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Cases事例

正時の山水 — ArtScience Museum、ロビーの毎時展示

Shanshui on the Hour: The Lobby Screen of Singapore's ArtScience Museum

No.
135
種別
事例
著者
SCREENS LANDSCAPE 編集部
日付
読了
11分

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正午が近づくと、シンガポール・マリーナベイの蓮形の建築のロビーで、案内表示を映していたはずのLEDが、ふいに別のものへ切り替わる。正時、つまり毎時ちょうど零分。そこに数分間だけ立ち上がるのは、灰色の山々と河のあいだに高層ビル群が密生する、動く一枚の山水だった。観客はチケットを買う前の導線上にいる。展示室の暗闇に沈む前の、まだ街の光が窓から差し込む明るいロビーで、人は足を止め、画面を見上げる。

これは ArtScience Museum がロビーの大型スクリーンで運用する《ArtScience Interlude》という枠である。広告でも案内でもなく、毎正時に上映される時間ベースのメディアアートのプログラム。本誌がふだん街路で追いかけてきた「広告の連続に一瞬の間がひらき、そこに一作が点る」という現象が、美術館の側の、それも入口の案内画面で起きている。

開いた手のかたちをした器

ArtScience Museum は2011年2月17日に開館した。世界で初めて「ArtScience(芸術と科学)」を名に冠した美術館を標榜し、シンガポール最大の私設美術館として、統合型リゾート Marina Bay Sands が運営する。設計はモシェ・サフディ。建築家自身はこのかたちを「シンガポールと世界を迎える、開いた手」と説明した。円形の基壇から十本の指状の構造が伸び、その全体は水面に開いた蓮の花にも見える。

この建築は、光と水を内部に引き込む装置として設計されている。十本の指の先端はそれぞれ天窓になっていて、外光を絞り込んで展示室へ落とす。21の展示室はこうして自然光で満たされる。皿のように窪んだ屋根は雨水を集め、中央のオキュラス(円い開口)から館内のアトリウムへと滝のように落とす。FRP(繊維強化プラスチック)で覆われた躯体は、鋼鉄のダイアグリッドと十本の柱に支えられ、水盤の上に浮かんでいるように見える。約6,000平方メートル(50,000平方フィート)の展示空間は、外殻が建築として完結していると同時に、内側を映像と光で満たされることを最初から待っていた器でもある。

地下の宇宙、ロビーの間

その器は、性質のまったく異なる二つの画面を抱えている。

ひとつは地下にある。2016年に launch した常設展《Future World: Where Art Meets Science》は、館の約四分の一を占め、日本のアートコレクティブ teamLab による15点ほどのインスタレーションで構成される。代表作《Crystal Universe》は、teamLab によれば約17万個のLED光源を空間に吊り、点描画のように無数の光点で三次元の像を結ぶ。来場者はスマートフォンから星を選んで投げ込み、自分の立つ位置がその宇宙の見え方を変える。

fig.001《Crystal Universe》。ArtScience Museum 地下の常設展 Future World の代表作。約17万個のLED光源が点描のように三次元の像を結び、来場者の操作で星が投げ込まれる。Crystal Universe, a centrepiece of the permanent Future World exhibition in the museum’s basement: c. 170,000 LED points form a pointillist, three-dimensional image that visitors alter by casting stars.© teamLabsource

これは画面の枠を消し、観客を環境の内側へ沈める設計である。チケットを払って暗闇に入り、身体ごと作品に包まれる。teamLab が世界十数拠点で実証してきた没入興行のモデルそのものであり、その論理は本誌の別稿(「画面を消すための画面 — teamLab と没入興行のモデル」)で論じた。街を畳んで一個の宇宙を完結させる、閉じた器の側の画面だ。

もうひとつの画面が、地上のロビーにある。《ArtScience Interlude》は、その地下の没入とは正反対の振る舞いをする。それは囲い込まない。観客を呑み込まない。明るい入口に置かれた一枚のスクリーンが、毎日11時以降、毎正時にだけ数分の上映を行い、それ以外の時間は退いている。館はこのプログラムをこう説明する。

毎正時、デジタル作品がLEDスクリーンに流れる——つかのまの、そして長く残る瞬間のための、観想と内省への、ようこその休止として。

ArtScience Museum, Marina Bay Sandssource

「休止(a welcome pause)」という言葉が選ばれていることに注意したい。地下が空間を満たす没入だとすれば、地上のロビーで起きているのは時間に穴をあけることだ。案内表示という日常の運用が連続するなかに、毎時ちょうど、数分の空隙がひらく。

山水のなかの点景

その空隙に何が現れるかが、この枠を本誌にとって特別なものにしている。

ロビーで毎日13時と17時に流れる《A Quiet City》は、上海生まれ(1980年)の作家 Yang Yongliang(楊泳梁)の作品である。彼は伝統的な中国の水墨と書を学んだのち、写真とデジタル合成によって山水画を現代に再構築してきた。遠目には宋代の山水のように見える峰々が、近づくと無数の高層ビルとクレーンと送電塔の集積であることがわかる——megacity が山に、都市の喧騒が河の静けさに織り込まれる。《Glows in the Arctic》(2022年、2チャンネル4K映像、約10分)では、ニューヨーク・上海・香港・パリ・ロンドン・東京といった都市の夜景が、北極のオーロラと山脈の上を飛んでいくように連なる。

fig.002Yang Yongliang《Before the Rain》(2010年)抜粋。彼の動く山水の初期例。静止した山水画が呼吸するように動きはじめ、峰の細部は都市の構造物に置き換わる。ロビーで上映される《A Quiet City》《Glows in the Arctic》はこの実践の延長にある。Excerpt from Yang Yongliang’s Before the Rain (2010), an early example of his moving shanshui: a still landscape begins to breathe while its peaks resolve into urban structures. The lobby works A Quiet City and Glows in the Arctic extend this practice.© Yang Yongliangsource

