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天気と時計 — サイネージの常時稼働を引き受ける画面たち

Weather and Clocks — Always-On Canvases the Signage Was Built For

No.
104
種別
テーマ
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
14分

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上海地下鉄1号線と5号線が交わる莘庄(シンチュアン)駅。改札を抜けてバスターミナルへ向かう連絡通路の壁面に、夜になるとぽつぽつと粒子が落ち始める。秒に一粒。緑がかった白い点が、空中で互いに距離を取り、引力と斥力のようなルールに従って群を組み替えていく。やがてその群が、いま何時何分なのかを、巨大な数字として浮かび上がらせる——莘庄綜合交通枢紐(TODTOWN)の壁面に2019年12月から常設されている、Raven Kwok《time++》である。改札を抜けた乗客は、それを時計として実用する。残業を終えた者は二十時を確認し、深夜の最終バスを目指す者は二十三時を読む。同時に彼らは、それを「アート作品」として見ている。

fig.001Raven Kwok《time++》(2019)。上海・莘庄綜合交通枢紐(TODTOWN)の壁面に常設された生成型クロック。粒子は秒として降り、自己組織化のルールで現在時刻を浮かび上がらせる。サウンドは音楽家 Lou Nanli(B6)。Raven Kwok, time++ (2019). A generative clock permanently installed at Todtown (Xinzhuang Integrated Transport Hub), Shanghai. Particles fall as seconds and self-organise into the current time. Sound by Lou Nanli (B6).© Raven Kwok / TODTOWN / Sound: Lou Nanli (B6)source

《time++》のような作品が成立する理由を考え始めると、サイネージという媒体そのものの性格に行き着く。美術館の展示は閉館時間で閉じる。映画もコンサートも有限の上演時間に区切られる。ところがサイネージは、ほとんど例外なく、二十四時間三百六十五日にわたって稼働する。広告主にとっての画面の価値は、まさにこの「閉じなさ」にある。空港、駅、商業施設、街路——画面が消えないことが、画面の存在意義そのものになっている。

この性質を主題として正面から引き受ける作品の系統が、デジタルアート史の中に二つある。時計と、天候である。両者は、街にサイネージが現れる以前から、人間が「いま・ここ」の更新を確認するために眺めてきた対象だった。駅頭の電光時計、テレビの時報、天気予報の地図。サイネージという媒体は、その役割を引き継ぎつつ、表現の自由度を桁違いに広げた装置として、両者の上に重なってきた。本稿で本誌編集部は、この二つの系統をひとつの系として読み直したい。時計アートと天気アートは、ジャンルの隣接ではなく、画面の常時稼働という同じ条件から生まれた双子である。

時計が画面の主題になるとき

時計アートの近代的な起点として最も頻繁に参照されるのは、2010年にロンドンの White Cube で初公開された Christian Marclay《The Clock》である。映画とテレビの歴史から抽出された一万二千近いクロック・カットを、二十四時間にわたって実時刻と同期させて貼り合わせた映像作品。MoMA、テート、ヴェネツィア・ビエンナーレ(2011年金獅子賞)を巡回し、いまも各地の美術館で定期的に上映される。サイネージ常設には向かないが、TENKEI の文脈で外せないのは、「画面の中の時計を、その画面の外の時刻と一致させる」という設計の原型がここに置かれている点である——画面が時計になるとき、それは見る者の生活時間に直接介入する。

fig.002Christian Marclay《The Clock》(2010)のトレイラー(Tate 公式)。映画・テレビから抽出された一万二千近いクロック・カットが、二十四時間にわたり実時刻と同期して連結される。Trailer for Christian Marclay's The Clock (2010), via the Tate's official channel. Nearly twelve thousand clock cuts from film and television are stitched together across twenty-four hours in sync with real time.© Christian Marclay / Courtesy White Cube / Tatesource

