気象を素材にする — 雨を止め、雲を作り、空を浮かばせる作家たち
Weather as Material: Artists Who Halt Rain, Manufacture Clouds, and Set the Sky Adrift
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廃止された火力発電所の冷却塔。コンクリートの円筒が天を仰ぐように立ち上がり、上部は鈍い灰色の光に開かれている。その静まり返った内側に、ひとつの雲がふわりと浮かんでいる。十秒ほどで消える、本物の雲である。Berndnaut Smilde が二〇一〇年から続けている《Nimbus》シリーズは、教会、礼拝堂、廃工場、洋館、防空壕跡——本来雲が立つはずのない室内空間に、白い積雲を一度だけ立たせ、その瞬間を写真と映像として留める。煙、加湿、室温、光、湿度。ひとつの雲を発生させるためにスタジオが整える条件は、屋外の気象学に劣らず精密で、しかし完成した雲は一回限りで消える。
雲を一回限り作って消すというこの仕事は、奇術として消費するには手間がかかりすぎ、写真記録として残すには本体が刹那的すぎる。Smilde 自身が述べる関心は、雲という現象が室内に立ち上がる「短いひとときの所在」そのものに向いている——「雲が物質として空間を取り、光を反射し、特定の瞬間に成立すること」を、彼は飽くことなく撮り続けてきた。この、気象現象を作品の「素材」として召喚する身振りは、二〇一〇年代以後の現代美術が静かに開拓してきた一群の作家たちに共有されている。
本誌は前号で、サイネージという二十四時間稼働する画面が時計と天気を主題として引き受ける、その編成の系譜を辿った(「天気と時計 — サイネージの常時稼働を引き受ける画面たち」)。あの記事は、画面が気象を引き受ける側の系譜だった。Refik Anadol がボストン・ローガン空港の風データを LED に翻訳し、teamLab が東大阪の草原を実際の風雨に同期させる。画面の側が、気象という外部の更新源を編集対象として組み込む方向の運動である。
本稿はその裏返しを辿る。画面ではなく作品の側が、気象に引き受けられる——気象が起こらなければ作品が成立しない、気象が起こることが作品である、という系譜である。Smilde の人工雲はその純粋形のひとつにすぎない。雨を頭上で止める部屋、千機のドローンが描く夜空の群れ、太陽熱だけで成層圏の手前まで浮かぶ気球、アマゾン奥地の村に置かれた気象観測所からリアルタイムに流れ込むデータが先住民の伝統文様に変換される LED 彫刻、ハリケーンの気圧データから編み出される籐の彫刻。六人の作家(コミュニティ)を順に辿りながら、本誌編集部はこの「気象の中で待たれる作品」の論理を整理したい。
室内に雲を立てる — Berndnaut Smilde
Smilde は一九七八年、オランダ・フローニンゲン生まれ。地元の Frank Mohr Institute(Hanze University)で二〇〇五年に美術修士を取得し、現在はアムステルダムを拠点とする。彼の作品系譜の中で《Nimbus》が始まったのは二〇一〇年。最初の試作は彼自身のアトリエで、安価なスモークマシン一台と加湿器、自然光を頼りに行われた。煙が空気中で粒子として漂うあいだ、室温と湿度の境界に置かれた水滴がそこに付着し、視覚的に「雲」として読み得る塊が短時間だけ成立する——という実験的なセットアップだった。
二〇一二年、TIME 誌は《Nimbus》シリーズを「その年の発明トップ10」のひとつに選出した。これは美術雑誌の年間総括ではなく、技術発明のリストである。アートの文脈の中で生まれた手続きが、「室内に雲を発生させる技術」として工学的にも新規性を認められた、という出来事が、Smilde の仕事の性格を端的に物語っている。雲を作るという行為は、彼にとって表現と実装の両方にまたがる作業であり、両者を切り離すことができない。
シリーズが進むにつれて、《Nimbus》は会場選びそのものが作品設計の一部になっていった。フローニンゲンの聖アンナ教会、ライデンの旧美術館 Museum De Lakenhal、デルフトの王立陶器工房の地下、廃ガス工場、洋館の階段室——いずれも、本来そこに気象現象が立ち上がるはずのない、強い建築的記憶を持った内部空間である。Smilde は会場の梁、柱、漆喰の壁、床の格子模様を入念に観察し、雲がどの高度に、どの大きさで、どの光の角度で立ち上がるべきかを設計する。雲は、その建築の中に一度限り迎え入れられる客人として現れ、十秒後に立ち去る。
この設計判断には、本誌が長く参照してきた**間(MA)**の概念と相通じるものがある。間とは、空けられた空間/時間のことである。教会や礼拝堂の高い天井は、本来「空気のために空けられた空間」として設計されてきた。Smilde の雲は、その空けられた「間」に、雲という現象を「点景」として置く。建築が用意した間に対して、気象現象が点景として降りる、という二層構造である。
雨を頭上で止める — Random International
二〇一二年十月、ロンドン・バービカン・センターの The Curve に、見たことのない展示が現れた。長辺百平方メートルの暗い室内、天井から間断なく水が降っている。来場者は柵の手前で十数分待たされ、ひとりずつ部屋の中央へと案内される。観客が踏み込んだ瞬間、頭上の雨が止む。歩けば雨の停止域が一緒に移動する。立ち止まれば、その上空にだけ円形の乾いた領域が居続ける。Random International の《Rain Room》(2012) であった。
