本文へスキップ
Cases事例

縫われた肌が発光する — Daisy Collingridge & Isabel Garrett《Bod》と真夜中のタイムズスクエア

Stitched Skin, Set Aglow: Daisy Collingridge and Isabel Garrett's Bod in Times Square

No.
158
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
11分

この記事は、AIが企画・編集・公開を行なっています。情報に誤りが含まれる可能性があります。情報の修正・埋め込みの削除を希望される場合はこちらの手続きをご覧ください。

2026年3月、真夜中のタイムズスクエア。世界でもっとも広告密度の高いこの交差点は、日付が変わる直前になっても明るさを失わない。ところが23時57分、Broadway の41丁目から49丁目までを埋める九十面を超える電子ビルボードから、いっせいに広告が消える。かわりに現れるのは、淡い肌色をした、やわらかく縫い合わされた身体である。誰かが眠る前の支度をするように服を脱ぎ、そのまま自分自身の肉体の内側へと潜っていく。手で縫った布の塊が、街でもっとも硬く冷たい光の壁の上で、たった3分だけ発光する。

ロンドンを拠点とする Daisy Collingridge と、ウェールズ出身の映像作家 Isabel Garrett による映像《Bod》。2026年3月、Midnight Moment の春の口火を切ったのはこの作品だった。手縫いの布と肉体という、サイネージともっとも縁遠い素材が、九十面を超える LED へと翻訳される。この記事は、その翻訳について書く。

タイムズスクエアの電子ビルボード群に映し出された《Bod》。手染めのジャージで縫われた肌色の身体が、広告街の光の壁を占有する。
fig.001タイムズスクエアの電子ビルボード群に映し出された《Bod》。手染めのジャージで縫われた肌色の身体が、広告街の光の壁を占有する。Bod across the electronic billboards of Times Square — a flesh-toned body sewn from hand-dyed jersey taking over the wall of advertising light.Photo: Michael Hull / Artwork © Daisy Collingridge & Isabel Garrettsource

真夜中の3分間 — 誰のためでもない時間

《Bod》を成立させているのは、Midnight Moment と呼ばれるプログラムである。Times Square Arts と Times Square Advertising Coalition のパートナーシップにより、毎晩23時57分から午前0時までの3分間、タイムズスクエアの電子ビルボードを同期させる。始まったのは2012年。当初はわずか6面だったが、いまでは九十面を超える画面が足並みを揃える。公式には「世界最大・最長運営のパブリック・デジタルアート展示」と説明され、これまで100人を超える作家がこの3分を受け継いできた。プログラムそのものの構造については、本誌がすでに Tromarama《Turn On #2》松山智一《Morning Again》 で論じている。ここでは繰り返さない。

代わりに一点だけ確認しておきたい。この3分が、広告としてもっとも価値の低い時間帯に置かれているという事実である。もっとも人出の多い夕方でも、観光客が交差点にあふれる週末の昼でもなく、日付が変わる直前の3分。広告として最も効率のよい枠ではないからこそ、広告事業者は手放すことができる。そして手放された3分は、深夜まで街に残った少数の通行人だけのものになる。

《Bod》がこの時間帯に置かれたことには、作品の内容とのあいだに静かな符合がある。この映像が描くのは、眠る前の身支度という、一日のうちでもっとも私的な時間だからだ。人が服を脱ぎ、自分の身体とふたりきりになる時刻。それが、街がようやく静まりかける真夜中の3分に重なる。もっとも公共的な広告の壁の上で、もっとも私的な就寝前の身振りが再生される。この時刻の選択そのものが、すでに作品の一部として効いている。

布でできた身体 — 《Bod》の作品論

《Bod》の中心にあるのは、Daisy Collingridge が「Squishies」と呼ぶウェアラブル彫刻である。手染めのジャージを何層も重ね、綿を挟み込みながら一針ずつ縫い上げた、ぶよぶよとしたやわらかい身体。肌の色を模した布は、人間の皮膚がもつ繊細で移ろう色合いを写し取ろうと、微妙な陰影に染め分けられている。作品はこう要約される。

"bod" captures a moment. Getting ready for bed, a woman takes a dive inside her own body.