その思想を、より公共空間に寄せて実装したのが、オランダのデザイナー Maarten Baas の《Real Time》シリーズである。十二時間の映像内で、一人の作業者が分針と時針を布の裏側からマーカーで描き、消し、また描き直す——という、ばかばかしいまでに律儀な手作業の映像が、現実の時計として機能する。シリーズの代表作《Schiphol Clock》(2016)は、アムステルダム・スキポール空港の国際線ターミナルに常設された。フライト待ちの旅客は、巨大な四角い時計の中で誰かが永遠に分針を描き続けるのを見ている。サイネージという形式と、パフォーマンス映像という形式の重なりが、ここで最も鮮やかに結合する。

fig.003Maarten Baas《Real Time / Schiphol Clock》(2016)。アムステルダム・スキポール空港の国際線ターミナルに常設。十二時間の映像内で、青い作業着の人物が分針を一分ごとに描き、拭き取り、書き直す。Maarten Baas, Real Time / Schiphol Clock (2016). Permanently installed at the international terminal of Schiphol, Amsterdam. Across twelve hours of footage, a blue-clad figure paints, wipes and re-paints the minute hand once per minute.© Maarten Baas / Schiphol Airportsource

ハードウェアの側からこの問題に取り組んだのが、スイス/スウェーデンの Humans Since 1982 による《A Million Times》(2013–)である。プログラム可能な小型アナログ時計の盤面を数百個並べ、針の角度を同期させて巨大な振付を描く。一時間ごとに針が揃って正確な時刻を示し、その合間は針の集合がアラベスク模様を踊る。シンガポール・チャンギ国際空港の T1 アライバル前に2018年に設置された504個の盤面によるバージョンは、最大規模のキネティック・タイムピースとして知られる。映像でも、コンピュータグラフィックでもない、無数の独立時計の機械的同期によって時刻を表現するという発想は、サイネージの「画素=独立した時計」という比喩を物理化したものとして読める。

fig.004Humans Since 1982《A Million Times at Changi》(2014–2018)。シンガポール・チャンギ国際空港 T1 アライバル前に504個のプログラム可能な時計盤面が展開され、針の集合振付と一時間ごとの正確な時刻表示を交互に行う。Humans Since 1982, A Million Times at Changi (2014–2018). 504 programmable clock faces at the T1 arrivals hall of Singapore Changi Airport alternate between choreographed hand patterns and hourly true-time alignment.© Humans Since 1982 / Changi Airportsource

Web/画面の歴史に立ち戻れば、画面常駐の時計アートの先駆として、Yugo Nakamura(tha ltd.)の《Industrious Clock》(2001)を挙げないわけにいかない。Flash で実装された、白い背景に手書き風の数字が一秒ごとに乱雑に書き換わるだけのループは、当時の Web デザインに「画面はずっと開かれている」という前提を持ち込んだ最初期の作例のひとつだった。後年のスクリーンセーバー文化と、街頭デジタルサイネージの「アンビエント映像」枠は、この小さな Flash 時計から地続きで延びている。

fig.005Yugo Nakamura(tha ltd.)《Industrious Clock》(2001)。白背景に手書き風の数字が一秒ごとに書き直されるだけの Flash ループが、画面常駐型時計の最初期の作例として記録される(映像は Ars Electronica チャンネル経由)。Yugo Nakamura (tha ltd.), Industrious Clock (2001). A handwritten-style numeric Flash loop that rewrites itself once per second — one of the earliest known instances of a screen-resident clock work (video via Ars Electronica's official channel).© Yugo Nakamura / tha ltd. — via Ars Electronicasource

時計アートの最新層を代表するのが、ジェネラティブアート界隈で活動する Alexis André の《720 Minutes》(2021)である。Ethereum 上の Art Blocks Curated でリリースされたこのプロジェクトは、十二時間 = 七百二十分という時間の単位そのものを画面に落とすアプローチを取る。コレクターが所有するのは画像ではなく、各保有者ごとに固有のアルゴリズムによって生成される「時計の生き様」である。NFT 化された時計はディスプレイデバイスに同期し、家庭のフォトフレーム、ギャラリーのモニタ、商業空間のサイネージへと、所有と表示が分離可能な形で配信されていく。Art Blocks リリース直後の2021年12月、Alexis André 本人が「720 Minutes, Live Shibuya version.」として渋谷の街頭サイネージで稼働する様子を SNS 上で公開しており、NFT 時計が「家のモニタ」を飛び越えて公共空間に着地する経路が、最も早い段階から作家自身によって例示されていた。

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fig.006Alexis André による《720 Minutes》渋谷ライブ版の自撮り共有(2021年12月17日)。Art Blocks 上のジェネラティブ時計が、家庭のディスプレイから街頭サイネージへと展開可能であることを、作家自身が早期に示した投稿。Alexis André's own post showing the 720 Minutes 'Live Shibuya version' (17 Dec 2021). The artist demonstrates, from launch, that the Art Blocks generative clock can spill from home displays onto public signage.© Alexis André (@MacTuitui)source