仕掛けは、天井裏に組まれた電磁弁の格子と、空間全体を見渡す 3D トラッキングカメラの組み合わせである。カメラが来場者の輪郭と位置をリアルタイムで把握し、その人物の頭上に当たる電磁弁だけが、雨を遮断するために閉じる。一秒あたり数百回の判定で、人物の移動に追随して停止域が動く。来場者は、降り注ぐ雨の音と匂いに完全に包まれながら、その雨に一切濡れない。Random International は素材表記としてこう列挙する——「水、射出成形タイル、ソレノイドバルブ、圧力調整器、カスタムソフトウェア、3D トラッキングカメラ、鋼梁、水管理システム、グレーチング床」。
バービカンでの初展示の後、《Rain Room》は二〇一三年に MoMA、二〇一五年に上海の Yuz Museum、同年から二〇一七年にかけて LACMA を巡回し、二〇一八年五月、UAE の Sharjah Art Foundation に恒久設置された。Random International が「自分たちの初の常設インスタレーション」と呼ぶこの版は、建築家 Mona El Mousfy 率いる SpaceContinuum Design Studio が、Shape Architecture Practice + Research と共同で設計したパビリオン内に収められている。地下に降りる暗いアプローチを抜けると、二千五百リットルの自浄式リサイクル水が落下し続ける部屋に出る——という、巡回展では実現できなかった建築 × 装置の一体化が実現した。中東で雨が降る、しかも来場者だけが濡れない、という重ねがけの転倒が、装置の意味を別の文脈へと押し出している。
《Rain Room》が雨の現象を「制御可能なもの」として提示する一方で、そこに通底するのは、降雨という更新源それ自体の不可制御性である。雨を止めるためには、まず雨が降り続けていなければならない。電磁弁の停止域が成立するためには、その周囲では雨が落下し続けていなければならない。来場者は、頭上の不在によって、自分を取り囲む雨の濃密な存在を逆光のように知る。気象を装置化することは、気象を消すことではない——むしろ、気象そのものをより強く召喚することなのだ、と作品は語っている。
群れる夜空 — Studio Drift
アムステルダム拠点のアーティスト・コレクティブ DRIFT(Lonneke Gordijn と Ralph Nauta)は、二〇〇七年に《Flylight》という空間装置を発表して以来、ヨーロッパのムクドリ(starling)の大群が夕暮れの空に描く「ムルムレーション」を観察し続けてきた。十年以上の生物学的研究の蓄積を、二〇一七年十二月、彼らは三百機の Intel Shooting Star ドローンに組み込んだ。Art Basel Miami Beach の海岸線上空で、BMW の協賛を得て初公演された《Franchise Freedom》である。
ドローン群はあらかじめ振付られていない。アルゴリズムが各機の位置、近隣機との距離、進行方向、加速度を毎秒数十回更新し、群全体としての形を自発的に組み替えていく。Gordijn と Nauta は、群の方向性に対していくつかのパラメータを与えるが、結果として群がどう動くかを完全に予測することはできない、と公にも明言してきた。鳥の群れと同じく、群は「個の集合」を超えた何かとして振る舞う。
公演はその後、アムステルダム IJ 川上空、Burning Man、Nieuwe Kerk、ニューヨーク・セントラルパーク、台北、ソウル、その他十数都市へと拡張された。最大規模となったのは二〇二三年十月二十一日、セントラルパーク Lake 上空での公演で、ドローンの数は 千機にまで増えた。ニューヨーク市長室、Therme US、Drone Stories、Nova Sky Stories の共同協力体制によって実現したこの夜は、セントラルパークで初めて行われたドローン・アート公演でもあった。
《Franchise Freedom》が「気象に引き受けられる作品」の系譜に位置するのは、ふたつの意味でである。ひとつは、群飛行アルゴリズムそのものが、ムクドリが実際の風や気温に応じて群を組み替える挙動の蒸留であること。気象そのものをアルゴリズムが直接参照しているわけではないが、アルゴリズムの中には観察されたムクドリと、観察された日々の気象とが、不可分に編み込まれている。
もうひとつは、上演の前提として風速・気温・降雨・視程が運用閾値を満たしていなければならないこと——平たく言えば、悪天候では公演が成立しないこと、である。DRIFT 自身のステートメントを引いておく:
— Studio DRIFT — Franchise FreedomsourceThe work explores the nature of decision making within flora and fauna. We have been studying the natural flight patterns of starlings for over a decade and translated these patterns into the proprietary algorithm that drives the drones.