Sarabande Foundation — bodsource

眠る前の身支度をする女性が、自分自身の身体の内側へと潜っていく。露出と保護のあいだの緊張、自己と他者を隔てる境界の曖昧さ——映像は、私たちが自らの肉体とどう関係を結ぶかという問いを、やわらかく不気味な質感で展開する。

ここで注目したいのは、この作品が使う素材の性質である。手縫いの布、綿、染料。どれもLEDの対極にある物質だ。冷たく発光する電子の画面に対して、Collingridge の Squishies は、温かく、重く、手の跡が残り、触れれば沈み込むであろう質感を帯びている。この作品がタイムズスクエアの画面群に翻訳されるとき、そこで起きているのは単なる映像の掲出ではない。もっとも手仕事的で身体的なものが、もっとも工業的で無機質な表示装置へと移し替えられる、という素材の横断である。

本誌がこの kei を「画」——画面・平面・視覚表現——と定めるのは、《Bod》において画面そのものの性質が問われているからだ。ふつうサイネージの画面は、その平面性を消し、映るものへと透明になろうとする。だが手で縫った布の身体が映るとき、観る者はどうしても二つの物質を同時に意識する。ひとつは布のやわらかさ。もうひとつは、それを映しているLEDの硬い格子。両者の質感が衝突し、翻訳しきれない差分が残る。その差分こそが、この作品を「画面についての作品」にしている。九十面を超える発光体の上で、発光しないはずの布の重さが、逆説的に立ち上がる。

fig.002Daisy Collingridge 本人が《Bod》を語る Times Square Arts 公式映像。手縫いの布から生まれた身体が、深夜のスクリーン群へと移し替えられる過程が語られる。The official Times Square Arts video in which Daisy Collingridge discusses Bod, tracing how her hand-sewn bodies were translated onto the midnight screens.© Times Square Arts / Daisy Collingridgesource

縫う人と、動かす人 — ふたりの作家

《Bod》は、性格の異なる二つの制作の出会いから生まれている。

Daisy Collingridge は1990年、ロンドン近郊に生まれた。2014年に Central Saint Martins のファッションデザイン科を卒業し、Louis Vuitton でのインターンやウェディングドレスのアトリエでの仕事を経て、次第に「ファッション」から「彫刻」へと軸足を移していった。ただし出発点が布であることは変わらない。Squishies は、伝統的なキルティングの技法を極限まで押し進めるところから生まれた。綿を布で挟むという素朴な原理はそのままに、できあがるのはもはやキルトとは呼べない、量感のある有機的な身体である。手仕事の彫刻でありながら、着ることもできる。学生時代の作品はビョークがコンサートで着用し、2016年にはニュージーランドの World of WearableArt で国際デザイナー賞を受賞している。布と身体をめぐる彼女の探究は、早くからアートとファッションの境界で評価されてきた。

Isabel Garrett は、National Film and Television School で監督(アニメーション)の修士号を得たウェールズ出身の映像作家である。ストップモーションを軸に、触覚的で、シュールで、暗いユーモアをたたえた世界を組み立てることで知られる。Alexander McQueen、Amazon、BBC といったクライアントの仕事を手がけ、制作会社 BlinkInk では Coldplay のミュージックビデオも監督した。実体のある物を一コマずつ動かすアニメーターの手つきは、Collingridge の「触れられる彫刻」ときわめて相性がよい。画面の中で布の身体が息づいて見えるのは、この監督の手仕事による。

二人を結びつけたのは、Sarabande Foundation の存在である。これはファッションデザイナー Lee Alexander McQueen が設立した財団で、Garrett はここのレジデンス出身にあたる。《Bod》はもともと、このサラバンド財団が Xenia との協働で委嘱した映像だった。それが後にタイムズスクエア向けに展開され、Midnight Moment の3月回として、ゲストキュレーター Damian Bradfield のもとで深夜の街へと運ばれた。ギャラリーやスクリーニングのための内密な映像が、世界でもっとも露出の高い広告面へと場所を変える。露出と保護というこの作品の主題が、その上映経路そのものにも書き込まれている。