そして冒頭の Raven Kwok。彼の《time++》は、上記の系譜のいずれとも交差する場所に位置している。Christian Marclay 的な「画面 = 時計」、Maarten Baas 的な「常設サイネージ化」、Yugo Nakamura 的な「画面常駐」、《A Million Times》的な「自己組織化する微小要素」、そして Alexis André 的な「ジェネラティブ」。粒子が秒として降り、距離閾値に従って組み変わり、二桁の時と分の数字を浮かび上がらせ続ける——という挙動は、2023年の続編《Time Left Shift 7》で、上海・南京西路の Réel 百貨店内、北欧アウトドアブランド Peak Performance と UCCA Lab の共同企画「Moments in Åre」のために再設計された。スウェーデン時間(UTC+1)を表示し、毎分ごとにカラーパレットが切り替わる。サウンドは 3ASiC、空間設計は Shen Ruofan。

fig.007Raven Kwok《Time Left Shift 7》(2023)。上海・南京西路 Réel 百貨店内、Peak Performance × UCCA Lab「Moments in Åre」のための《time++》派生作。スウェーデン時間(UTC+1)を表示し、毎分カラーパレットを切り替える。Raven Kwok, Time Left Shift 7 (2023). A time++ derivative for Peak Performance × UCCA Lab's 'Moments in Åre' at Réel, Shanghai. Displays Swedish time (UTC+1) and rotates its colour palette every minute.© Raven Kwok / Peak Performance × UCCA Lab / Sound: 3ASiC / Scenography: Shen Ruofansource

《time++》系譜が示しているのは、単なる「アートにもなる時計」ではない。時刻表示そのものが、生成的に書き換わる絵画として機能する、という設計判断である。改札を抜けた乗客が、二十一時十二分を読むという実用と、その時刻の表記法そのものを再発明するという表現とを、同じ画面の上で受け取る。サイネージという媒体が、時計という最も基底的な公共表示の語彙を、編集対象として更新できる場所であるという事実を、Raven Kwok の作品群は明示している。

天気が画面の主題になるとき

時計と並んで、サイネージが構造的に引き受けやすいもうひとつの主題が天候である。気象は二十四時間更新され続け、季節ごとに位相が変わり、視覚化の余地は理論上無限にある。

近代美術史において「人工天気」の起点として広く参照されるのは、Olafur Eliasson《The Weather Project》(2003–04)である。テート・モダンのタービンホールに、半円の巨大な「太陽」を投影し、空間に微細なミストを噴霧する。鑑賞者は床に寝そべり、天井の鏡に映る自分自身と「太陽」を見上げた。あれはサイネージではなかったし、画面でもなかった——だが、「公共空間に人工の気象現象を持ち込む」という編集の意志がここで宣言されたことが、その後の天気アート/サイネージ系の方向性を規定したと、多くのレビュアーが指摘する。

サイネージ化された天気アートの代表例を一つだけ挙げるなら、ボストンの Refik Anadol Studio《Wind of Boston: Data Paintings》(2017–)になる。ボストン・ローガン国際空港から一年間にわたって収集された風データ(風速、風向、ガスト、気温を二十秒間隔で記録)を、ボストン・シーポート地区 100 Northern Avenue ロビーの 6×13 フィート LED 上で、四つの楽章——〈Hidden Landscapes〉〈Porcelain Memories〉〈Sea Breeze〉〈Gust in the City〉——として可視化する。毎朝八時から夜十一時まで稼働する。鑑賞者は通勤途中にロビーを通過し、その日の風を絵画として見る。

fig.008Refik Anadol Studio《Wind of Boston: Data Paintings》(2017–)。ボストン・ローガン国際空港の一年分の風データを、シーポート地区 100 Northern Avenue ロビーの 6×13 フィート LED に四楽章として常設展開。Refik Anadol Studio, Wind of Boston: Data Paintings (2017–). A year of wind data from Boston Logan Airport rendered as four 'chapters' on a 6 × 13 ft LED in the lobby of 100 Northern Avenue, Boston Seaport.© Refik Anadol Studiosource