ムクドリは、夕暮れの空気の冷え込み、湿度、太陽の角度、捕食者の存在に応じて群を組む。《Franchise Freedom》はその挙動をデータとして抜き出した上で、夜空という新しい大気層に投入する。気象は、アルゴリズムの「原典」と「上演条件」の両方で作品に関与している。
太陽熱だけで浮かぶ — Tomás Saraceno と Aerocene
二〇二〇年一月二十五日、アルゼンチン北部・フフイ州のサリーナス・グランデス塩湖、海抜三千メートル超の塩の平原を、銀色の楕円形の物体が静かに浮上した。化石燃料、バッテリー、リチウム、太陽光パネル、ヘリウム、水素——いずれも一切使わない。気球の素材は薄い銀色 Mylar 一枚で、内部の空気は太陽光と塩湖からの赤外放射が温める。気球には地元先住民コミュニティと共同で書かれた一文が記されている——「Water and Life are Worth More than Lithium(水と生命はリチウムより尊い)」。パイロットはアルゼンチン人飛行士 Leticia Noemí Marquès。十六分間の飛行で、距離 667.85 メートル、地表からの最高高度 272.1 メートル。Fédération Aéronautique Internationale (FAI) が認定する世界記録を三十二件、同時に塗り替えた。
Saraceno が長年にわたって取り組んできた Aerocene プロジェクトは、彫刻、活動、研究、ソフトウェア、コミュニティを横断する複合的な営みである。出発点は二〇一二年、Saraceno が MIT 客員アーティストとして滞在した際、地球惑星科学科 (EAPS) の気象学者 Lodovica Illari、Glenn Flierl、Bill McKenna との対話から生まれた。気球そのものではなく、気球をどこに飛ばすかを計算するためのソフトウェア——〈Aerocene Float Predictor〉——が最初に作られた。
Float Predictor は、出発地点と希望高度を入力すると、十六日先までの高度別の風速予測を引き当てて、気球が辿るであろう経路をシミュレートする。気象データは気球の燃料ではない——もとから燃料はないからである——が、気球の操縦盤になっている。風がどの高度でどう吹いているかを読み、その高度に気球を上げ下げすることで、操縦士は気球の進路を選ぶ。気象は素材であり、計算対象であり、決定の根拠である。
サリーナス・グランデスでの飛行は、この計算ソフトウェアと、塩湖の地表赤外放射と、その日の太陽の角度と、その時点での大気成層と、先住民コミュニティとの十年に及ぶ協働とが、すべて一点に集まった結果である。三十二件の世界記録は、同時に、リチウム採掘計画によって脅かされる塩湖の生態系への、公的に記録された証言にもなっている。
「気象に引き受けられる作品」のひとつの極限がここにある。気球は気象がなければそもそも浮かばない。地表からの放射熱と太陽光が無い夜に飛ぶことはできない。十六分の飛行は、その日のフフイの大気が許した時間そのものである。
村の風を画面に翻訳する — Refik Anadol × Yawanawá
ここまで「画面の外にいる作家たち」を四人辿ってきた本稿の中に、ひとつだけ画面を持つ作品を入れたい。サイネージ × 気象データの古典的フォーマット——大型 LED に風や気温のリアルタイム値を流す——を全面的に採用しているにもかかわらず、その作品成立の条件が他の四作家と同じ場所にある事例である。Refik Anadol と、ブラジル・アマゾンの Yawanawá コミュニティとの共同制作《Winds of Yawanawa》(2023)。
Anadol スタジオは本誌でも前号(「天気と時計 — サイネージの常時稼働を引き受ける画面たち」)で扱った《Wind of Boston》(2017–)や《Bosphorus》(2018–19)以来、気象データの LED 可視化を主題的に追求してきた。前者はボストン・ローガン国際空港の一年分の風データ、後者はトルコ気象庁が観測するマルマラ海面の三十日分のレーダーデータ。両作品とも、空港インフラや国家気象機関といった、近代的な観測体系の上に成立していた。
《Winds of Yawanawa》はその上流を組み替える。データの出所はアマゾン熱帯雨林の中、Aldeia Sagrada(聖なる村)に設置されたひとつの気象観測所である。
