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Cases事例

見つめ返す器 — ピカデリー・ライツ、ヨーロッパ最大の広告面の解剖

The Vessel That Looks Back: Anatomy of Piccadilly Lights

No.
118
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
10分

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ロンドンのピカデリー・サーカスで、北側のビルの角を埋める湾曲したスクリーンを見上げる。コカ・コーラ、サムスン、ヒュンダイ——映し出されているのは、いつもと変わらない広告のシーケンスである。だが見上げているこちらを、その面は静かに測っている。スクリーンの足元に組み込まれたカメラは、交差点を行き交う車の車種・色・燃料の別を読み、信号待ちの群衆のおおよその年齢と性別と、表情までを推定している。何を映すかは、誰がそこに立っているかによって調整される。広告面を見ているつもりの観客は、同時に広告面に見られている。

この、ヨーロッパ最大の一枚を「器(うつわ)」として解剖したい。山水画でいえば、点景の人物や舟を載せる風景そのもの——何を盛るかによって意味が決まる、それ自体は中立な容れ物。ただしピカデリー・ライツという器は、中立であることをやめている。盛られる中身を、器の側が選びにいくからだ。

系譜 — 神経管からひとつのキャンバスへ

ピカデリー・サーカスが光の広告で知られるようになったのは20世紀初頭である。最初の電飾広告が現れたのが1904年、Bovril が初の本格的なネオンサインを掲げたのが1910年。以後この交差点は、商品名の光の集積として国際的な記号になっていく。なかでもコカ・コーラは1954年から一度も途切れずこの場所に在り続け、現在に至るまで最も長く居住するブランドである。初代のサインには一マイル近いネオン管が使われ、重量は二トンを超えたと伝えられる。1998年にはコカ・コーラ枠にデジタルプロジェクターが導入され、2011年までにネオン管はすべて姿を消した。

長らくこの面は、複数のオペレーターが分割して売る「パッチワーク」だった。隣り合う複数のサインが、それぞれ別の契約・別の解像度・別の更新サイクルで明滅していた。この状態を根本から書き換えたのが、所有者である Landsec の主導で2017年1月に始まった改修である。工期を経て同年10月26日、六つに分かれていた面は、継ぎ目のない一枚の湾曲スクリーンに統合された。点灯の瞬間は Facebook と YouTube で生中継された。神経のように分岐していた広告管が、ひとつのキャンバスへと畳み込まれた日である。

fig.001ピカデリー・ライツの DeepScreen による3D表現(Capital One、制作:Fold7)。湾曲した一枚の面に数理的な遠近補正(アナモルフォーシス)をかけ、特定の視点から見ると映像が画面から飛び出して見える。器が獲得した「奥行きを偽装する」能力の典型例。A DeepScreen anamorphic 3D execution on Piccadilly Lights (Capital One, by Fold7). Forced-perspective math makes the image appear to break free of the flat, curved surface.© Fold7 / Ocean Outdoorsource

器の解剖 — 783.5平方メートルが見ている

統合後のスクリーンは、横44.62メートル・縦17.56メートル、面積にして783.5平方メートル。テニスコートより広い一枚として、ヨーロッパ最大の広告面とされる。製造は米サウスダコタの Daktronics。画素ピッチ8ミリ、解像度は5,490×2,160で4Kを超え、画素数はおよそ1,100万、5,500枚の LED タイルで構成される。各タイルは IP67 防水で、想定寿命は10万時間。表示色は約281兆色におよぶ。専用の200Mbps 光ファイバーと Scala のコンテンツ管理基盤がこれを駆動し、明るさは環境光センサーで昼夜に応じて自動調整される。24時間、止まらない。

この巨大な一枚は、ひとつの面でありながら複数のブランドを同時に成立させる編成のうえに運用されている。統合時の居住ブランドはコカ・コーラ、サムスン、ヒュンダイ、L'Oréal Paris、eBay、Hunter、Stella McCartney。基本となるのは六枠のグリッドで、各ブランドの位置は約90秒ごとに入れ替わり、どの枠も平等に巡回する。さらに一時間に一度、各ブランドには画面全体——最大で550平方メートル、面の七割——を約40秒間まるごと占有する「テイクオーバー」が割り当てられる。分割と統合を、時間軸の上で往復させる設計である。

そして器は、外界に反応する。点灯当初から組み込まれた「ライブデータハブ」は、天候や気温に応じて表示を変え、ソーシャルメディアのフィードを取り込む。加えて前述のカメラ群が、通過する車両の特徴と、歩行者のおおよその属性・表情を解析し、その場の観客に合わせて広告を差し替える。器が中身を選ぶ、と冒頭で書いたのはこの仕組みのことだ。容れ物が、何を容れるべきかを判断する側に回っている。年間およそ1億人がこの交差点を通過し、運用側の集計では年間2億6,000万のインプレッションを生み、通行人の五人に一人がこの面を写真に撮るという。見られるために最適化された面が、見ることによって最適化を完成させる。

