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Cases事例

絵画が壁を離れるとき — Atelier des Lumières と没入美術館という興行

When Painting Leaves the Wall: Atelier des Lumières and the Immersive Museum as Show Business

No.
115
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
11分

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パリ十一区、かつて鋳物工場だった高い天井の空間に足を踏み入れると、床も壁も柱も、グスタフ・クリムトの金色で覆われている。絵は額の中にいない。観客の足元を流れ、頭上を昇り、隣に立つ人の体の上を滑っていく。三十分ほどのプログラムが一巡すると、金は退き、別の画家の色がまた壁を満たし始める。二〇一八年四月に開館した Atelier des Lumières(アトリエ・デ・リュミエール)は、絵画を壁から引き剥がし、空間そのものに投影する「没入型美術館」の代表格である。

本稿が辿るのは、この施設が「絵画を画面化する」という操作を、興行として組織化した事例だということである。本誌はこれまで、画面が美術館のキュレーションに従う事例(M+ ファサード)や、広告枠を時限で明け渡す事例(Midnight Moment)を見てきた。Atelier des Lumières は、そのどちらとも違う第三の経済——入場料で回る没入体験の興行——の上に立っている。

fig.001Atelier des Lumières の空間紹介映像。旧鋳物工場の高い壁と床に、絵画が途切れなく投影される。観客は画像の内部を歩く。An introduction to Atelier des Lumières — paintings projected without seams across the high walls and floor of a former foundry, with visitors walking inside the image.© Culturespaces / Atelier des Lumièressource

鋳物工場という器

建物は、十九世紀の鋳物工場である。一八三五年に Plichon 兄弟が設立した Fonderie du Chemin-Vert は、海軍や機関車向けの鋳鉄部品を製造し、四世代にわたって稼働したのち、二十世紀前半に閉鎖された。長く眠っていたこの空間を、文化施設運営の Culturespaces が二〇一三年に見出し、賃借して没入展示の会場へと転用した。床面積はおよそ三千三百平方メートル。産業の記憶を留めた高い壁が、そのまま投影面になった。

技術の中核は、Culturespaces が AMIEX(Art & Music Immersive Experience)と名づけて商標化した独自方式である。AMIEX は二〇一二年、南仏レ・ボー・ド・プロヴァンスの Carrières des Lumières(光の石切場)で最初に実装され、その手法を都市型の空間へ持ち込んだのが Atelier des Lumières だった。会場には百四十台規模のプロジェクタと、空間化された音響のための五十台規模のスピーカーが組まれている。複数のプロジェクタの像を継ぎ目なく重ね合わせ、壁・床・柱の区別を消して、空間全体を一枚の連続した画像に変える。

ここに、本誌が「画(GA)」と呼ぶカテゴリの一つの極がある。絵画は本来、矩形の枠に囲われた平面だった。Atelier des Lumières は、その枠を取り払い、画像を建築の内側の全面へと拡張する。観客は絵を「見る」のではなく、絵の「中に入る」。画面の平面が、人を包む空間へと裏返される。

古典絵画を素材にする興行

開館は二〇一八年四月十三日。最初のプログラムは、グスタフ・クリムトの黄金様式を主題とする《Gustav Klimt》だった。演出は Gianfranco Iannuzzi らが手がけ、フンデルトヴァッサーの短編と、Ouchhh による生成的映像《POETIC_AI》が併映された。

fig.002開館を飾った《Gustav Klimt》の告知映像。クリムトの黄金が空間の全面に展開される、Atelier des Lumières の最初のプログラム。The trailer for the inaugural Gustav Klimt program — the painter's gold unfolding across the entire space, the first program at Atelier des Lumières.© Culturespaces / Atelier des Lumièressource

以降、Atelier des Lumières はほぼ年替わりで古典絵画のプログラムを反復してきた。二〇一九年のフィンセント・ファン・ゴッホ、二〇二〇年のモネ/ルノワール/シャガール、二〇二一年のダリとガウディ、二〇二二年のセザンヌとカンディンスキー。著名な画家の代表作を、空間没入の語彙へと翻訳する。すでにパブリックドメインに入った巨匠の絵画は、版権処理の負担が小さく、来場者にとって名前の訴求力が強い。古典絵画を素材に選ぶことは、興行モデルとして合理的な判断でもある。

fig.003《Dalí, the Endless Enigma》(2021)。古典絵画の連作プログラムの一本。空間全体がダリの図像で満たされる。Dalí, the Endless Enigma (2021), one of the recurring classical-painting programs, filling the entire space with Dalí's imagery.© Culturespaces / Atelier des Lumièressource