ここで、本誌の名そのものに立ち返る必要がある。点景(てんけい)とは、山水画のなかに小さく描き込まれる人物や舟や東屋のことだ。広大な山と水の景色は、それだけでは沈黙した自然にすぎない。そこに点された小さな人の影が、初めて景色に尺度と時間と物語を与える。風景を生かすのは、風景の主役ではなく、片隅に点された小さな存在のほうだ——それが点景という古い言葉の含意である。

Yang Yongliang の山水は、その点景を都市そのものに置き換えてみせる。彼の画面のなかで、人の営みの集積であるはずの megacity が、山水の点景の位置に座り直す。そしてその映像が、シンガポールの美術館のロビーという、まさに現代の都市の交差点に置かれたスクリーンに、毎正時、点景のように立ち上がる。古い絵画の約束事が、二重の入れ子になって都市の画面へ戻ってくる。

Interlude が扱うのは彼ひとりではない。シンガポールの作家 Niceaunties は、Zhang Zeduan(張択端)の名高い絵巻《清明上河図》——北宋の都の雑踏を一巻に描いた、点景の集積そのもののような絵——を現代に翻案する。ごみと廃棄物をめぐる6人の作家のアニメーション連作もこの枠で上映されてきた。共通するのは、画面が観客を呑み込むのではなく、観客の前を流れていくという振る舞いだ。山水と絵巻——東アジアの絵画が長く育ててきた「移動する視点」「点として現れる人の営み」が、案内画面の数分間に呼び戻される。

毎正時という編集

ロビーのスクリーンは、本来この建築では脇役の装置である。主役は地下の没入であり、十本の指が落とす自然光であり、サフディの躯体そのものだ。案内画面はふつう、開館時間や順路や注意書きを淡々と流すための、運用の最下層に属する面でしかない。

ArtScience Museum がしているのは、その最下層の運用面に、毎時ちょうどという時計仕掛けの間を挿し込むことだ。広告も案内も止まり、数分だけ一作が点る。来場者の多くはそれを目当てに来たわけではない——チケット列に並び、荷物を預け、順路を確かめる、その途中で、ふと頭上の画面が変わる。街路で人が広告ビジョンの隙間に一瞬の作品を見上げるのと、構造はよく似ている。違うのは、ここではその間が偶然ではなく、毎正時というリズムで編集されていることだ。

本誌は「街そのものを美術館にする」という問いを軸に据えてきた。teamLab が地下で選んだのは、街を切り離して器の内側を宇宙にする解だった。ロビーの Interlude が示すのは、もうひとつの解である——美術館の内側にあっても、案内画面という都市的な装置に、街と同じ「間」をひらき、そこに点景を点すことはできる。蓮のかたちをした器は、人が集まり、すれ違い、立ち止まる場(会)であり、その入口で、毎正時、小さな山水が都市を映し返す。

開いた手のひらの上で、時計が一周するたびに、景色がひとつ立ち上がっては退いていく。

出典

  1. fig.001Crystal Universe — FUTURE WORLD: WHERE ART MEETS SCIENCE (teamLab official channel)
  2. fig.002Yang Yongliang — Before the Rain (2010), excerpt (The Tang Teaching Museum, Vimeo)
  3. [3]ArtScience Museum — Official Site (Marina Bay Sands)
  4. [4]ArtScience Interlude — ArtScience Museum
  5. [5]Yang Yongliang 杨泳梁 — ArtScience Interlude
  6. [6]Glows in the Arctic — Yang Yongliang (official site)
  7. [7]Future World: Where Art Meets Science — ArtScience Museum
  8. [8]Crystal Universe — teamLab (ArtScience Museum)
  9. [9]Marina Bay Sands — ArtScience Museum (Safdie Architects)
  10. [10]ArtScience Museum — Wikipedia

運用カルテ

運営主体
Marina Bay Sands(ArtScience Museum の運営)
掲出地
シンガポール
編成モデル
美術館委嘱 — 入場料興行の美術館だが、本稿が主題とするロビーの《ArtScience Interlude》は無料公開枠で、館が時間ベース作品を自館編成する。地下の常設展 Future World は teamLab との共同制作(2016年〜)
稼働リズム
ロビーLEDで毎日11時以降、毎正時に時間ベース作品を上映。館は2011年開館の通年常設
物理仕様
Moshe Safdie 設計、蓮/開いた手をかたどる10本の指状構造に21の自然採光ギャラリー、展示面積約6,000㎡(50,000 sq ft)。FRP外装、鋼鉄ダイアグリッドと10本の柱で浮かぶ構造。Future World の《Crystal Universe》は約17万個のLED光源(teamLab)
運用開始
2011-02
稼働状態
稼働中

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