Anadol スタジオは続編として《Bosphorus》(2018–19)も発表している。マルマラ海の三十日分のレーダー観測データを、12 × 3 メートルの LED メディアウォールで「海面の地形図」として動かす。両作品の共通点は、気象データを「絵画」の語彙へ翻訳する編集判断であり、ここでもサイネージは、リアルタイムの観測値を絵筆として握り直す場所として機能している。

天気アートのもう一つの極にあるのが、John Gerrard《Solar Reserve (Tonopah, Nevada)》(2014)である。ネバダ州の太陽熱発電所「Crescent Dunes Solar Energy Project」を、Unigine ゲームエンジンで一万枚のヘリオスタットまで含めて 1:1 で再現したリアルタイム 3D シミュレーション。三百六十五日のサイクルが完全に組み込まれ、太陽の位置に従ってヘリオスタットが向きを変え、六十分ごとに視点が地表から衛星軌道まで上昇する。LACMA(レオナルド・ディカプリオの寄付資金で2015年に収蔵)、MoMA に作品が入る。気象アートというより「太陽の追尾アート」とでも呼ぶべき位相にあるが、画面が常時動き続ける、絵画というよりも稼働中の発電所そのものを画面に置き換える、という設計が、サイネージ常設文脈に直結している。

天候 × 体験型のスケールで近年最も多くの来場者を集めているのが、teamLab《Field of Wind, Rain and Sun》(風と雨と太陽の草原、2024–)である。東大阪市のかつての印刷所跡地「カンカンファクトリーの草原のカフェ」に2024年10月にオープンした常設インスタレーション群で、《光の太陽の円相》(正午に虹を出す)、《光と風の空間書》(風が吹くと空に文字が走る)、《結晶化する刹那の雨》(降雨が落下する光に置き換わる)など、複数の作品が天候そのものに反応する。屋外光インスタレーションでありサイネージとは言いがたいが、「気象現象がトリガとなって画面/光が稼働する」という設計は、サイネージ側からの天気アートと表裏一体の発想として読むべきだろう。

公共サイネージの極に振り戻せば、ロンドン中心部の Outernet London (The Now Building) に2025年に常設された Cem Hasimi × Outernet Studio《The Rain》(音楽:Olivier van de Braak)が挙げられる。Tottenham Court Road 駅直結のラップアラウンド型 LED 空間(23,000 平方フィート、16K)で、降雨を光のバーストへ翻訳するインタラクティブ作品。QR コードで来場者の参加を募り、降る雨の挙動が会場の参加状態に応じて変化する。Anadol のような「客観的データの可視化」とは対照的に、《The Rain》は「気象モチーフの体験化」というベクトルに振り切っており、両者を並べると、サイネージ天気アートが今、どれだけ広いレンジを持ち始めているかが見えてくる。

常時稼働を引き受けるという発明

ここまでに並べた作品群を眺めると、表現の方向は多様でも、ある一点だけが揃っていることに気づく。すべての作品が、画面が消えないことを前提にしか成立しない

時計アートは、当然のことながら、時刻が止まれば作品としての存在を失う。Raven Kwok《time++》の粒子は秒の単位で降り続けるからこそ意味を持つし、Maarten Baas のスキポール時計の作業者は分針を描き続ける労働として作品である。Humans Since 1982 のキネティック盤面は、十六時の振付と十七時の振付の差異を見せるために、十六時から十七時の間の連続的な踊りを通過させる必要がある。

天気アートも同様である。Anadol の風の絵画は、その日の風が更新され続けなければ、ただの再生映像になる。Outernet の《The Rain》は雨が降り止んでしまっては作品ではなくなる。teamLab の草原は、晴れたから《光の太陽の円相》が現れ、降ったから《結晶化する刹那の雨》が起動する、という気象との相関の中で初めて完成する。

両者の作品が、ギャラリー的展示形式(開館時間内に来訪し、一定時間鑑賞して帰る)と異なる場所に立っているのはこのためである。これらの作品は、一作品=連続して更新される状態であって、一作品=一映像、一作品=一インスタレーションではない。サイネージという媒体が二十四時間稼働するからこそ、画面が「番組」(開始と終了がある時間ブロック)ではなく「状態」(連続して書き換わる現在)として用いられる可能性が開く。時計と天候は、その状態を主題化するための、最も自然なモチーフなのである。

