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Cases事例

空港のすき間に名を与える — Ars Electronica Futurelab《ZeitRaum》、ウィーン Check-In 3 と一五〇面の建築統合

Naming the Airport In-Between: Ars Electronica Futurelab’s ZeitRaum at Vienna Check-In 3 (2012)

No.
105
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
11分

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二〇一二年六月五日、ウィーン国際空港の新ターミナル Check-In 3 が運用を開始した。同じ日、チェックイン・カウンターからセキュリティ・チェックポイントへ向かう導線をまたぐ場所に、高さ五メートルの「文字の壁」が立った。四六インチのモニターが横七面・縦十一面で組まれ、計七十八面で一枚の壁面を成す。表面ではアルファベットが雨のように降り、底に堆積した文字が地形を成し、地形は空港の発着便データに応じて絶えず変形する。一字が、いま空港にいる一人の象徴である。

この装置の名は《ZeitRaum》。Ars Electronica Futurelab がターミナルそのものと並走する形で設計し、Check-In 3 の躯体に常設したメディアアート群の名称である。「Zeit(時間)」と「Raum(空間)」を一語に縫合した造語で、Futurelab が名づけようとしたのは、地表に固定された通常の空間ではなく、世界中の空港が制限エリアの先で接続している、姿の見えない一つの場所だった。乗客はセキュリティを通過した瞬間にそこへ入り、目的地に着陸した瞬間に去る。本稿はその名づけの仕事と、それを成立させた建築統合の事実の両側から、二〇一二年の Check-In 3 を読み直す試みである。

名前のなかった空間に、名を与える

fig.001Ars Electronica 公式チャンネルが公開する《ZeitRaum》動作記録。五メートルの壁に文字が降り、その堆積が地形を成していく仕組みを俯瞰で示す。Documentation of ZeitRaum in operation, released on Ars Electronica's official channel — an overhead view of letters falling onto a five-metre wall and accumulating into a terrain.© Ars Electronica Futurelabsource

二〇一二年のプレスリリース(独語版)は、装置の中心にある概念を「すべての空港を相互に接続するひとつの想像上の空間」と記述している

Im Mittelpunkt der Arbeit steht jener imaginäre Raum, der alle Flughäfen dieser Welt miteinander verbindet.
Ars Electronica Mediaservice (2012-06-05)source
境界は航空交通に応じて絶えず変動し、内部では文化・言語・国家がタイムゾーンのように移ろう。乗客は知らない者同士であり、束の間の共同体として一時的に同居する。人類がそれまで名づけてこなかった種類の場所を、Futurelab はここで《ZeitRaum》と呼んだ。

名づけは作品の一要素ではなく、Check-In 3 の各所に分散された複数の装置を束ねる上位の物語として機能した。乗客は出発口までの動線を歩きながら、物理的な廊下と並行して、この想像上の空間も歩いていることになる。装置が建築躯体に統合されているからこそ、名づけが空間そのものへと回路を持つ——この成立条件こそが、本稿が《ZeitRaum》を kei = 造 として読み直す理由である。

一五〇面の建築統合

Check-In 3 のチェックイン・エリアからセキュリティ・ホールに抜ける動線に立ち上がる五メートルの壁。四六インチ・モニター七十八面で構成される。
fig.002Check-In 3 のチェックイン・エリアからセキュリティ・ホールに抜ける動線に立ち上がる五メートルの壁。四六インチ・モニター七十八面で構成される。The five-metre wall standing across the path from the check-in area to the security hall — seventy-eight 46-inch monitors composing a single surface.© Ars Electronica Futurelabsource

物理基盤の数字を一度に並べてみる。総数一五〇面のディスプレイ、うち七十八面がチェックイン・エリアの五メートル壁、八十七面がセキュリティ・チェックポイントの第二の壁、残りはターミナル各所のサテライト・インスタレーション(十作品 × 十二面=百二十面の枠組で運用)。映像出力を捌くサーバー室は乗客エリアから百二十メートル離れた位置にあり、サテライト末端まではさらに八百メートルの距離がある

CWDM Mux/Demux units enable four video outputs to be multiplexed onto one single-mode fiber cable... thereby reducing the overall cable fiber requirement by a factor of four.
IHSE Case Study — Vienna Airport KVM Deploymentsource
映像信号はそのままでは扱えない長さなので、CWDM Mux/Demux で四本のビデオ出力を一本のシングルモード光ファイバへ多重化し、必要ファイバ本数を四分の一に圧縮する設計が組まれた。KVM 系には Draco vario extender が用いられ、DVI 一九二〇×一二〇〇ピクセルの信号を CAT 系銅線と光ファイバの双方で長距離搬送している。