仕組みは明快である。Aldeia Sagrada の気象観測所が風速、突風、風向、気温、湿度、降雨をリアルタイムに記録する。データはアマゾンから人工衛星・クラウドを経由して Anadol スタジオのアルゴリズムに流れ込み、若い Yawanawá の姉妹 Nawashahu と Mukashahu の絵画から抽出された伝統文様の語彙と合成される。サウンドトラックには Yawanawá の伝統歌(chants)が用いられる。完成したデータ彫刻は、八分間で一巡する三本の大型 LED 作品として、二〇二三年七月十三日、ギリシャ・ミコノス島の Scorpios Encounters で初公開された。
注目したいのは、データの「出どころ」が組み替わったことが、作品の意味の全体を組み替えていることである。空港のレーダーが捉える風は、たまたまその空港の上にあった大気の状態である。それを LED で可視化することは、可視化の操作であって、可視化対象との関係そのものを問うわけではない。一方、Aldeia Sagrada の観測所が捉える風は、Yawanawá コミュニティが代々暮らしてきた、リチウム採掘や森林伐採の圧力に晒されている特定の生態系の風である。その風を Anadol が LED にすることは、可視化の操作であると同時に、観測機材の設置場所そのものをめぐる政治的な判断——どこに観測所を置くか、誰がそのデータを使う権利を持つか——を伴う。
経済的な合意のかたちも、それに対応する。Anadol と委嘱主の Impact One は、ジェネシス版 NFT(1,000 点)の売上における自分たちの取り分を全額放棄することを公表し、すべての収益を Yawanawá 主導の Instituto Nixiwaka に渡す仕組みを組み込んだ。資金は Aldeia Sagrada のサステナブルなインフラ整備と、Nova Esperança における教育プログラムに充てられる。最終的に約三百万米ドルが集まったと公表されている。
これは「気象との合意」だけでは記述しきれない出来事である。本稿が最後の節で扱う論点を先取りするなら、これは「気象との合意」と並んで、「気象を持つコミュニティとの合意」が作品の構造に組み込まれている事例なのだ。風を画面に変換する技術系譜(Wind of Boston、Bosphorus)が、データの出所と権利の上流まで遡って組み替えられたとき、サイネージ天気アートはここに来た。Saraceno が塩湖の上空でリチウム採掘問題を空に持ち上げたのと、Anadol がアマゾンの風を LED に流したのとは、表面的には全く違う仕事のように見えて、根っこの判断のところでつながっている。
編み込まれる気象 — Nathalie Miebach
最後に、画面でもなく屋外でもなく、データそのものを物質に編み込む作家を一人挙げたい。ボストンを拠点とする Nathalie Miebach の仕事である。
彼女の制作は、籠編み(basket weaving)というほぼ前産業的な工芸の文法から出発している。葦、紐、ビーズ、木製の桟。三次元の籠を編む格子そのものを、彼女は気象データの座標系として使う。ハリケーンの気圧の時系列、潮位の上下、雨量、気温、湿度。それぞれが、紐の色、ビーズの位置、葦の角度、桟の長さに対応する。籠の表面に並ぶ色付きビーズの一つひとつが、ある時刻のある観測点のある気象要素を表している。
Miebach の仕事の特異点は、編まれた籠が同時に楽譜でもあることである。彼女は同じデータセットから、水彩で描かれた楽譜を起こす。色付きビーズは音高に、紐の長さは持続時間に対応する。完成した楽譜は、作曲家の Riley Nicholson や Harrison Ponce との協働を経て、弦楽四重奏 ETHEL らによって実際に演奏される。ハリケーン Sandy の三日間が、籠と、楽譜と、四重奏として、それぞれ別の媒体で同時に成立する。
Miebach の仕事は、LED にも屋外にも依存しない。電源を必要としない。動かない。だがそれでも、これまでに見てきた五人の作家(コミュニティ)と同じ系譜に位置する。気象という、観測することはできても所有することのできない更新源を、作品の素材として引き受けているからである。Smilde の雲、Random International の雨、Studio Drift の群、Saraceno の風と日射、Yawanawá の村に吹く風——そして Miebach の編まれたハリケーン。媒体はそれぞれ異なるが、いずれも気象が来なければ作品は成立しない。
「来るかどうか分からないもの」を素材にする
ここまで六つの仕事を辿ってきた。媒体は、室内の雲、暗室の雨、夜空のドローン群、塩湖の気球、アマゾンの村と LED 彫刻、机上の籠と楽譜と、見事にばらばらである。それでも彼らが同じ系譜に属していると本誌編集部が考えるのは、六つの作品が共有している、ある根本的な制作上の判断のためである。