「番組ではなく状態」というのは、コンテンツ業界の通常の語彙からは少しズレた言い方かもしれない。地上波テレビにも時報番組はあるし、天気予報枠もある。が、それらは九時の時報、九時三分の天気予報、九時五分の通常番組——という時間ブロックの連結である。サイネージ上の時計/天気アートは違う。区切られないのである。サイネージの編成サイクルの中に、時計や天気を「番組として」差し込むのではなく、画面の地そのものを時計や天気として運用する。Raven Kwok の《time++》は、TODTOWN の壁面の運用編成において「夜間枠コンテンツ」ではなく、画面の地そのものとして扱われている。

ここで本誌編集部が長く参照してきた、日本の空間美学における**間(MA)点景(TENKEI)**の対概念が、思わぬ仕方で接続する。間とは、空けられた空間/時間のことである。サイネージの常時稼働は、本来そこに「間」を持ちようがない強密度の更新だ——ところが、時計や天気を地として運用すると、その更新そのものが、画面の中に持続的な「間」を開けることになる。時刻が刻まれていく、それ自体は何の事件もない。雨が降る、それ自体は出来事ではない。だがその更新の連続が、画面を「閉じない場所」として街に保持する。そして、その上に、月替わりの作品(《time++》の続編、Outernet の月替わりプログラム、teamLab の季節展示)が点景として降りてくる。間が先にあり、その上に点景が点る、というこの構造は、《time++》や《Wind of Boston》のような作品が画面の「地」として稼働し続ける運用の中で、サイネージ自身が獲得し直している。

「待つ場所」が時計と天気を引き寄せる

ここまで取り上げた作品群を、地理と運用の側から並べ直すと、ある明瞭なパターンが浮かぶ。それらの多くが、「待つ場所」に設置されている

スキポール空港、チャンギ空港(《A Million Times》)、ボストン Northern Avenue のロビー、莘庄綜合交通枢紐の連絡通路、上海・南京西路百貨店、ロンドン Tottenham Court Road 駅直結の Outernet——いずれも、利用者がそこで滞在する用事を持ちながら、移動の前後の数分から数十分を「待つ」場所である。乗継便、入国審査、出社前のロビー、地下鉄の乗換、買い物の合間、ライブの開演前。そこにいる人々は、目的そのものの達成のために時間を費やしているのではなく、目的の達成までの時間を埋めている。

時計と天気が、これらの場所と相性が良いのは偶然ではない。時計は「待ち時間の残量」を知らせる装置である。あと何分でフライトが出るか、終電まで何分か。天気は「これから外で起こること」を予報する装置である。雨が降っていそうなら傘を、強風が出ていれば防寒を。両者は、待つ場所にいる人々の、次の行動への接続を担保する。

サイネージ天気/時計アートは、この実用的機能の上に、表現の層を重ねている。Raven Kwok の粒子時計は、莘庄の改札を抜けた乗客にとって、二十一時十二分という事実を伝える表示であると同時に、その伝達自体が踊っている、という体験になる。Anadol の Wind of Boston は、その日のボストンが風の強い日であるという情報であると同時に、その情報を絵画として享受する余裕を与える。実用と表現が同じ画面の上で重なる、というのは、サイネージという媒体に固有の編集可能性であり、これを最も上手に使っているのが、時計アートと天気アートの作家たちである、と整理し直すことができる。

これは中国の都市政策との関係でも、興味深い対応を示している。Raven Kwok の《time++》が常設された莘庄は、上海・閔行区が長年「副都心」として開発してきた地下鉄1号線南端の主要結節点であり、TODTOWN(莘庄綜合交通枢紐)は、駅とバスターミナル、商業施設、住宅塔群を一体化した中国型の TOD(交通指向型開発)の代表事例として知られる。そこに、二十四時間稼働の時計アートが組み込まれているという事実は、中国側のサイネージ × アート計画が、欧米のフラッグシップ広告クラスタ(タイムズスクエア、ピカデリー・ライツ等)とは別の論理——交通結節点における日常通過動線への組み込み——で進んでいることを示している。

時報番組ではなく時報状態を

ここまで見てきた時計アート/天気アートの系譜は、常設サイネージの編成を考える上での一つの参照軸になる。

従来のメディア用語に従えば、サイネージ上の編成は「時報番組」「気象番組」と呼ばれる時間ブロックの連結になる。九時の時報、九時三分の天気予報、九時五分の通常広告。常設サイネージの編成は、必ずしもこの時間ブロックの区切り方をそのまま継承する必要はない。むしろ、Raven Kwok や Refik Anadol が示しているのは、時報番組ではなく時報状態を、気象番組ではなく気象状態を運用するという、別の編成原理である。