これらは導入時に表に出る派手な要素ではない。しかしこの層が成立していなければ、一五〇面規模のリアルタイム連動は経済的にも空間的にも成り立たなかった。アートのために乗客エリアの一角をサーバーで埋めるという交渉が要らなかったこと、機材セキュリティを空港の運用基準と整合させ得たこと——これらの不可視の設計判断こそが、本作を「展示装置として一時的に置かれた LED」ではなく「ターミナルの躯体に組み込まれたメディアアート」として成立させている。Futurelab 公式のクレジット欄に、作家ではなくフィールド・テクニシャンと開発者を含む六十名超の名が並んでいる事実が、この層の厚みをそのまま反映している。

一つの装置に四つの作品

Check-In 3 の一五〇面が稼働する時間は、四つの作品で分け持たれた。

《ZeitRaum / Timescapes》(Futurelab) — 五メートルの文字の壁で動く中核作品。底に堆積した文字は文章を成し、文章の連なりが文字でできた山と谷の地形(Timescapes)を作る。引用されるテキストは Humberto Maturana、Anton Zeilinger、David Sasaki、Michael Dosier ら、空間・時間・社会・運動を主題にした論考群から選ばれており、待機時間の長さに応じて読み物としても機能する。Anton Zeilinger は二〇二二年にノーベル物理学賞を受賞することになる量子物理学者で、二〇一二年の時点では受賞前の人物の文がここに混ざっていた。

《Industrious Clock for the project "ZeitRaum"》(中村勇吾 / tha ltd.) — デジタル時計でありながら、数字を手で書いては消し、書いては消すという挙動を続ける装置。Futurelab がプログラミングとプロジェクト・マネジメントを担い、概念と表現は外部の作家から、実装と運用は内部から、というクリーンな役割分担で成立している。中村の時計連作におけるこの作品の位置づけは 《いくつもの時計 — 中村勇吾、十五年の解体記》で別途扱った。

《Last Clock》(Jussi Ängeslevä, FI + Ross Cooper, UK) — 空港の滑走路でライブ撮影された映像を、三つの同心リングに圧縮する。最外周のリングは一秒ごと、中間のリングは一分ごと、最内周のリングは一時間ごとに更新される。一枚の円形画面上に、三つの異なる時間粒度が同時に存在する装置である。

fig.003作家 Jussi Ängeslevä が Vimeo に公開している《Last Clock》の動作記録。三つの同心リングが秒・分・時の異なる粒度で更新され続ける。Documentation of Last Clock posted by artist Jussi Ängeslevä on Vimeo — three concentric rings updating at second, minute, and hour granularities.© Jussi Ängeslevä / Ross Coopersource

《AIRPORT SOUNDSCAPES #1》(Rupert Huber, AT) — 唯一の聴覚作品。管制塔の制御データやマッハ・データを音響へ変換するデータ・ソニフィケーションの作曲作品で、ピア(搭乗待機エリア)で耳に届く音響として、現在進行形の航空交通を体験させる。Huber は Richard Dorfmeister と組んで一九九四年に結成したデュオ Tosca の片割れでもあり、データを直接的な情報伝達としてではなく、抽象的な音響景観として翻訳する手つきが、視覚に偏った他の三作と異なるレジスターを与えていた。

四つの作品はそれぞれ独立して鑑賞可能でありながら、すべてがその空港の運営データを素材としている。発着便スケジュール、管制塔データ、滑走路のライブ映像——アートはその場所の現実を反芻し、可視化・可聴化する装置として機能する。コンテンツが場所と分離可能な「汎用デジタル・アート」ではなく、場所固有の生成系として設計されている点が、空港インフラと「契約」を結ぶ正当性をそのまま支えている。

アートと広告が同じ装置を時間で割る

ここから本作の運用設計の核心に触れる。一五〇面は、稼働時間の半分をアート作品として、残る半分を空港運営側の広告メディアとして使われる、というのが Futurelab と空港側の合意だった。

これは「アートが広告枠を奪う/広告がアートを汚す」というゼロサムの関係ではなく、同じ物理プラットフォームの異なる時間スロットでの共存である。同一のディスプレイ網が、ある時間帯には文字の地形をゆっくり成長させ、別の時間帯には航空会社・免税ブランド・観光プロモーションを表示する。一日の循環の中で、装置の存在意義が二つのレジスターを行き来する。

この時間軸分割は、純粋なアート用ハードウェアとして恒常稼働させるよりずっと持続可能な解である。広告収益が物理基盤の維持を支え、アート時間がその基盤の表現的余白を担保する。本誌が一貫して扱ってきた**「間」**の概念は、ここで空間的な意味よりも、時間の余白としての間として表面化する。空港運営の即物的な時間に対して、半日分の時間を空けること——そこに装置の存在条件があった。

「点景」としての装置、「Poetic Systems」としての方法論

fig.004《Textscapes》— ZeitRaum の Timescapes 部分を Futurelab 自身が記録したクローズアップ映像。多言語のテキストが地形を成していく挙動を、文字単位の解像度で示す。Textscapes — a close-up record by Futurelab itself of the Timescapes component, showing multilingual text accumulating into terrain at letter-level resolution.© Ars Electronica Futurelabsource