気象を、再現の対象ではなく、不可制御の素材として扱う——その判断である。
サイネージ天気アートが画面の上で気象を可視化するとき、対象は基本的に「読まれるべき情報」である。風速十二メートル、降水量五ミリ、気温二十一度。これらの数値は更新されるが、可視化の方法はあらかじめ設計されている。本誌が前号で扱った Refik Anadol《Wind of Boston》の四つの楽章は、その日の風が強くても弱くてもいいように、表現の幅をあらかじめ用意している。気象が「来ない」ことは想定されない。LED は常時稼働しているからである。
ここで取り上げた仕事の場合、これが反転する。気象が来ない可能性、あるいは気象がどう来るか分からない可能性が、作品の側にとって最も重要な変数になる。Smilde の雲は、その日のスタジオの空気が乾燥していれば成立しない。Random International の雨は、上水道が停まれば落下しない。DRIFT の群は、突風が出れば公演自体が中止される。Saraceno の Pacha は、その日のフフイの大気成層が、太陽が、塩湖の放射熱が、すべて整わなければ十六分という時間は刻まれない。Anadol × Yawanawá の LED は、Aldeia Sagrada の観測所がデータを送り続ける限りでのみ動き続ける——観測所がどうなるかは、その村が今後どうあり続けるかと不可分である。Miebach の籠は、ある夏のハリケーンが起こったから、その夏のデータが彼女の手に届いたから、成立している。
これは作品をリスクに晒すという話ではない。むしろ、気象の不確定性そのものを作品の構造に組み込むという、編集判断である。再現できない一回性、所有できない更新源、所有しないことの倫理——これらは、本誌が長く参照してきた**点景(TENKEI)**の概念と深く響き合う。山水画における点景は、風景に立ち上がる小さな一回限りの存在のことである。同じ場所に二度立つことはできない。
サイネージという媒体の常時稼働性が、画面の側に時計と天気を「地」として引き受ける編集を可能にしたとすれば、ここで紹介した六つの仕事は、画面を持たないか、画面を破棄したか、あるいは画面を持ちつつもその上流に画面を持たない共同者を据えている。彼らが採用しているのは、気象の側が作品を訪れたときにのみ成立する、別の編成原理である。これを本誌編集部は仮に「気象との合意」と呼びたい。作家が気象を所有・制御するのではなく、気象が起こったときに作品の側がその気象を引き受ける準備をしておく、というあり方である。
Saraceno と Anadol × Yawanawá の事例は、その先に「気象を持つコミュニティとの合意」というもう一段の運用原理が伸びていることを示している。気象は誰のものでもないと言いやすいが、ある特定の気象観測所、ある特定の生態系、ある特定の塩湖は、すでに先住民コミュニティが代々暮らしてきた場所に置かれていることがある。そこで観測されたデータを作品にすることは、可視化の技術問題であると同時に、データの権利と収益の分配をどう設計するかという編集判断にもなる。気象アートが画面の中でも外でも成熟しつつある今、この問いは無視できなくなってきている。
展望 — 画面の外、もしくは画面と並んで
サイネージ × アートを主題に据える本誌の文脈で、なぜ画面を持たない作家たちを並べたのか。理由を最後に書き残しておく。
第一に、kei:候 という編集カテゴリ——気候や季節を作品成立の条件とする系譜——を整理する作業は、サイネージ上の天気アートだけを扱っていては片付かない、ということを記録しておきたかった。Anadol の風データ絵画と Smilde の屋内雲とは、表面的には全く違う媒体でできているが、両者を支えているのは「気象に画面/物質が先立たれている」という共通の編集判断である。前者は LED の側に、後者は煙の側に、その判断が形を変えて立ち現れている。
第二に、近年のサイネージ系メディアアートが、これら「気象との合意」型の作品から、運用設計の側面でかなり多くを学んでいる、という観察を残したい。Random International《Rain Room》の Sharjah 常設は、二〇一八年以降、来館者数に応じて部屋を区切る運用や、メンテナンス時の水循環の停止プロトコルなど、巡回展時代には存在しなかった「常駐運用のディテール」を蓄積してきた。これは、サイネージのコンテンツ運用が直面しているのとほとんど同じ種類の課題である——いかにして、観客と装置の双方を、長期にわたって健全に運用し続けるか。気象を扱う作品の側で蓄積されたこの種の運用知見は、サイネージ × 気象のプロジェクトに直接転用できる資産になるはずである。