時報状態とは、画面の地が常に時刻として更新され続けている運用のことである。気象状態とは、画面の地が常にその場所の天候として更新され続けている運用のことである。その上に、月替わり、季節替わり、イベント連動の「番組」が点景として降りる。地と点景の二層構造において、地は時計と天気が引き受け、点景は編集判断が決める。

この構造は、常設サイネージの編成を組み立てるときに、配信プログラムの「地」をどう設計するかという問いに対する、ひとつの工学的な解である。すべての時間枠を編集で埋めようとするのではなく、時計と天気という最も自然な常駐モチーフに地を任せ、編集判断のリソースは点景の側に集中投下する。サイネージ網の規模が大きくなればなるほど、この「地と点景の分業」は運用上の必然になっていく。

展望

本稿で取り上げた作品群は、サイネージ天気/時計アートの広いレンジの、入口にすぎない。今後の TENKEI 編集部の取材方向として、いくつかの拡張線を記録しておく。

ひとつは、時計と天気の境界をまたぐハイブリッド作品である。Gan Golan と Andrew Boyd の《Climate Clock》(2020–、ニューヨーク Union Square の Metronome を改修)は、気候変動の臨界点到達までの残時間と、再生可能エネルギー導入率という二つの数値を、十八メートル幅の LED 上で連続表示する。時計の語彙と気象の語彙が、文字通り重なっている公共サイネージ作品として、続編取材の対象にしたい。

もうひとつは、中国の TOD 結節点シリーズである。《time++》が常設された莘庄 TODTOWN だけでなく、杭州・西湖天幕(2023年から Raven Kwok 他のジェネラティブ作家が起用された Digital Float プログラム)、深圳・Glow Shenzhen などを含めた、中国側のサイネージ × アート都市政策の取材は、本誌編集部の今後の重点領域となる。

最後に、東京都内の主要な常設サイネージ拠点(TOKYO NODE LAB、TOP MUSEUM など)が、自らの常駐コンテンツとして、時報状態/気象状態の編集設計をどう手がけていくかは、今後の編集観察の対象として記録しておきたい。本稿の系譜は、その観察の地ならしのための一覧として読んでいただきたい。

二十一時十二分。莘庄の改札を抜けた乗客の頭上で、粒子が静かに更新されている。その更新は、今夜も止まらない。

出典

  1. fig.001Raven Kwok — time++ (TODTIME, 2019)(2019-12)
  2. fig.002Tate,Christian Marclay — The Clock | Trailer (Tate)
  3. fig.003Maarten Baas — Real Time (Schiphol Clock, 2016) | Vimeo(2016)
  4. fig.004humanssince1982,Humans Since 1982 — A Million Times at Changi, 2014–2018 (YouTube)
  5. fig.005Ars Electronica,Yugo Nakamura — Industrious Clock (2001) | Ars Electronica
  6. fig.006Alexis André (@MacTuitui),Alexis André — 720 Minutes, Live Shibuya version (X / Twitter)(2021-12-17)
  7. fig.007Raven Kwok — Time Left Shift 7 (Peak Performance × UCCA Lab, 2023)(2023-01)
  8. fig.008Refik Anadol Studio — Wind of Boston: Data Paintings(2017)
  9. [9]Maarten Baas — Real Time (Collection)
  10. [10]The hands of Maarten Baas’ Schiphol clock are drawn on in real time — Dezeen(2016-07-05)
  11. [11]Christian Marclay — The Clock (2010) | MoMA Collection
  12. [12]Humans Since 1982 — A Million Times (Catalogue)
  13. [13]Refik Anadol Studio — Bosphorus
  14. [14]John Gerrard — Solar Reserve (Tonopah, Nevada) 2014
  15. [15]Olafur Eliasson — The Weather Project (2003)
  16. [16]teamLab — Field of Wind, Rain and Sun (Higashi Osaka)(2024-10)
  17. [17]Outernet — INTERACT: The Rain launches at Outernet London(2025-02-26)
  18. [18]Yugo Nakamura — tha ltd.
  19. [19]Alexis André — 720 Minutes | Art Blocks(2021)
  20. [20]Metronome’s Climate Clock (2020) by Gan Golan and Andrew Boyd — Smith College Climate Lit

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