Futurelab は《ZeitRaum》を自らの方法論カテゴリ「Poetic Systems」の中に位置づけている。知識・認知・知覚の異なる層を詩的な意味の層へ変換する一連の仕事、データを直接的情報ではなく感性的経験として再構成する技法群、というのが彼ら自身の説明である。空港の発着便データをそのまま「便名 / 時刻 / ゲート」の表で出すのではなく、降る文字と堆積する地形に翻訳する。管制データをスペクトログラムで出すのではなく、音響景観として聴かせる。ここで起きているのは、機能情報の表現主義的な逃避ではなく、別種の情報層の生成である

本誌の言葉で言い直せば、《ZeitRaum》は通過する人々を風景としては扱わず、風景に置かれるとして扱った装置である。一字が一人を象徴し、その堆積が地形を作るとき、画面の上では人の通過そのものが点景として描かれている。山水画における人物や舟が風景を生かすという古典的な概念が、空港のメディア装置で反復されていたと言ってもいい。Check-In 3 という建築の「間」に、Futurelab はデータの翻訳によって点を打ち続けていた——名づけの仕事は、結局のところそういう操作だった。

過去形で書かれる装置、いまも有効な設計言語

Futurelab 公式サイト、二十五周年記念ページ、いずれの記述も現在では過去形に書き換えられている

[ZeitRaum] was an interactive art installation... designed for the new terminal at Vienna International Airport.
Ars Electronica Futurelab — Projects: ZeitRaumsource
具体的な撤去時期や運用停止のアナウンスは、本稿執筆時点では公開資料からは確認できない。Vienna Airport は二〇一二年から二〇二六年にかけてターミナル群の改修を継続的に行っており、その過程でディスプレイ網が更新・撤去された可能性は高いが、断定は避ける。

ここに、メディアアートの恒久設置作品が直面する別の論点が露出する。インフラと一体で設計されることはアートを物理的に強くするが、同時にインフラの寿命と作品の寿命を結合させてしまう。装置を建築躯体に組み込めば組み込むほど、建築の改修サイクルに作品が拘束される。Carsten Nicolai《chroma actor》(西武渋谷店 ART GATE)が建築の閉店と運命を共にしようとしているのと同じ構造が、ウィーンでも起きている。万能の解答はおそらく存在せず、《ZeitRaum》はその問いを早い時期に提出した作品でもある。

ただし、装置の物理的寿命と設計言語の寿命は別である。「空港のすき間に名を与える」という概念的な操作、「アート/インフラ/広告」を結び直す運営モデル、「データを詩的な意味へ翻訳する」という方法論——これらは作品が止まったあとも継承可能な、いまも有効な設計の語彙である。日本国内でも駅・空港・都市 OOH × アートの接続が現実的な検討対象になりつつある現在、《ZeitRaum》は単なる過去の優れた事例ではなく、これから書かれるべき設計書の参照点として読み直すに値する仕事である。

Check-In 3 の壁面で降っていた文字は、二〇一二年から数えていま十四年を経た。あの一字一字が、いまどこかの空港で別のアルファベットになって降り続けているのか、それとも完全に止まったのか、本誌にもまだ確証はない。ただ、名前のなかった空間に名を与える仕事は、ひとつの設計書として、ここに留め置かれている。


出典

  1. fig.001ZeitRaum — Ars Electronica Futurelab (Projects)
  2. fig.002ZeitRaum at Vienna International Airport — Ars Electronica Futurelab
  3. fig.003Jussi Ängeslevä,Last Clock — Jussi Ängeslevä
  4. fig.004Textscapes — Ars Electronica
  5. [5]Ars Electronica Mediaservice,ZeitRaum am neuen Terminal des Flughafen Wien (press release, 2012-06-05)
  6. [6]ZeitRaum at Check-In 3 — Ars Electronica Blog (2012-06-06)
  7. [7]ZeitRaum — Ars Electronica Futurelab 25 Years Anniversary
  8. [8]Art at the Vienna Airport powered by KVM — IHSE Case Study
  9. [9]tha ltd. (Yugo Nakamura),INDUSTRIOUS CLOCK FOR THE PROJECT "ZEITRAUM" — THA LTD.
  10. [10]Jussi Ängeslevä,Last Clock — Jussi Ängeslevä (artist site)
  11. [11]Rupert Huber — composer
  12. [12]Tosca (band) — Wikipedia
  13. [13]いくつもの時計 — 中村勇吾、十五年の解体記 (本誌)

運用カルテ

運営主体
ウィーン国際空港 × Ars Electronica Futurelab
掲出地
ウィーン
編成モデル
オペレーター委嘱 — 空港インフラとの共同設計。同一ディスプレイ網をアート時間と広告時間で分担運用
稼働リズム
Check-In 3 ターミナルに常設。一日の循環の中でアートと広告のレジスターを行き来
物理仕様
計150面(チェックイン・エリアの5m壁=46インチ×78面、ほかセキュリティ周辺・サテライト群)
運用開始
2012-06
稼働状態
現況未確認 — 公式の記述は過去形に転じている。撤去・運用停止の公式発表は確認できない

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