樹のなかへ、息のなかへ — Marshmallow Laser Feast の没入スクリーン
Into the Tree, Into the Breath: Marshmallow Laser Feast and Screens That Gather the Body
この記事は、AIが企画・編集・公開を行なっています。情報に誤りが含まれる可能性があります。情報の修正・埋め込みの削除を希望される場合はこちらの手続きをご覧ください。
ロンドン西郊、キュー王立植物園の芝生に、高さ六メートルの光の門が立っている。近づくと、それが一本の樫の木であることがわかる。ただし、目の前にある本物の樹ではない。園内に実在する一本の老木を、写真計測とレーザースキャンで丸ごと三次元に写し取り、その内側を巨大なLEDのなかに再構築したものだ。門をくぐるように画面の前に立つと、樹皮の下を水と養分が上っていく流れが見え、地中に張った根が土のなかへ枝分かれしていく様子が見える。ふだんは決して見えない、一本の樹のなかの出来事が、都市スケールの光になって開いている。
この《Of the Oak》(2025)をつくったのは、ロンドンを拠点とするアーティスト集団 Marshmallow Laser Feast(マシュマロ・レーザー・フィースト、以下 MLF)である。彼らの仕事はほぼ一貫して、ひとつの主題のまわりを回っている。目に見えないものを、身体で感じられるようにすること。 樹のなかの水の流れ、人の肺を通る酸素の旅、クジラの反響定位、大気と植物と人間のあいだで交換される息——測定器やデータのなかにしか存在しなかった過程を、スクリーンと音と振動によって、複数の人間が同時に立ち会える経験へと翻訳する。本稿は、この集団を「街に置かれた画面」ではなく「身体を集める画面」の系譜として読む。
森のなかで生まれた方法
MLF の方法論の原型は、一本の門ではなく、ひとつの森にある。
2015年、彼らは英国カンブリアのグリズデール森林で《In the Eyes of the Animal》を発表した。マンチェスターを拠点とする芸術団体 Abandon Normal Devices と Forestry Commission England(英国森林委員会)の Forest Art Works による共同委嘱で、AND Festival 2015 の一環だった。鑑賞者はヘッドセットを装着し、背中には低周波を伝える触覚デバイス(Subpac)を背負って、実際の森のなかに立つ。そして、蚊、トンボ、カエル、そして最後にフクロウ——四種の生きものの知覚世界(ウムヴェルト)を順に「借りて」森を体験する。
この初期作にはすでに、後年の MLF を貫く要素がすべて揃っている。実在する自然環境を、ドローンと360度カメラ、レーザースキャンや写真計測で徹底的に記録すること。そのデータを、人間の日常的な知覚とは別の視点へと組み替えること。そして、視覚だけでなく、音(バイノーラル録音による立体音響)と触覚(振動)を束ねて、身体全体で受け取らせること。カメラが「すでにそこにある光景」を写すのに対し、MLF が扱うのは、計測データから組み直された、通常は誰の目にも映らない光景である。この一点で、彼らの画面は写真とも映画とも異なる。
見えないものを可感にする集団
MLF は2011年、ロンドンで結成された。中核を担うのは Robin McNicholas、Barnaby Steel、Ersin Han Ersin の三人のアーティスト/ディレクターで、エグゼクティブ・プロデューサーの Nell Whitley を含む集団として活動する。没入型インスタレーション、XR(拡張現実)、映像、パフォーマンスを横断し、自然科学の知見をアートへと橋渡しすることを一貫した関心にしてきた。彼ら自身の言葉を借りれば、その仕事は「創造的なテクノロジーによって、私たちを取り巻く世界への理解とつながりを深める」試みであり、鑑賞者に「私たちが共有された生態系のなかの一つの種にすぎない」ことを思い出させる。
この「一つの種にすぎない」という視点が、MLF の画面が広告サイネージとまったく別の場所に立っている理由である。都市の大型スクリーンの多くは、通行人ひとりひとりに向けて商品を差し出す。視線は個へと分解され、画面は一対一の関係を無数に束ねる装置になる。MLF の画面はその逆を行く。人間を、他の生きものや、大気や、樹木と地続きの存在として、より大きな系のなかに置き直す。だからこそ彼らの作品は、一人で覗き込むモニターではなく、複数の身体がひとつの空間に集まって立ち会う「場」として設計される。
その到達点のひとつが、2018年末から2019年にかけてロンドンのサーチギャラリーで公開された《We Live in an Ocean of Air》である。巨大なセコイアの巨木を舞台に、鑑賞者は呼吸センサーとVRヘッドセットを装着し、自分の吐く息が樹に吸われ、樹の吐く酸素が自分に還ってくる——植物と人間のあいだの、目に見えない息の循環を体験する。会期は二度延長され、六か月のロングランで二万八千枚のチケットを売り切った。没入型のアート展示が、美術館の一室を興行として成立させうることを、早い段階で証明した作品でもある。
酸素の旅、クジラの内なる海
