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額縁を外した先で — Frameless London と、肖像が動きだす夜

After the Frame Comes Off: Frameless London and the Portraits Brought to Life

No.
128
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
11分

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ロンドン、マーブル・アーチ。地上の喧噪から階段を降りると、柱のない暗い大空間がいくつも連なっている。ある夜の一室では、壁いっぱいに広がった肖像が、こちらを見据えたまま、まばたきをする。ネルソン・マンデラ、エイミー・ワインハウス、ウィリアム・シェイクスピア——額の中で静止していたはずの顔が、床から天井まで引き伸ばされ、息をし、語りはじめる。施設の名は Frameless(フレームレス)。文字どおり「額縁のない」美術館である。

本稿が辿るのは、この施設が「額縁を外す」という単純な操作を、どこまで押し進めたのかという問いである。本誌はすでに、パリの旧鋳物工場で古典絵画を空間に投影する Atelier des Lumières を「没入美術館という興行」として見てきた。Frameless はその英国版にあたるが、二〇二四年に英国の国立肖像画美術館(National Portrait Gallery)と長期提携を結んでから、単なる古典絵画の翻案装置ではなくなりつつある。額を外した部屋に、生きた美術館の肖像が招き入れられたとき、何が起きるのか。

fig.001国立肖像画美術館との共作《Stories – Brought to Life》。Blank Canvas ギャラリーで、収蔵肖像が壁面いっぱいに動きだす。二〇二六年五月開幕。Stories – Brought to Life, made with the National Portrait Gallery — collection portraits animated across the walls of the Blank Canvas gallery. Opened May 2026.© Frameless Creative / National Portrait Gallerysource

額のない部屋という発明

Frameless が開いたのは二〇二二年十月七日。マーブル・アーチに面した地下に設えられた、およそ三万平方フィート(約二千八百平方メートル)の空間で、英国で初めての常設・大規模デジタル没入施設をうたう。物件はもともと柱のない巨大な箱を複数並べる設計で計画されており、その「柱のない大空間」がそのまま投影面の条件になった。

技術の中核は投影と音響にある。Panasonic の三チップ DLP レーザープロジェクタを五十台以上、四億七千九百万画素・百万ルーメンの光で壁・床・天井を継ぎ目なく覆い、百五十八台のスピーカーが空間全体を音で満たす。複数のプロジェクタの像を重ね合わせて建築の内側を一枚の連続した画像に変える手法そのものは、没入施設の標準的な語彙である。観客は絵を一定の距離から「見る」のではなく、絵の「中に立つ」。

ここに、本誌が「画(GA)」と呼ぶカテゴリの一つの極がある。絵画は本来、矩形の額に囲われた平面だった。額縁は、見る者と見られる絵のあいだに境界を引く装置である。Frameless はその境界を取り払い、画像を建築の全面へと裏返す。施設の名前そのものが、この操作の宣言になっている。

ただし Frameless が Atelier des Lumières と決定的に違うのは、空間が一つの大広間ではなく、性格の異なる複数の部屋に分かれている点である。常設の展示は四つのギャラリーに編まれている。シュルレアリスムから象徴主義までを遠近法を歪めた設計で見せる《Beyond Reality》、印象派をモーショントラッキングで観客の動きに反応させる《Colour in Motion》、世界の都市と風景を巡る《The World Around Us》、抽象絵画を多層の迷路として体験させる《The Art of Abstraction》。カンディンスキー、モネ、ダリ、ファン・ゴッホ、カナレット、レンブラント、クリムト——二十数名の画家による四十点を超える名画が、部屋ごとに異なる空間論理のもとで翻案される。一巡しておよそ七十分。一枚の壁に同じ絵を反復するのではなく、観客は性格の違う「画」の部屋を歩いて渡っていく。

fig.002四つのギャラリーを巡る常設プログラム。床・壁・天井が継ぎ目なく一枚の画像に変わり、観客は絵の内部を歩く。The permanent programme across four galleries — floor, walls and ceiling fused into a single seamless image, with visitors walking inside the picture.© Frameless Creativesource

興行と演出の出自

Frameless を成り立たせているのは、美術館の系譜ではなく、興行と演出の系譜である。最高経営責任者の Richard Relton は、スポーツ・イベント・ホスピタリティの畑を歩いてきた人物だ。最高クリエイティブ責任者の Scott Givens は、二〇一二年ロンドン五輪の開閉会式を手がけた制作集団 FiveCurrents を率いる。最高技術責任者の Simon Kentish、創業パートナーの Andrew Wells が技術と事業を支え、絵画の選定と解釈は ArtscapesUK の Rose Balston と Rosie O'Connor が美術史の側から担う。音響は Autograph Sound、システム統合は Creative Technology が請け負った。

つまり Frameless は、五輪セレモニーのスケールで「観客を動かす」演出技術と、美術史的なキュレーションとが、入場料興行という器の上で組み合わされた施設である。素材に古典絵画を選ぶのは、版権処理の負担が小さく、来場者にとって名前の訴求力が強いという、興行モデルとしての合理性も働いている。Atelier des Lumières がパリの産業遺構を「見出して」転用したのに対し、Frameless はロンドンの地下に没入を目的として設計された箱から出発した。遺構の記憶を借りるのではなく、最初から空白の器として用意された空間に、画像を充填する。

fig.003夜間はイベント会場としても貸し出される。展示の絵が退いたあとの空間は、画像を待つ空白の器に戻る。At night the space is also hired out as an events venue — once the artworks recede, the room returns to an empty vessel awaiting an image.© Frameless Creativesource

