにするために置かれる。

fig.001Wadi AlFann で開かれた夜の招待プログラム(2023年)。約150名の来場者が日没後の谷へ入り、まだ恒久作品の立っていない砂漠を歩いた。作品に先立って、まず「場所そのもの」を体験させるという段取りに、この計画の思想が表れている。An evening programme at Wadi AlFann (2023). Some 150 guests walked into the valley after sunset — through a desert that did not yet hold its permanent works. Letting the site itself be experienced before the art arrives says much about the project's thinking.© Arts AlUla / Royal Commission for AlUlasource

芸術の谷、五つの委嘱

Wadi AlFann を運営するのは Royal Commission for AlUla(RCU)である。2017年にサウジアラビア政府が設置した、AlUla 地域全体の文化・観光・自然保全を統括する公的機関で、UNESCO 世界遺産の Hegra(サウジ初の世界遺産登録地)を含む広大な文化圏を管轄する。Wadi AlFann はその文化戦略の一角として、約65平方キロメートルの谷を丸ごとひとつの恒久ランドアートの舞台に変える構想として発表された。

最初に委嘱されたのは五人の作家だった。ランドアートの系譜を体現する三人の巨匠——James Turrell、Agnes Denes、Michael Heizer——に、サウジを代表する二人の作家、Ahmed Mater と Manal AlDowayan が並ぶ。それぞれの作品は、地上に構造物を「建てる」というより、谷の地形そのものへ介入する方向で構想されている。

Michael Heizer は、Quweira 砂岩の岩肌に線刻を刻む。トンネルと階段を伴い、鑑賞者が歩いて位置を変えるたびに見え方が変わる、地形と一体化した刻印である。Agnes Denes——本稿執筆時に90代を迎える、環境芸術の先駆者——は、岩に一連のピラミッドを彫り込み、文明・進歩・達成という主題を谷に書き込もうとしている。Ahmed Mater の《Ashab Al-Lal》は地下に潜る作品で、鏡を用いた地中の空間として構想され、イスラーム黄金期の知の伝達を主題化する。Manal AlDowayan の《The Oasis of Stories》は、AlUla 旧市街の泥壁から着想した迷路状のインスタレーションで、集合的記憶と、そこに書き込まれてこなかった声——とりわけ女性の存在——を主題に据える。

そして James Turrell。「光と空間(Light and Space)」の運動を半世紀率いてきたこの作家は、谷底に一連の空間を穿つ。光そのものの「物質性(the thingness of light)」を経験させるための、トンネルと階段でつながれた部屋の連なり。公表された計画では、空の異なる相を扱う大小四つの Skyspace が含まれるという。デザインボームはこれを「宇宙の観測所(cosmic observatories)」と評した。Turrell の作品は、砂漠に光を灯すのではない。逆だ。周囲の光をすべて統御して切り詰め、開口部の向こうにある空だけを、一枚の面として立ち上がらせる。

作品に先立つ展覧会

Wadi AlFann の恒久作品は、当初 2024年、のちに 2026年以降の順次公開へと時期が動いてきた。本稿執筆時点でも谷はまだ一般公開されていない。にもかかわらず AlUla の砂漠には、すでに作品を待ちきれない観客が毎年冬に集まっている。恒久作品の公開に先立って、二つの「予告篇」が走ってきたからだ。

一つは、作家個人の展覧会である。2025年1月から4月にかけての AlUla Arts Festival では、「Wadi AlFann presents James Turrell」と題した Turrell の個展が開かれた。キュレーションを手がけたのは、ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)館長 Michael Govan。Turrell の光の作品とともに、Wadi AlFann に据えられる恒久委嘱のためのレンダリング・図面・星座図が展示された。まだ存在しない作品の設計図を、砂漠の真ん中で先に見せる——建築の起工式にも似た、奇妙で周到な段取りである。

fig.002Desert X AlUla 2022 の記録映像。谷の砂の床に、期間限定のサイト・スペシフィック作品が点在する。恒久の Wadi AlFann に先立って、この季節ビエンナーレが AlUla を「ランドアートの目的地」として耕してきた。Documentation of Desert X AlUla 2022. Temporary site-specific works dot the valley floor. Ahead of the permanent Wadi AlFann, this seasonal biennial has cultivated AlUla as a destination for land art.© Arts AlUla / Royal Commission for AlUlasource