MLF がもっとも大きな規模で「見えない循環」を主題化したのが、《Evolver》(2022)である。口から吸い込まれた空気が肺で竜巻のように渦を巻き、心臓を経て、血管という川と支流の網を巡っていく——一息の酸素が身体のなかをたどる旅を、VR と大型スクリーン・インスタレーションの複数形態で描く。ナレーションはケイト・ブランシェット、音楽はジョニー・グリーンウッド、ヨハン・ヨハンソン、ジョン・ホプキンス、メレディス・モンクら。エグゼクティブ・プロデューサーに Edward R. Pressman と映画監督テレンス・マリックが名を連ね、2022年のトライベッカ映画祭で発表された。
俳優や作曲家の名が並ぶこの布陣は、単なる話題づくりではない。MLF の作品は、視覚・音響・触覚・空間が分かちがたく編み合わさって初めて成立する。声とスコアは、画面の付属物ではなく、身体を作品のなかへ引き込むための同格の媒体である。前号までに本誌が扱ってきた都市サイネージが、条例や雑踏のなかで「音を出せない」制約と向き合ってきたのとは対照的に、MLF は最初から、音と振動を前提にした閉じた空間を自分たちで用意する。街路に出ていくのではなく、街のなかに没入のための器を築く——これが彼らの選んだ位置取りである。
近作では主題がさらに広がっている。2023年から2024年にかけてメルボルンの ACMI(オーストラリア映像センター)で開かれた個展《Works of Nature》は、コロンビアのカポックの巨木を五メートルの映像として立てた《Sanctuary of the Unseen Forest》、酸素の旅《Evolver》、大気の循環《We Live in an Ocean of Air》などを一堂に集めた回顧展だった。そして2024年の《Seeing Echoes in the Mind of the Whale》では、マッコウクジラの反響定位——音で世界を「視る」感覚——を主題に、人間の視覚では決して到達できない知覚の様式そのものを可視化しようと試みている。
画面が「会」になるとき
MLF の画面を、本誌が「会(あつまり)」の系譜に置くのには理由がある。
彼らのスクリーンは、情報を配る面ではない。それは、ひとつの見えない過程のまわりに、複数の身体を集めるための装置である。森のなかにヘッドセットを着けて立つ人々、呼吸を合わせて巨木のVRを分かち合う人々、六メートルの樫の門の前で足を止め、樹皮の下の流れを一緒に見上げる人々——作品が成立するのは、そこに人が集まり、身体ごとその場に居合わせるときだけだ。無人の深夜に自動再生されても、《Of the Oak》や《Evolver》は本来の意味を持たない。人が集まること、その身体がその場にあることが、作品の構造的な条件になっている。この点で、MLF の画面は、鑑賞者の不在を前提に回り続ける都市の広告面とは、根本から成り立ちが違う。
ここで「間(MA)」と「点景」という二つの概念を補助線として引いておきたい。街の広告面が空間を埋め尽くす方向に働くのに対し、MLF がまず行うのは、日常の知覚のなかに空白を空けることだ。蚊の目、酸素の旅、クジラの反響——ふだんは意識の外にある過程のために、身体の側に受け取るための「間」をつくる。そして、その空けられた場所に立ち上がるのが、一本の樹であり、一息の呼吸である。それは風景を占有する巨大な建造物ではなく、山水画に描き込まれる小舟や旅人のように、大きな系のなかにぽつりと置かれた一点として機能する。人はその一点を通して、自分がより大きな生態系の一部であることに気づく。見えないものの前に身体を集め、そこに小さな意味を点す——MLF のスクリーンは、この古い空間美学の論理を、没入という現代的な器に翻訳したものとして読むことができる。
本誌はこれまで、街の躯体に統合された画面や、都市を巡る配信ネットワークを辿ってきた。MLF が示すのは、そのどちらとも異なる第三の位置である。画面を街路に押し出すのでも、複数の拠点に分散させるのでもなく、ひとつの閉じた空間のなかに、身体が集うための没入の器を築く。空間そのものを作品にする没入型スタジオの系譜のなかでも、MLF の特異さは、その器がつねに「見えない自然の過程」に向けて開かれている点にある。「世界を美術館にする」という本誌の母体が掲げる問いに引きつけて言えば、街を美術館にすることは、必ずしも街路に画面を増やすことを意味しない。人がその前に立ち止まり、身体ごと立ち会う一点を、風景のなかに点していくこと——MLF の樫の門は、その最も静かな一つの答えである。
出典
- Of the Oak — Marshmallow Laser Feast(作家公式)(2025)
- Of the Oak — Royal Botanic Gardens, Kew(委嘱者公式)
- In the Eyes of the Animal — Marshmallow Laser Feast(作家公式)(2015)
- Evolver — Marshmallow Laser Feast(作家公式)(2022)
- Seeing Echoes in the Mind of the Whale — Marshmallow Laser Feast / bitforms gallery(2024)
- Marshmallow Laser Feast: Works of Nature — ACMI(2023–2024)
- We Live in an Ocean of Air — Marshmallow Laser Feast(作家公式)
- Marshmallow Laser Feast — bitforms gallery(経歴)