その器は、展示時間が終われば別の用途にも開かれる。Frameless は夜間や貸切でイベント会場として運用され、企業や外部の制作者へ向けた没入コンテンツの制作受託も手がける。常設の四ギャラリーとは別に、内容を入れ替えられる「Blank Canvas(白紙のキャンバス)」と名づけられた可変のギャラリーを備え、そこで作家レジデンシーや外部機関との共作を回している。空けられた一室を、季節ごとに別の中身で点していく仕組みである。

生きた美術館との共作

その Blank Canvas ギャラリーに二〇二六年五月二十一日、国立肖像画美術館との共作《Stories – Brought to Life》が入った。これは単発の企画ではない。二〇二四年十二月十一日、国立肖像画美術館は Frameless と長期提携を発表し、英国の美術機関に着想を得た本格的な巡回型没入展示としては初という《National Portrait Gallery Unframed》を共同制作することを明らかにした。巡回展はまず二〇二五年五月、グレーター・マンチェスターのメディアシティで初演され、映像制作は Cinesite が担った。

Frameless 内の《Stories – Brought to Life》は、その提携の都市常設版にあたる。六世紀にわたる肖像コレクションから、エリザベス二世女王、ネルソン・マンデラ、ウィリアム・シェイクスピア、エイミー・ワインハウス、マララ・ユスフザイの五人の生涯を、約十五分の没入体験へと翻案する。通常の入場券に追加料金なく含まれる。国立肖像画美術館で番組・提携・コレクションを統括する Rosie Wilson は、提携の狙いをこう述べている。

これらの物語をギャラリーの壁の外へ持ち出し、新しく革新的な方法で生き生きと立ち上がらせることを可能にしてくれる。

Museums + Heritage Advisorsource

ここに、Frameless が Atelier des Lumières の延長線上から一歩外れる契機がある。パブリックドメインの巨匠絵画を翻案する没入施設は、いわば「すでに死んだ画家」の作品を素材化する。提供元との交渉も版権処理も最小で済む代わりに、施設は美術史の下流に位置する翻案装置にとどまる。対して国立肖像画美術館との提携は、収蔵品へのアクセスと共同制作を通じて、生きた美術機関の編集判断を施設の側に引き込む。Frameless は名画を「上映する」場から、ひとつの美術館と組んで内容を「制作し、巡回させる」主体へと、その立ち位置を移しはじめている。額を外した部屋が、コレクションの出口ではなく、もう一つの入口になりつつある。

額と点景

額縁を外すという操作には、見落とされがちな副作用がある。額は単なる装飾ではなく、絵と外界を隔てる「間(ま)」の境界だった。その境界を消すと、画像は壁を越えて床に流れ、観客の体の上に落ちる。見る者と見られる像のあいだの「間」が圧縮され、観客はいつのまにか画像の内側に立っている。没入施設が観客に与える昂揚は、この「間」の消失そのものから来ている。

だが「間」が完全に消えた空間では、逆説的に、何ものも際立たなくなる。視野のすべてが等しく画像で満たされるとき、そこには焦点も、図と地の区別も生まれにくい。山水画において、広大な余白——空けられた「間」——があってはじめて、描き込まれた一艘の舟や一人の旅人が「点景」として風景を生かすように、意味を点すには、その周囲に空白が要る。

国立肖像画美術館との共作が興味深いのは、まさにこの点においてである。動きだすのは、風景でも抽象でもなく、ひとりの人間の顔だ。マンデラの、ワインハウスの、シェイクスピアの像が、空けられた一室の壁面に立ち上がる。それは、額を外して空間を画像で満たす Frameless の論理の中に、もう一度「一人の人物」という焦点を——すなわち点景を——置き直す試みだと読める。古典絵画の没入が「間」を消すことで成立していたとすれば、肖像の没入は、消えた「間」の中に人の姿という一点を呼び戻す。

「Blank Canvas」という名の一室は、その意味で示唆的である。白紙のキャンバス、すなわち何も点されていない「間」。その空けられた器に、季節ごとに別の人物や作家が点景として招き入れられ、しばらく振る舞い、また退いていく。額を外して画像で空間を埋め尽くした先で、Frameless が次に向き合っているのは、満たされた画面のどこに人の姿を点し直すか、という古い問いの裏返しなのかもしれない。額縁のない部屋は、額縁が引いていた境界を消した。残ったのは、その消えた境界の中に、どこをどう際立たせるかという編集の問題である。

出典

  1. fig.001FRAMELESS — Stories – Brought to Life(国立肖像画美術館との共作・公式)
  2. fig.002FRAMELESS — The Experience(四ギャラリー・公式)
  3. fig.003FRAMELESS — Immersive Event Venue London(会場貸出・公式)
  4. [4]FRAMELESS — Artist Residencies / Blank Canvas Gallery(公式)
  5. [5]Museums + Heritage Advisor — National Portrait Gallery makes long-term partnership with immersive experience company(2024-12-11)
  6. [6]blooloop — Getting closer to art than ever before at Frameless(技術仕様・運営体制)
  7. [7]Marble Arch London — Frameless Opens 7 October 2022(2022)
  8. [8]FAD Magazine — New 30,000 sq ft digital immersive arts experience to open in London(2022-05-30)

運用カルテ

運営主体
Frameless Creative(2022年開業。CEO Richard Relton)
掲出地
ロンドン
編成モデル
入場料興行 — 常設の入場料興行。古典絵画の没入プログラムを主軸に、Blank Canvas ギャラリーでの作家レジデンシーや外部機関との共作を並走させる
稼働リズム
通年常設、所要およそ70分。Blank Canvas ギャラリーのプログラムは入替制
物理仕様
約2,800㎡(3万平方フィート)の地下空間。Panasonic 3チップDLPレーザープロジェクタ50台超、4億7,900万画素・100万ルーメン、スピーカー158台
運用開始
2022-10
稼働状態
稼働中

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