第三に、本誌編集部が今後深掘りしたい主題として、これら五作家のいずれかが、サイネージのような常設画面と組み合わさったときに何が起こるかを記録したい。たとえば、Saraceno の Float Predictor が予測する気球軌跡を、出発地点近傍のサイネージにリアルタイムで投影する、というような実装は、まだ広く実装されているとは言い難い。気象を素材化する作品系譜と、気象を可視化するサイネージ系譜とが、ひとつの場所で同時に走るとき、街の風景には新しい種類の点景が現れる可能性がある。本誌はその瞬間を待ちたい。
塩湖の上空、十六分間の気球の沈黙のあいだ、Aerocene Pacha は何も書かずに浮かんでいた。気球の銀色の表面が太陽を反射し、塩の地面はそれを下から見上げた。あの十六分は、気象がその場所を訪れた時間そのものだった。気象が訪れる限り、それを引き受ける作品の系譜は続いていく。
出典
- Peacock Visuals,Berndnaut Smilde — Nimbus Powerstation (Vimeo)
- NeueHouse,Berndnaut Smilde — Nimbus at NeueHouse (YouTube)
- Rain Room by Random International (2012) — Vimeo(2012)
- Studio DRIFT,Franchise Freedom — an Artwork by Studio Drift (Vimeo)
- Franchise Freedom — Central Park (YouTube)(2023-10-21)
- Studio Tomás Saraceno,Vuela con Aerocene Pacha — de Tomás Saraceno (YouTube)
- Refik Anadol Studio / Yawanawá Community / Impact One,Winds of Yawanawa — Teaser (YouTube)(2023)
- Nathalie Miebach — Art made of storms (TED, 2011)(2011-10-21)
- Houston Center for Contemporary Craft,Nathalie Miebach — The Water Line (YouTube)
- Berndnaut Smilde — Biography
- Berndnaut Smilde — Wikipedia
- Random International — Rain Room (Studio page)
- Rain Room at Sharjah Art Foundation(2018-05)
- Sharjah Arts Foundation creates permanent home for the Rain Room in UAE — Dezeen(2019-11-19)
- Franchise Freedom — Studio DRIFT project page
- Franchise Freedom at New York Central Park — Studio DRIFT(2023-10-21)
- Aerocene — an open community
- Fly with Aerocene Pacha — Aerocene Foundation(2020-01-25)
- Aerocene solar balloon gains 32 world records in 16 minutes — FAI(2020)
- Aerocene Float Predictor — MIT CAST
- Tomás Saraceno — Studio
- Refik Anadol — Winds of Yawanawa (Studio page)
- Impact One — Winds of Yawanawa commission(2023)
- Refik Anadol collaborates with Brazil's Yawanawá people on Amazon rainforest data sculpture — designboom(2023-07-30)
- Winds of Yawanawá — Scorpios Stories(2023-07-13)
- Nathalie Miebach — Artist Statement
- Q&A: How do you weave data into art? — UVA Today
- 本誌関連記事 — 天気と時計 — サイネージの常時稼働を引き受ける画面たち