一方で、これらの長尺プログラムには、現代作家による短い「補完プログラム」が併走してきた。Ouchhh の《POETIC_AI》(2018)、Thomas Vanz の《Verse》(2019)、Nohlab の《Journey》(2020)と《Everything》(2021)、François Vautier の《Recoding Entropia》(2022)。古典絵画の没入展示が集客の主軸を担い、その合間に同時代のデジタル作家の抽象的な映像が挿入される。主と従、保証された名前と新しい実験。二層の編成が、ひとつの空間の上で交代している。

ネットワークとしての光

Atelier des Lumières は単独の施設ではなく、Culturespaces が世界に展開する「Lumières」群のフラッグシップである。運営の Culturespaces は、Bruno Monnier が一九九〇年に設立した民間の文化運営事業者で、ジャックマール・アンドレ美術館やマイヨール美術館の運営も手がけてきた。長くエネルギー大手 ENGIE が筆頭株主だったが、二〇二二年に投資会社 IDI と Chevrillon が買収している。

没入施設のネットワークは、南仏の Carrières des Lumières(二〇一二年)を起点に、Atelier des Lumières(パリ、二〇一八年)、Bunker des Lumières(韓国・済州、二〇一八年)、Bassins des Lumières(ボルドー、二〇二〇年)、Infinity des Lumières(ドバイ、二〇二一年)、Hall des Lumières(ニューヨーク、二〇二二年)へと広がってきた。アムステルダムやドルトムントにも同型の施設がある。それぞれの会場は、旧鋳物工場、石切場、潜水艦基地、貯水槽といった、産業や軍事の記憶を持つ大空間を転用している点で共通する。役目を終えた巨大な「間」が、光の器として再起動される。

Atelier des Lumières は開館初年だけで二百万人を超える来場者を集めたと報じられている。古典絵画という公共財を、産業遺構という器に投影し、入場料で回す。この組み合わせが、美術館とも劇場とも異なる新しい興行の型を作った。

画像の中に立つということ

絵画が額の中にあるとき、観客は一定の距離をとってそれを「見る」。額縁が、見る者と見られる絵のあいだに境界を引く。Atelier des Lumières は、その境界を消す。画像は壁を超えて床に流れ、観客の体の上に落ちる。見る者は、いつのまにか見られる画像の内側に立っている。

この反転は、本誌がこれまで都市スクリーンの事例で見てきたものと響き合う。広告の画面の前を歩く群衆が作品の側から眺められる瞬間、湾の対岸から美術館のファサードを視野の隅に収める歩行者——画面と人の関係は、画面が大きくなるほど、見る/見られるの方向が揺らぎ始める。Atelier des Lumières は、その揺らぎを室内に閉じ込め、確実な体験として商品化した。

ここで点される「点景」は、屋外の街路にではなく、産業遺構の暗い内部に立つ。役目を終えた鋳物工場の高い壁という空けられた「間」に、古典絵画の色が一巡ごとに点され、また消える。同じクリムトが、同じ壁に、毎日繰り返し立ち上がる。Museum of the Future の書が更新を前提としない固定の意味だったのに対し、Atelier des Lumières の画像はプログラムごとに入れ替わる。だが、その更新は美術館のキュレーションのリズムではなく、興行カレンダーのリズムで動いている。何を壁に映すかという問いに、この施設は「集客できる名前を、没入体験として」と答えた。それは新しいメディアの一つの完成形であると同時に、古典絵画を消費する新しい回路でもある。両者を切り分けて見ることが、暗い工場の壁の上で起きていることを正確に捉える出発点になる。

出典

  1. fig.001Atelier des Lumières — Exhibition videos(公式)
  2. fig.002Atelier des Lumières — Gustav Klimt(公式)
  3. fig.003Atelier des Lumières — Dalí, the Endless Enigma(公式)
  4. [4]Atelier des Lumières — History of the place(旧鋳物工場の沿革)
  5. [5]Culturespaces — Our history
  6. [6]Culturespaces — Exhibitions / sites(Lumières ネットワーク)
  7. [7]Barco — Where Barco projectors bring art to life at Atelier des Lumières (2018)(2018-08)
  8. [8]The Art Newspaper — Paris digital art venue Atelier des Lumières is a hit and expanding abroad (2019)(2019-02-22)
  9. [9]The Art Newspaper — Culturespaces opens digital art centres in New York and Dubai (AMIEX)

運用カルテ

運営主体
Culturespaces(1990年設立の民間文化運営事業者)
掲出地
パリ
編成モデル
入場料興行 — パブリックドメインの古典絵画プログラムを主軸に、現代作家委嘱の短編を並走させる二層編成
稼働リズム
プログラムはほぼ年替わり。2018年の開館から継続
物理仕様
旧鋳物工場の転用、約3,300㎡。プロジェクタ約140台・スピーカー約50台(AMIEX 方式)
運用開始
2018-04
稼働状態
稼働中

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