画面がひらいて人があらわれる — タイムズスクエア TSX Broadway、86,000ポンドの舞台扉
When the Screen Swings Open: TSX Broadway and the 86,000-Pound Stage Doors of Times Square
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タイムズスクエア、ブロードウェイと7番街が交わる斜めの交差点。世界でもっとも密度の高い映像の壁が、四方から観光客を取り囲んでいる。そのなかで、47丁目側に面した九階分のLED面は、夜のあいだも他の広告面と見分けがつかない。流れる商品ロゴ、回るブランドカラー、平らに発光する一枚の画面。ところが2023年7月18日の夜、その画面の一部が、ゆっくりと前へせり出して割れた。86,000ポンドのLEDの扉が、油圧のヒンジで約15秒かけて左右に開く。なかから現れたのは映像ではなく、ギターを抱えた一人の人間だった。Post Malone。地上30フィートの高さに、街路へ向かって突き出した舞台が、画面の内側から姿を見せた瞬間である。
この建物は、もとは TSX Broadway と呼ばれていた。2024年の竣工とともに「The Square」へと改称されたが、画面と舞台からなる装置の部分は依然 TSX のブランドで運用されている。1568ブロードウェイ、46階建ての複合タワー。開発は L&L Holding(出資パートナーに Fortress Investment Group)、外装デザインを Perkins Eastman、設計監理を Mancini Duffy が担い、内部に抱える1913年開業の歴史的劇場 Palace Theatre の内装は Platt Byard Dovell White が引き受けた。
この建物の工事には、装置の主題を先取りするような一場面がある。タワーを建てるにあたり、Palace Theatre の客席そのものを取り壊さず、約30フィート(9.1メートル)持ち上げたのだ。2022年1月に始まったジャッキアップは同年4月5日に完了し、1913年の劇場は空中に据え直された。地上の劇場が30フィート宙に浮き、その後、ちょうど30フィートの高さに舞台が街路へせり出す——「持ち上げられた劇場」という主題が、建築と画面の二度にわたって反復されている。
装置としての画面
LED面が初めて点灯したのは2023年1月。施工は屋外大型LEDを手がける SNA Displays で、同社の EMPIRE Exterior 製品群が、主画面・舞台のマーキー・舞台扉そのもの・建物中腹の大型面・屋上を超えて伸びる「クラウン」の五要素に展開している。タワーの南東角を巻き込むように曲面で回り込む発光面は、総計で約18,000平方フィートに及ぶ。
主画面の数値が、この装置の性格をよく語っている。画素ピッチは8ミリ、解像度は3,480×7,440、画素数にして約2,590万。タイムズスクエアの歴史上もっとも高精細な画面である。広告の街区において「もっとも細かい画面」を名乗ることには、明確な含意がある。粗いLEDは遠くから眺める看板にしかなれないが、画素が細かくなるほど、画面は近接した鑑賞——人の表情や、舞台上の身体のディテール——に耐えられるようになる。装置が「看板」から「舞台の背景幕」へと役割を移すための、解像度上の準備が整えられている。
そして装置の核心は、その画面が物理的にひらくことにある。4,000平方フィートの舞台が、地上30フィート、ダフィー・スクエアに面して街路の上に張り出す。普段それを覆い隠しているのが、86,000ポンドのLEDの扉だ。製作は舞台機構を手がける Show Canada Industries。閉じているとき、扉の表面は周囲の画面と継ぎ目なく連続し、ただの発光する壁にしか見えない。開くとき、画面の一枚が前へ割れて、内側から物理的な空間と人の身体が立ち上がる。映像の面が、容れ物(器)へと反転する瞬間である。
Post Malone の披露公演から四ヶ月後の2023年11月9日、同じ扉が BTS の Jung Kook のために開いた。アルバム『GOLDEN』のサプライズ公演で、画面の内側から現れた歌手が、街路に集まった群衆と、オンライン配信の二十八万を超える視聴者に向かって歌った。装置の二面性は、ここで一度きりの仕掛けではなく、反復可能な興行フォーマットとして確立される。閉じれば最高精細の広告面、開けば空中の舞台。同じ表面が、一日のなかで容れ物の口を開いたり閉じたりする。
表面に穴を開ける二つの方法
タイムズスクエアという街区を「展示」の枠組みで考えるとき、画面の表面に切れ目を入れる方法には、性格の異なる二つがあることに気づく。
ひとつは、すでに本誌が別稿で論じてきた Times Square Midnight Moment である。タイムズスクエア内の九十二面を超える広告画面が、毎晩23時57分から24時00分までの三分間、一人の作家の映像へ同期して切り替わる。2012年から続く、世界最大かつ最長の屋外デジタル公共アートのプログラムだ。これは画面の表面を物理的に開けるのではなく、広告のスケジュールという時間軸に「間」を開ける方法である。二十三時間五十七分の商業占有のなかに、三分間だけ別の論理が通される。画面は平らなまま、流れるコンテンツの種類が入れ替わる(この仕組みと、ロンドン発のグローバル同期網との対照は「20時26分の三分間」で詳しく扱った)。