編集視点 — 中立でない容れ物

なぜ TENKEI が、この圧倒的に商業的な装置を「展示」のフレームで扱うのか。理由は、ピカデリー・ライツが器という主題を最も純度高く体現しているからだ。

CIRCA とグローバル同期スクリーン網を扱った稿で見たように、この面は毎晩わずか数分間、Landsec が時間を「寄贈」することで現代美術の発表面に変わる。Landsec はその際、「スクリーンで作家を紹介することは、その作家の見解やメッセージへの賛同を意味しない」と明確に距離を置く。器はあくまで器であり、盛られた中身の意味を引き受けない、という宣言である。一日の大半を埋める商業のシーケンスと、寄贈された数分間の作品——同じ783.5平方メートルが、論理の異なる二種類の中身を、何事もなかったかのように受け止める。

ここに器という概念のすごみと不気味さが同居する。器は本来、中身に対して中立であるはずだった。山水画の風景が、そこに描き込まれる点景の舟や旅人を選ばないのと同じように。ところがピカデリー・ライツは、カメラで群衆を測り、天候を読み、車を識別して、盛る中身を能動的に選別する。中立な容れ物が、嗜好を持つ容れ物に変わっている。DeepScreen のアナモルフォーシスが平面に奥行きを偽装するように、この器は「ただの面」であることを偽装しながら、その実、観客を解析する主体として働いている。

「間(あいだ)」と「点景」という対概念で言えば、商業のシーケンスのなかに数分の「間」が空けられ、そこに作品という「点景」が点る——という読みは、すでに前掲の稿で書いた。本稿はその一段下、点景を載せる風景=器そのものの側に視点を移している。器が中立でなくなったとき、そこに点る点景は、誰の風景の上に立ち上がっているのか。広告主のための風景か、観客のための風景か、それとも風景自身のための風景か。ピカデリー・ライツは、その問いを湾曲した一枚の面として、毎晩ピカデリー・サーカスの空に掲げ続けている。

展望 — 観客を読む面の時代に

ピカデリー・ライツが2017年に提示したのは、単なる大型化ではなく、「観客を読み、外界に反応する広告面」という器のひとつの完成形だった。以後、屋外大型ビジョンにおける3D表現(アナモルフォーシス)や、観客の反応を取り込むインタラクティブ配信は、各地のスクリーンへ波及していく。器の能力が上がるほど、そこに何を盛るかという編集判断の重みも増す。最も商業的に研ぎ澄まされた器が、同時に最も注目される発表面になりうるという逆説を、この一枚は体現している。

街の風景に点景を点すとき、その風景がこちらを見つめ返してくるかもしれない——ピカデリー・サーカスの夜は、そういう時代の入口を、ヨーロッパで最も多く写真に撮られる一枚として静かに告げている。

出典

  1. fig.001'One Good Thing' Capital One — DeepScreen, Piccadilly Lights (Fold7 / Ocean Outdoor)
  2. [2]Piccadilly Lights — The Screen (Official)
  3. [3]Piccadilly Lights — Landsec (Owner)
  4. [4]The Venue, Piccadilly Lights — Ocean Outdoor (Operator)
  5. [5]Piccadilly Lights' screen spectacular — AV Magazine (specifications, 27 Oct 2017)
  6. [6]Piccadilly Circus billboard uses recognition technology to deliver targeted adverts — Dezeen
  7. [7]Piccadilly Lights: 110 years of an ad landmark — Campaign
  8. [8]Celebrating 5 years of the new Piccadilly Lights — Ocean Outdoor (footfall / impacts)
  9. [9]The Piccadilly sign: how Coca-Cola found a home at Piccadilly Circus — Coca-Cola GB

運用カルテ

運営主体
所有 Landsec / 運用 Ocean Outdoor
掲出地
ロンドン
編成モデル
広告枠の時間譲渡 — アート枠は Landsec が毎晩数分の時間を「寄贈」して成立(CIRCA)。「作家の見解への賛同を意味しない」と運用側は距離を明示
稼働リズム
24時間の広告運用(6分割グリッドが約90秒で巡回、毎時約40秒の全面テイクオーバー)+毎晩数分のアート枠
物理仕様
44.62m × 17.56m(783.5㎡)、解像度5,490 × 2,160・約1,100万画素、LEDタイル約5,500枚
運用開始
2017-10
稼働状態
稼働中 — 現行の継ぎ目のない一枚面は2017年10月26日点灯(Landsec 主導の統合改修)

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