もう一つの予告篇が、Desert X AlUla である。カリフォルニアの非営利団体 Desert X と RCU の協働として 2020年に始まった、この地域初の公共アート・ビエンナーレ。砂漠に期間限定でサイト・スペシフィック作品を点在させる無料の展覧会で、以来 2020・2022・2024・2026 と回を重ね、45点を超える新作を委嘱してきた。重要なのは、これらの出品作の一部が会期後に撤去されず、RCU の恒久コレクションに取得されてきたことである。季節の展覧会が、恒久の谷の苗床として機能している。

各回のテーマを並べると、この計画が何を考えているのかが透けて見える。2024年の第三回は「In the Presence of Absence(不在の臨在)」——「見えないものは何か」を問い、砂漠を空虚とみなす通念そのものを主題化した。Raneem Farsi と Neville Wakefield がアーティスティック・ディレクターを務め、Maya El Khalil と Marcello Dantas のキュレーションで15点が並んだ。2026年1月に開幕した第四回のテーマは「Space Without Measure(測りえぬ空間)」。レバノンの詩人 Kahlil Gibran に着想を得たと公表され、Wejdan Reda と Zoé Whitley のキュレーション、Agnes Denes や Ibrahim El-Salahi、Tarek Atoui ら11作家が参加した。不在、空虚、測りえなさ——テーマはいずれも「そこに何もないこと」を、欠落ではなく積極的な内容として扱おうとしている。

余白に点す

ここで、TENKEI が繰り返し使ってきた二つの概念——「間」と「点景」——を持ち込みたい。都市の光の祭典を論じるとき、この二概念は少し窮屈だった。飽和した街路には、そもそも空けるべき「間」が乏しいからだ。だが AlUla の砂漠は、ほとんど「間」そのものとして存在する。何もない乾いた谷、光を遮らない夜空、二億年の風化が用意した巨大な余白。Desert X の掲げる「不在」「測りえぬ空間」は、東アジアの絵画がずっと「余白」や「間」と呼んできたものと、驚くほど近い場所にある。

その余白に置かれる作品は、山水画における点景——遠景の山肌にぽつりと描き込まれる旅人や舟——と同じ働きをする。点景は風景を占有しない。むしろ、ただ広いだけだった空間に、初めて尺度と方角と時間を与える。舟が一艘描かれることで、その川の広さが分かる。旅人が一人立つことで、その山の高さが分かる。Heizer が砂岩に一本の線を刻むこと、Denes がひとつのピラミッドを彫ること、Turrell が空へ一枚の開口を穿つこと——それらはすべて、砂漠という余白の測りえなさを、逆説的に測れるようにする印である。作品が偉大なのではない。作品を置くことで、初めて谷の途方もなさが立ち上がる。

fig.003Desert X AlUla の記録映像《#INSPIREX》。歩く鑑賞者の身体を尺度に、砂漠の広さと作品の関係が測られていく。作品は光や量塊で砂漠を「埋める」のではなく、その広がりを可視化する点として置かれる。Desert X's #INSPIREX film. The walking visitor's body becomes the measure by which the desert's scale — and its relationship to each work — is read. The works do not fill the desert with light or mass; they mark it, making its extent visible.© Desert Xsource

Turrell の光の扱いは、この論点を最も鋭く体現する。都市の光の祭典が、建物の表面に映像を「投影して足す」のに対し、Turrell は光を「引く」。周囲の光を精密に統御し、切り詰め、最後に残した一枚の開口の向こうで、砂漠の空だけを絵画のように屹立させる。彼の Skyspace において、スクリーンは装置ではなく空そのものだ。TENKEI が扱ってきた「サイネージ」——街に据えられた発光する面——の概念を、ここまで拡張してよいのか、と一瞬ためらう。だが、光を制御して一枚の面を立ち上げるという一点において、Turrell の谷底の部屋は、都市の巨大 LED と同じ問いを共有している。何を映すか、ではなく、面をどこに、どう空けるか、という問いだ。