硬い光のなかの、やわらかい点景 — 展望

《Bod》は、2026年春の Midnight Moment ラインナップの先頭に立った作品である。3月の《Bod》に続き、4月には松山智一《Morning Again》、5月にはヤエル・バルタナの映像が同じ3分間を受け継いでいった。月替わりで作家が交代し、真夜中の3分はリレーのように渡されていく。プログラムは特定の一作品ではなく、この受け渡しの仕組みそのものを守り続けている。

ここに、本誌がくりかえし立ち返る主題がある。「間(MA)」とは、空間や時間のなかに意図して空けられた余白のことだ。Midnight Moment は、広告で隙間なく埋め尽くされた交差点の時間軸に、毎晩3分の「間」を穿つ。そして「点景(TENKEI)」とは、その空いた場所に点される小さな意味である。山水画の余白に描き込まれた小さな人物が風景を生かすように、広告の氾濫という景色に点された身体が、その夜の街に別の温度を与える。

《Bod》において、点される点景は、手で縫われたやわらかい身体だった。硬く、冷たく、無機質に発光しつづける広告の壁の上に、綿と染料と手縫いの跡でできた温かい肉塊が、3分だけ立ち上がる。もっともサイネージ的でないものが、もっともサイネージ的な場所を占有する。その落差の大きさが、この夜の3分を忘れがたいものにする。街の光は変わらず硬いままだ。だからこそ、そこにやわらかいものが点ったとき、その柔らかさは際立つ。

そして、この点景に立ち会えるのは、日付が変わる直前まで街に残った通行人だけである。昼の群衆でも観光の主役でもない、深夜の3分にたまたま居合わせた者だけが、広告が一斉に消え、肌色の身体が発光しはじめる瞬間の目撃者になる。私的な就寝前の身振りが、公共の広告面の上で、見知らぬ数人のためだけに再生される。展示は毎晩繰り返されたが、その一夜ごとの立ち会いは、二度と同じ顔ぶれでは起こらなかった。真夜中のタイムズスクエアに、手で縫った肌が発光する3分間があったこと。それを見届けた者がいたということ。点景とは、そうして街の記憶に残る。

広告の光に囲まれて発光する《Bod》。硬い光の格子のなかに、手縫いの布の身体がやわらかい点景として立ち上がる。
fig.003広告の光に囲まれて発光する《Bod》。硬い光の格子のなかに、手縫いの布の身体がやわらかい点景として立ち上がる。Bod aglow amid the surrounding advertising light — a hand-sewn body rising as a soft point of scenery within the hard grid of screens.Photo: Michael Hull / Artwork © Daisy Collingridge & Isabel Garrettsource

出典

  1. fig.001Times Square Arts — Bod(公式プロジェクトページ)
  2. fig.002Artist Daisy Collingridge on March 2026 Midnight Moment "Bod"(Times Square NYC 公式)
  3. [3]Times Square Arts Announces Spring 2026 Midnight Moment Program
  4. [4]Times Square Arts — Midnight Moment
  5. [5]Screening of "bod" — A Film by Isabel Garrett and Daisy Collingridge(Sarabande Foundation)
  6. [6]Daisy Collingridge — 公式サイト
  7. [7]Isabel Garrett — Sarabande Foundation(作家プロフィール)

運用カルテ

運営主体
Times Square Arts(Times Square Alliance)× Times Square Advertising Coalition。3月回のゲストキュレーターは Damian Bradfield
掲出地
ニューヨーク
編成モデル
広告枠の時間譲渡 — 広告事業者連合が毎晩3分の枠を作家に明け渡す月替わりコミッション。《Bod》はもともとサラバンド財団が Xenia との協働で委嘱した映像で、後にタイムズスクエア向けに展開された
稼働リズム
毎晩23:57〜24:00の3分間。月替わりで作家が交代。《Bod》は2026年3月1〜31日
物理仕様
タイムズスクエア(Broadway 41〜49丁目)の九十面を超える電子ビルボードを同期
運用開始
2012
稼働状態
稼働中

台帳で見る

関連記事

離陸前の空 — 世界の空港と、光でできた点景

15分

標本を点景にする森 — 高尾599ミュージアム《NATURE WALL》

9分

砂漠という余白 — AlUla・Wadi AlFann のランドアート

11分