TSX が示すのは、もうひとつの方法だ。時間ではなく、表面そのものに穴を開ける。画面の一枚が割れて、平面の奥行きのなかった発光面から、物理的な舞台と人の身体が前へ出てくる。Midnight Moment が画面を平らなまま保ったまま中身を入れ替えるのに対し、TSX は画面を立体的にこじ開けて、映像の論理を身体の論理へ明け渡す。前者が時間的な「間」なら、後者は空間的な「間」である。同じタイムズスクエアの画面群が、二つの異なる方向から、商業の壁に切れ目を入れている。
だれの顔が映るのか
TSX の装置には、舞台扉とは別の、もうひとつの開口がある。PixelStar と呼ばれる仕組みで、一般の人間が40ドルで15秒間、この画面に自分の映像を流すことができる。サービスは大晦日に始動し、初日には111の国から人々が枠を予約して、自分の15秒をタイムズスクエア最大級の画面に投じた。中国の VTuber やSNSユーザーが枠を買い占める現象も起きた。タイムズスクエアの広告枠は通常、15秒のスポットを20回流して500ドルからとされる。その水準に対して、40ドルという価格は、画面の表面を一般の顔へと開く意図を持っている。
舞台扉が「画面の内側から身体を出す」開口だとすれば、PixelStar は「画面の表面に外側の顔を呼び込む」開口である。方向は逆だが、どちらも、平らな広告面を、特定の身体が立ち現れる場所へと変える操作だという点で共通している。装置の設計思想は一貫して、画面を「見るもの」から「だれかが現れるもの」へとずらすことに置かれている。
街路の上の点景
ここで「間」と「点景」という対概念に立ち返ると、この装置の輪郭がはっきりする。Midnight Moment が広告の時間に三分間の「間」を空けるのと同じように、TSX の舞台扉は画面の表面に物理的な「間」を空ける。86,000ポンドの扉が左右へ割れて、平面だった発光面に奥行きの裂け目が生まれる。そして、その空けられた場所に立ち上がるのが、地上30フィートの舞台に現れる一人の身体——すなわち「点景」である。
山水画に描き込まれる人物や舟が、風景を占有せず、ただ風景に意味と方角を点すように、タイムズスクエアの画面の内側から現れる身体は、世界でもっとも巨大な商業画面の壁に、一時的な焦点を与える。Post Malone のギター、Jung Kook の歌声、あるいは40ドルで15秒を買った見知らぬ誰かの顔。装置が開くたびに、平らな映像の壁に、人がいる一点が穿たれる。扉が閉じれば、何事もなかったように画面は最高精細の広告面へ戻る。
商業画面が街区を埋め尽くす場所で、画面を永続的にアートで占有しようとすれば、量においても費用においても勝ち目はない。だからこそ TSX は、画面を別の用途で「常時占有」するのではなく、ひらく装置として設計されている。普段は最高精細の広告面として商業の論理を回し、必要なときだけ、表面に身体ぶんの裂け目を開ける。短く開いて、また閉じる。その開閉のリズムこそが、この装置が単なる大型ビジョンと袂を分かつところであり、画面を「器」として読むべき理由である。閉じているあいだは見えない奥行きが、開くたびに、街路の上に一つの点景を点していく。
出典
- POST MALONE - ENOUGH IS ENOUGH - LIVE AT TSX - Times Square, NYC - OFFICIAL VIDEO(2023-07)
- Jung Kook Live at TSX, Times Square (BANGTANTV)(2023-11)
- Artist Leo Villareal on Nov 2025 Midnight Moment "Pixel Dust" in Times Square(2025-11)
- Times Square Mega-Spectacular at TSX Broadway Sets Trends — SNA Displays
- Post Malone Inaugurates New TSX Stage in Times Square — SNA Displays(2023-07)
- TSX Broadway — Perkins Eastman
- The Square (TSX Broadway) — Wikipedia
- TSX Broadway’s LED Screen Turns On at 1568 Broadway in Times Square — New York YIMBY(2023-01)
- $40 will buy you 15 seconds of fame on one of Times Square’s largest billboards — Fast Company
- Times Square Arts — Midnight Moment
運用カルテ
- 開発 L&L Holding。画面と舞台は TSX ブランド(TSX Entertainment)で運用
- ニューヨーク
- オペレーター委嘱 — 「閉じれば広告面、開けば舞台」の実演イベントを運用側が編成。一般が15秒枠を購入できる PixelStar(40ドル)を併走
- 平時は24時間の広告運用。舞台イベントは不定期(2023年7月 Post Malone、11月 Jung Kook 等)、PixelStar は随時受付
- 主画面はピッチ8mm・3,480 × 7,440・約2,590万画素。86,000ポンドの開閉式舞台扉、地上30フィートに4,000平方フィートの舞台が張り出す
- 2023-01
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