展望——欠落を主題にできる場所

サウジアラビアが文化事業に国家規模の資本を投じることには、当然ながら政治的な文脈がつきまとう。Wadi AlFann もその一環であり、Dubai の未来博物館と同様、湾岸諸国が石油後の都市像を「文化の目的地」として描こうとする大きな流れの中にある。本誌はその文脈を割り引いて読む立場を取らないが、同時に、そこに置かれた作品の固有性まで文脈に還元することもしない。Agnes Denes が90代で砂漠にピラミッドを彫るという事実、Turrell が半世紀の探究の到達点を谷底に穿つという事実は、それ自体として記録に値する。ちなみに Denes の映像作品は、毎晩世界の都市スクリーンに三分間の点景を点す CIRCAの放映作家リストにも名を連ねてきた。同じ作家が、一方では惑星規模のスクリーン網に、他方では砂漠の恒久の岩に、時間と場所のまるで異なる二つの「点景」を残そうとしている。

都市のスクリーンは、飽和した街に空隙を空けることで点景を成立させる。AlUla の谷は、その逆に、ほとんど無限に近い空隙に最初の印を打つことで点景を成立させる。方向は正反対だが、原理は同じだ。風景は、それ自体では風景にならない。そこに小さな存在が一つ点されて初めて、広さと深さと時間を持ちはじめる。

Wadi AlFann の恒久作品が谷に立つとき、赤褐色の岩と満天の星のあいだに、五つの点景が現れる。砂漠はそれによって狭くなるのではない。作品という尺度を得て、初めてその測りえなさを露わにする。余白は、点されて初めて余白になる。

出典

  1. fig.001Wadi AlFann — Places to Go | Experience AlUla
  2. fig.002Desert X AlUla — AlUla Arts Festival | Experience AlUla
  3. fig.003Desert X AlUla 2024 (DX24 AlUla) — Desert X
  4. [4]Colossal installations at AlUla’s arts valley: from Ahmed Mater to James Turrell + Agnes Denes — designboom(2022-12-12)
  5. [5]The French Agency for AlUla Development announces five era-defining artworks for Wadi AlFann — AFALULA(2022-12)
  6. [6]Wadi AlFann presents James Turrell — Gagosian(2025-01)
  7. [7]James Turrell reveals "sequence of chambers" for AlUla desert — Dezeen(2025-01-23)
  8. [8]James Turrell unveils plans for colossal ‘cosmic observatories’ land art in AlUla — designboom(2025-01-21)
  9. [9]Manal AlDowayan Unearths Historic and Contemporary Narratives for Wadi AlFann — ArtReview
  10. [10]Desert X AlUla 2024 | February 9 – March 23 — Desert X(2024-02)
  11. [11]Desert X 2026 AlUla is Now Open — Desert X(2026-01)

運用カルテ

運営主体
Royal Commission for AlUla(RCU、サウジアラビア)
掲出地
アルウラ
編成モデル
オペレーター委嘱 — RCU が国際作家に恒久設置作品を委嘱。季節ごとの公共アート・ビエンナーレ Desert X AlUla(2020年〜)を pre-opening プログラムとして併走させ、出品作を恒久コレクションに取得する
作家への対価
大規模サイト・スペシフィック作品の恒久委嘱。Desert X AlUla の出品作は RCU が取得する
稼働リズム
恒久設置(初期作品は2026年以降に順次公開予定)+ 季節ビエンナーレ Desert X AlUla(冬〜春)
物理仕様
約65平方キロメートル。初期恒久委嘱5件(James Turrell / Agnes Denes / Michael Heizer / Ahmed Mater / Manal AlDowayan)
運用開始
2020
稼働状態
稼働中 — Wadi AlFann 恒久サイトは開発中。2025年に James Turrell 個展、2026年に Desert X AlUla を pre-opening プログラムとして開催

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